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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
27/60

嬉しい誤算

「おっす志神ぃ!一緒に学校行こうぜ!」

 玄関先でポカンと口を開けて固まる遊。ハニエルがいる時点で結夢の存在は分かっていたが、まさかそんな理由で来ていたとは、少々予想外であった。そもそも結夢の家は反対方向である。それも遊を呆けさせるに一役買っていた。

「ん、どうした志神?変な顔して?」

「………紫野月の家って反対方向じゃなかったっけ?」

「そうだけど?」

 それが何か?と言いたげな表情。ここまで堂々たると、遊の方が間違っているような錯覚さえ起こる。しかし、実際は遊を心配しての行動。反対方向等と言う小さな問題は気にしていられないのだ。

 それから、遊の尤もである疑問を屁理屈で()わし、無理にでも一緒に登校する事を決めさせた。

「まいった。一緒に行こう。」

「そそ。それでいい。じゃあ行っか!」




 遊と結夢は並んで登校する。すれ違う人々から奇異な視線を向けられるが、結夢は全く気にしていない。ここが現実世界だとしても、同じ反応をされるのは理解している。しかし、それは既に実感した。傷も負った。ならば次からは勝らなければならない。そう考えているのだ。

 そもそも、結夢は天使主義社会に疑問を持っている。天使の顔色を伺い、天使に媚び(へつら)う。そんな生き苦しい生活は真っ平御免。今の環境に順応してしまう事は、疑問だらけの社会に負けた気がしてなら無い。だからこそ結夢は、我を貫き見栄を張る。

 遊はそんな結夢の姿に感嘆の意を浮かべ、自身もそれに(なら)う事にした。しかし、それだけに留めれば良いものを、遊は思わず率直な感想を口に出す。

「紫野月って結構図太いんだな。」

「おいこら。急に図太いとは何事だ志神。」

「だって、周りから嫌な視線を向けられてんのに平気な顔してるだろ?寧ろ何か楽しそうだし。」

「まぁこんなの気にしてたら、この先キリが無いしな。あと、楽しそうなのは察してくれ…。」

「え?最後何て?」

「何でもない!」

 聞き返す遊の顔を、手で制しながら押し退ける。急な行動に加え、赤くなった結夢。最後の言葉が聞こえてなかった遊は、意味が分からず首をかしげた。

「人間。貴方は言葉を選びなさい。」

「何だよ急に?」

「聞き返すのは仕方無かったとして、女性に対して図太いとは些かデリカシーに欠けますよ。」

「あぁ、言葉が悪かったか。じゃあ何て表現すればいいかな…。」

「あの、そう言う意味では無くて。」

「何か当てはまる言葉。う~ん…………あ、鈍感?」


「「「    貴様だ!

   それは 志神だ!

       貴方です!」」」


「あ、え?ごめんなさい…。」

 言葉は揃わずとも気持ちは完全一致。謎の凄みに気圧された遊は、只々謝るばかりだった。



「貴様は本当に呆れた人間だな。」

「口を開いたと思ったら罵倒って、何なんだよ急に。」

「相も変わらず無垢で無邪気で無頓着。その癖興味を引かれたら一心不乱。悪いとは言わんが、いい加減にするべきだと思うぞ?そろそろ刺されてもおかしくない。」

「人を子供みたいに言うな。しかも刺されるって誰に?」

「身近な人間だったり、身近な悪魔だ。」

「さらっと殺害予告!?」

 続く通学路にて、悪魔と遊はいつの間にか二名で話し合っていた。内容は物騒この上無いが、これを機にと、ハニエルは結夢へ小声で話しかける。

「結夢、そろそろ決めましたか?」

「あぁそうだな。もう目星は着いてる。」

「でしたら、然るべきタイミングでよろしくお願いします。」

「分かった。」

 結夢とハニエルの会話内容は、これから先の行動を示唆していた。さて、ここで一つ問題が浮上する。今結夢が話しているのは実態のあるハニエル。本来なら偽りである筈だ。なのに何故先の行動を相談しているのだろうか。

 答えは、実態のあるハニエルは偽りではないから。結夢と話をしているハニエルは、現実世界のハニエルと相違無い。

 すると、また新たな疑問が浮上する。勿論、仮想世界に具現化した方法である。仮想世界へ来る前、ハニエルはこんな事を言っていた。「私の能力は、心の隙間に入り込み内側から支配する事。それは仮想世界の中であろうと可能です。細分化させた意識の一部を潜り込ませ、適する一般人に移れば私も仮想世界で自由に動けます。」と。

 上記で指している心の隙間とは、仮想世界にいる偽りのハニエルや、偽りの民間人では無い。ここで言う心の隙間とは、結夢只一人。仮想"世界"とは言え、結夢の体が転送されている訳では無い。送られているのは意識のみ。更に、仮想世界で登場する人物の(ほとん)どが結夢の記憶の産物である。結夢を内側から支配しているハニエルは、感情の操作による記憶の改変を行った。理性が及びずらい夢の中では、その効果も現実と比べ遥かに高い。故に、記憶の表面を(すく)うザドキエルの仮想世界へ干渉が可能なのだ。遊の記憶では学校の生徒数人しか(まかな)えず、日常を演出するには、結夢の記憶に依存する他なかった。

 つまり、ザドキエルからの監視を逃れた時点で、ハニエルはほぼ全ての人物へ入り込む事が可能なのだ。記憶の通り動かすも良し。操作して干渉させるも良し。主要も補助も何でもござれ。

「私はこれから、場を操作する為に凛華の中へ潜り込みます。基本的には結夢の記憶の通りに動かしますが、ザドキエルへの協力と銘打つ為、ここぞと言うタイミングで過剰な行動を起こします。そこはアドリブになりますが、対処してくださいね?」

「ん、りょーかい。」

 簡単に作戦会議を終わらせる。作戦と言ってもアドリブが割りを占める事になるが、今の状況では、緻密に決められた計画よりも融通が効く方が動きやすい。

「もし……もしも直ぐに仮想世界から脱出したい場合は、一つだけ方法があります。」

「方法?でも、そう言うのは決まって条件が厳しいんだろ?」

「いえ、条件はありません。方法は簡単です。」

「なんだそれ。そんな簡単なら、さっさとやっちまえば良いだろ。」

「それはそうなのですが…。」

 どうも煮え切らない態度のハニエル。条件は無く、方法も簡単。それを言えないとは一体どういう事なのか。結夢は疑問を持ちながらも、ハニエルの言葉を待つ事にした。

 やがて決意が固まったのか、ハニエルは真剣な眼差しで結夢を見据え、口を開く。

「それは──」



「紫野月。何か顔色悪いけど何かあったのか?」

 学校へ到着した遊一行。その中で、結夢の顔色は芳しく無い。難しい顔をして、何かを考え込んでいる様だった。先程まで悪魔と話していた遊は、その短時間で顔色が変化した結夢に異常を兆し、心配な面持ちを向ける。

 結夢はそこでやっと我に返った。ハニエルに言われた方法を実行するか否か。その答えを自問自答し続けていたのだ。ここで、「何でもない」と答える事は不適切だろう。どうにか誤魔化さなくてはなら無い。それは、思わず考え込む様な内容であり、遊の意識を逸らす事の出来る内容。結夢は必死に思考を巡らせる。

「なぁ志神ぃ。何でハルマートの事をマクアって呼んでるんだ?」

 口をついて出た質問は、二つの条件に当たらずも遠からずと言った内容であった。果たして結夢が出した質問なのか、ハニエルが操作して出した質問なのか。その真偽は定かではないが、それは些細な問題である。

 遊へ向けての急な質問。内容も然る事ながら、まさか、悩ませている原因が自身だとは思いもよらなかった遊は、見事疑問も持たず意識を逸らしてしまう。

「え?あ、いや~…えっとぉ………あれ紫野月、どうしてハルマートの名前がマクアだって知ってるんだ?」

 当たり前の疑問、然れど結夢にとっては予想外の返し。知っている理由を話してしまっても良いのかも知れないが、何故か言葉が出ない。ハニエルが操作している為だろう。それは、言ってはいけないと警告しているのか、それともハニエルが処理するのか……その答えは直ぐに解かれる事となる。

「俺、紫野月といる間に言ってないよう──」

「ゆ~めせ~んぱ~い!!!」

 響く女性徒の声。遊の言葉を遮る様に放たれた声は、駆ける足音と共に、ぐんぐんと近づいている。声と足音の主は勿論凛華だ。そして、このタイミングで現れたと言う事は、勿論ハニエルの操作によるものだろう。

「逃がすかああぁぁぁ!!!」

「え──ふなっ!?」

 それから間もなくして、遊は三メートル先の茂みへ吹き飛ばされた。



 凛華と別れた後、下駄箱で上履きに履き替え、教室へ向かうため階段を上る。衝撃的な後輩との出会い。朝からどっと疲れた遊は、ここまで会話も無く精神的な疲れを癒していた。やっと落ち着いた処で、はたと疑問を口にする。

「紫野月、ハニエルはどこに行ったんだ?」

 いつもなら結夢の後ろ、又は横に居る筈のハニエルの姿が見えない。凛華に気を取られていたせいか、いつ頃から姿が見えて無いのか定かでない遊は、何とはなしに結夢へ質問を投げ掛けた。

 そう言われ周りを見渡して確認する結夢。知っているのならばそんな行動を取る必要は無い。その反応だけで質問の答えは予想できた。

「あ、そう言われてみればハルがいない。ごめん。私も全然気付かんかった。」

 あれほど溺愛していたハニエルの隠伏(いんぷく)に気付かないとは、遊に小さな違和感を与える。しかし、それこそ結夢とハニエルの狙い通り。

 小さな取るに足らない違和感。然れど確実な非現実。それを重ねて演出する事で、今の現状を暗に伝えているのだ。悪魔もそれに便乗しているのか、先程から、丁度凛華が現れた辺りから口を(つぐ)んでいる。それだけでなく、何故か難しい表情も浮かべていたが、その理由を結夢とハニエルが知る由も無かった。

「どうしたんだよマクア?あ、もしかして、俺がハニエルの事を気に掛けたからヤキモチ焼いてんのか?」

「………寝言か。」

 難しい表情を浮かべながらも、結夢とハニエルに協力している様だ。ぎこちないながらも、今の状況を静かに伝えている。その反応を遊は怒っていると感じたのか、一瞬たじろぎを見せた。しかし、そのまま会話を切るわけにもいかず、笑顔のまま続ける。

「ん~?それとも、ハニエルが俺の風呂を覗いた事かな?」

「馬鹿め…。」

 悪魔の言葉をキリとして、瞬間。背後からただならぬ雰囲気が昇り上がった。悪鬼羅刹。阿鼻叫喚。そんな物騒な言葉が当てはまりそうな邪悪な雰囲気……寧ろオーラと言っても相違無いだろう。

 ギギギ……と、壊れたおもちゃ宜しく振り返った遊。背後には結夢。目の全く笑っていない笑顔と、邪悪なオーラを纏わせた結夢が仁王立ちをしていた。

「どういう、事だ?志神?」

「ふぇ、へ?ど、どういう……事って…?」

「どうしてハルが、志神の風呂を覗いてるんだ?あぁ?」

「し、知らないよ!俺はてっきり紫野月が指示したのかと…。」

「私が可愛い可愛いハルを志神のところへ送り出す訳ないだろ!ぼてくりこかすぞキサン!」

 何故か放たれたエセ北九弁。物凄い形相とオーラにより、口を開けて唖然としている遊。そんな遊を他所に、結夢は膝を付き、右手で口許を押さえ嘆くような素振(そぶ)りをした。今の結夢は、完全に独壇場と言う名の暴走状態である。

「もしも志神が特殊な(へき)だったら……うぅ…!」

「いや、無いから!そんなことあり得ないから!」

「…………本当に特殊性癖じゃない?」

「当たり前だろ。」

「ハルよりも私の方がいい?」

「当たりま………え?」

 勢いで変な質問をしてしまった結夢は、まさかノータイムで答えられるとは思っていなかったのか、顔を真っ赤にして怒りを消沈させていた。

 こちらも勢いで答えていた遊。段々と何と質問されたのか鮮明になり、それと比例して首から顔を赤く上らせる。お互いに口を開いては、何を言おうとする前に言葉を引っ込める。

 そんな二人が動き出したのは、それから五分後。どうにか絞り出した遊の「行こうか?」の一言で、ぎこちなく二人は教室へ向かった。

 


 結夢の暴走はハニエルにも予想外であった。そして、少しでも時間を稼ぎたいザドキエルにとっても予想外。後者は嬉しい誤算と言うものだが。

 しかし、嬉しい誤算と言うのは結夢にも存在した。此処、仮想世界は「強く願えば起こり得ない事も起こる」世界なのだ。先程お互いに赤面し黙っていた間、気恥ずかしくも心地好い時間。結夢は強く願ったのだ……「こんな時間が続いたら良い」と。それは無意識下の願いだった為、大きな影響を与えるに至らなかったが、小さいながらも確実な非現実を起こした。


 時間の進みを遅らせると言う、小さくも大きな違和感を。



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