天使の姿
四月二十八日。時刻は二十三時。
自室でハニエルと対面している結夢は、言葉もないと言った様子で、困惑の真っ最中だった。
結夢は帰宅した後、約束通りハニエルから、聞けるだけの情報を聞いたのだ。そして、今まさに話が終わったタイミング。予想外の連続に、結夢の頭の中は、情報の整理が追い付かないでいた。
「……以上が、私からの出せる精一杯の情報です。色々と信じられないかも知れませんが、天使は嘘をつけません。だからこそ、今の話は事実だと言うことを分かってください。」
勿論それは分かっている。分かっているのだが、どうしても納得できなかった。信じて疑わなかった事が、突然嘘だと突きつけられたのだ。平気でいられる訳が無い。結夢はショックの余り、跪き頭を垂れた。
「そんな…………ハルが私の包容を嫌がっていたなんて…。」
「そこ!?そこですか!?もっとこう…ほら、ありません!?」
「無い。」
「えぇ!?」
キッパリと言い切った結夢。予想外の反応に、予想外の言動。ハニエルは、目を丸くしたまま固まってしまう。
「あ~あ、ショックだな~。ハルは私の事をそんな風に思ってたのか~。」
伸びをしながらベッドへ仰向けに倒れる。茶化す態度をとっても、目の前の天井が視界に入った頃には、ハニエルから聞いた話を頭の中で反芻させていた。
(ハルの能力は愛を操る。天使は志神を狙っている。その原因は志神の連れてる悪魔…………はぁ、信じられねーよなぁ。)
そうは考えたものの、ハニエルは天使。嘘はつけないのならば、信じるしかない。
相反する考えと情報が衝突しては砕ける。粉々になった破片は、その数だけ疑問を残す。
(そもそも天使が嘘をつけないと言う事すら嘘だったら…?ダメだ……疑い出したらキリが無い。)
考えたところで答えは出ない。証拠が無ければ証明の仕様がないのだ。内心を努めて表には出さず、頭の中でうんうんと唸る。
二十秒ほど考え込んでいた結夢は、途端ハッとした表情になり、ベッドから起き上がった。目に入るのは、天井から、正面にいるハニエルへと移る。
視界にハニエルを入れてから、結夢は視線を一切外す事無く、まじまじと見据える。見られる側からすれば、幾許かの不気味さを感じ取った事だろう。果たしてハニエルは、結夢の視線に少々たじろいでいた。
「な、何ですか結夢…?」
「………………(ジー)。」
「もしかして、抱きつかれたのが嫌だって言ったことを怒ってるのですか…?」
「………………(ジー)。」
「それとも、志神と言う人間の事ですか?」
「………………(ジー)。」
「あ、あの……何か言ってもらえませんか?」
「………………(ジー)。」
「ですから、結──」
「ちっちゃい…。」
「んなぁ!?ままままままたた、またたたまた言いましたねぇ!?撤回!撤回を求めます!」
意味も分からずジッと見つめられた挙げ句、出てきた言葉はハニエルにとっての侮辱。困惑した分がそのまま怒りへ転換され、両拳を天井へ突き、ぷりぷりと言った様子で怒りを顕にする。
「あ、ごめん。ついハルのちっちゃ──ゴホンッ!美しさに見とれて。」
「今ちっちゃいって言おうとしましたよね?」
「ハルのちっちゃい姿が愛くるしくて。」
「何で言い直したんですか!しかも酷い方向で!」
「あっはっはっはっは~。」
「誤魔化さないで下さい!」
ハニエルの反応をキリとして、結夢は思い浮かんだ疑問に、より一層興味を沸かす。
天使と言う概念が無ければ、誰もが思い浮かんだ疑問。しかし、ファンタジーの中などで、天使が一般的に捉えられていた事により、誰もが考えに至らなかった疑問。
「なぁハル?一ついいか?」
「何ですか!またバカにするんですか!?」
「どうして天使は……こんなにも人間に似ているんだ?」
そう、それこそが結夢の感じた疑問。天使は人間と似寄っている。感情があり、欲がある。人間と同じ位置に同じパーツが存在する。羽根と光輪を無くしてしまえば、見た目は全く同じ。
本来そこに疑問を持つのは自然な事の筈。しかし、天使が周知される前。人々が想像した天使は、創造した天使は、人間と酷似していた。正に、今いる天使と同じように。それが、見た事もない天使のイメージ、概念として、人間の中に刷り込まれていた。だからこそ疑問を持たなかったのだ。
「ぇ…あ…。」
結夢の放った疑問は、怒りに震えていたハニエルの感情を、一瞬で困惑へと変換させた。それは、もし回答が返った場合、悪魔の存在と同等の重要性があることの裏返しでもある。
そこまでの反応をされたら、黙っているわけにはいかない。困惑しているハニエルなどお構い無しに、結夢は立て膝で目線を合わせながら、グイグイとハニエルへ近づいていく。
「なぁ、どうしてなんだ?」
「あ、その…ぅ…。」
「答えてくれ、ハル。」
「て、天使が人間とそっくり何て事、結夢が気にすることではありませんよ…。」
「い~や!気になる!気にする!」
「その質問に答える事は~……。」
詰め寄られれば後ずさる。壁に当たれば沿って曲がる。追い詰められれば顔を上げる。どうにか逃げようと、視線を宙にさ迷わせても、結夢の様子から諦めてくれる事は無いだろう。出会いはまだ短い間でも、こうなった結夢は頑なだと理解しているのだ。
容赦なく詰め寄る結夢。汗を流しながら口をパクパクと動かすハニエル。聞いているのは結夢だが、確実にハニエルの方が分が悪い。
顔の距離も段々と近づく。すると、結夢は何を思ったか、詰め寄る事からキスへシフトチェンジを始めた。それに気付いたハニエルは、一瞬短い悲鳴を上げ、観念した様に天井へ向かって叫ぶ。
「わ、わわわ分かりましたー!教えます!教えますから!離れてくださいー!」
「いや、そんな嫌がらなくてもいいだろぉ…。」
言われて離れた結夢だったが、本気で嫌がるハニエルの姿に、内心相当傷ついた。
安全が確保されたことを確認すると、結夢はベッドへ、ハニエルはその正面から斜め左(ドアのある方向)へ移動する。
位置へ着いたハニエルは、迷った表情を浮かべていたが、考えが纏まったのか、僅かな沈黙の後、意を決して、真剣な顔を結夢へ向けた。
「……先ず、結夢は『どうして天使は人間に似ているんだ』と言いましたね?」
「おう。」
「それは逆なんです。」
「逆?何が?」
「私たち天使が人間に似ているのでは無く、貴女たち人間が天使に似ているのです。」
「え、偶々似ていたとかじゃないのか?」
正直な話、偶然、適さか、計らずも……そんな可能性も考えていた。そう言われてしまえば話は終わってしまう。しかし、いの一番に懸念していた可能性を打ち砕かれた。だからこそ確認の為、結夢は返答の分かっている質問を返したのだ。
「偶々ではありません。人間は天使の姿を模して、今の形となっているのです。」
「それはつまり、人間は天使に産み出されたって事か?」
「厳密には違います。しかし、それに近いでしょう。」
「近い?じゃあ、人間が進化して天使に……いや、それじゃあ人間が天使に似ている事にならない…。だったら…………!?」
結夢の脳裏に一つの予想が浮かんだ。想像にしては確信に近い予想が。
「いや、そんな筈は……でもハルの口振りから…。」
ブツブツと口に出して、予想をどうにか潰そうとする。しかし、それ以外考えられなかった。ハニエルの言った事が本当ならば、それ以外あり得ない。
その反応を見て、ハニエルは結夢の考えを見透かしたのか、諭す様にゆっくりと口を開く。
「結夢……恐らく貴女の考えている事が正解でしょう。そんな悩む事は無いのですよ?」
「ま、待ってくれ!だったら今まで習ってきた事は!?人類の始まりに説明がつかない!」
「いいえ繋がります。しかし、そこまで話す必要はないでしょう。結夢の質問は、どうして天使は人間に似ているか。それは逆であることを説明しました。なので、質問はこうです。『どうして人間は天使に似ているのか?』その質問に答えましょう。」
ハルの口が動く。耳を塞ぎたい。でも無理だった。自分の好奇心を抑えられない。
ゆっくりと動いた筈のハルの口。そこから放たれた言葉は、瞬時に私の耳を貫き、浮かんでいた予想と完全に混ざり会う。
「貴方たち人間は──元は天使なのです。」




