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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
22/60

困った

 時は戻り、五月二日。

 結夢は、開いていた日記帳を両手で閉じ、胸へ寄せた。

「ふぃ~。」

 天井に向かい、長いため息を一つ。思い出しただけでも、相当な疲労感に襲われる。実際の体験による疲労感は、今や想像に難い。出来れば、もう二度と体験したくは無いが。

「どうしたのですか結夢?長いため息なんか吐いて。」

 結夢が何を考えていたのかなど知らないハニエルは、おふざけとも取れないため息に、心配な面持ちを見せる。

「いや、ハルと出会った日の事を思い出しててさ。」

 直ぐに笑顔を作り答えたが、内容が内容なだけに、ハニエルの顔は暗い。結夢は薄く汗を流しながら、内心「あちゃ~…。」と、顔を伏せる。

「ごめんなさい……私は結夢にも、あの人間にも酷い事をしました…。」

 しょんぼり。そんな効果音が聞こえてきそうなハニエルの顔。結夢はそれに愛らしさを感じたが、慌てて考えを振り払った。そして、おおらかに笑いフォローをする。

「あ、あは、はははは!気にすんなって!その後ハルは、色々教えてくれたじゃないか。」

「でもそれは、結夢から信用を得るための償いです…。私のした事と比べれば、まだまだ足りないでしょう…。」

 依然としてハニエルの顔は暗い。どうしたものかと頭を掻く。すると、部屋の出入口からノックの音。結夢とハニエルは、ほぼ同時に扉へ視線を向けた。

「結夢~?お風呂が沸いたわよ~。ハルちゃんと入っちゃいなさい。」

「おーす!すぐ行くー!」

 助かったとばかりに、提案に乗る結夢。ここは話を一度流し、互いに落ち着いてから、再度話そうと考えたのだ。

 ベッドへ脱ぎ捨てられていた寝巻きを手に取ると、何故か嫌がるハニエルを抱えて、結夢は風呂場へ向かった。



 紫野月家の風呂場は、一般家庭よりも一回り大きい。洗い場は四畳程あり、浴槽は結夢が足を伸ばしても、十分余裕がある広さだ。故に、ハニエルと共に入ったところで、窮屈な思いをする事は無い……のだが。

「…………狭い。」

 うんざりとしたハニエルの顔。今ハニエルがいるのは、結夢の膝の上。そこが結夢と体を洗う際の、定位置と化してしまっていた。しかし、それだけならば問題は無い。ハニエルがそんな呟きを溢したのは、他に理由があった。それは──胸。

 結夢が動く度、否、動かなくても、同世代からすれば豊満な胸が、ハニエルへ押し当てられるのだ。人間から『ちっちゃい』だの『子供』だの言われる自身の幼児体型は、ハニエルにとってコンプレックスだった。

 白地(あからさま)に差を、文字通り突きつけられているのだ。いくら悪気が無いとしても、無意識だとしても……いや、だからこそ、結夢が羨ましく、又、恨めしい。

 入浴の都度そんな事をされれば、皮肉の一つも言いたくなる。そんな心中はいざ知らず、結夢は万勉の笑みでハニエルの髪に泡をたてていた。

「~♪」

「………………。」

 ぽにょん。

「~♪~♪」

「……………………。」

 ぽにょん。ぽにょん。

「~♪~♪~♪」

「…………………………。」

 ぽにょん。ぽにょん。ぽにょ─

「うがああぁぁぁー!!!」

 堪らず怒髪天を衝く。ついでに両拳も天を突く。

「ど、どうしたんだよハル!?」

「黙りなさい!これですか!?この胸が悪いんですか!?うぬぬぬぬぬ~!!!」

 狼狽する結夢などお構い無し。怒りで言いたい事もままならず、ハニエルは一心不乱に結夢の胸を揉みしだく。

「ハルさんご乱心!?」

 いつもなら、積極的なハニエルは大歓迎なのだが、今は鬼気迫る表情。親の敵でも見るかの様な目。憎しみのこもった手。何もかもが負の感情でしかない。

 流石の結夢も、ハニエルの様子から、原因は其処は彼と無く(そこはかとなく)気付いていた。だからこそ、されるがまま。なすがまま。自殺行為(抱き締める)は控えているのだ。

「全部これが!これが悪いんです!ううぅぅぅ~…!」

 ついに、涙を流し始めたハニエル。ここまで取り乱すのを見るのは初めてな結夢は、どうしていいか分からず、とにかく慰めの言葉をかけることにした。

「あ、あれだぞハル?ほら……な!あれだよマジ!あれだからさ!」

「言葉に表せないくらい絶望的ってことですかぁ!!!」

 慰め失敗。結夢は咄嗟に言葉が出なかっただけなのだが、ハニエルには、戦力外通告を申し付けられた様に感じられた。

「うわぁ~!結夢のバカぁ~!」

「あわわ、わ…。」

 元の口調も忘れてしまい、幼児のように結夢をポコポコと叩く。受けている本人はどうしていいか分からず、困った笑顔を浮かべながら、ハニエルが落ち着くのを待つしかなかった。




 所変わって結夢の部屋。ベッドには、未だグズっているハニエル。そしてその正面には、固い床に、正座で座る結夢の姿があった。

「ぅ……ぐす…ズビッー(鼻をすする音)!」

「……………………。」

 何と声を掛ければ良いのか。結夢は、難しい表情をしながら顔を伏せている。

 しかし、この状態が続いて、かれこれ十分が経過していた。(わめ)く事は無いにしろ、そろそろ行動を起こさなければ終わりが見えない。

 何か気の利いた言葉でも。と、考えた結夢は、顔を伏せたまま頭をフル回転させる。すると、とある疑問が浮上した。それはハニエルが天召された日の事。教師の言っていた、"天使全集"と言う単語。

 天使全集とは、文字どおり天使の一覧が記された書物である。しかし、一覧と言っても、天界に存在する天使の一覧ではなく、過去天召をされた天使の一覧でしかない。天使全集は定期的に更新されており、その周期は五年に一度。

 そして、結夢の疑問は、天使全集の更新に付随していた。

「え、と……ハル?」

「グス……な…ぅ…んです、ズズ…か…?」

「天使って成長だったり、姿が変わったりしないのか?」

 天使全集の主な更新内容は、新しい天使が天召された……では無い。主な更新内容は……"天使の容姿が変わっている"事なのだ。

 同じ名前の天使だとしても、羽が増える、背が伸びる、所持品が変わる等。場合によっては、全く違う姿になっている事もあった。

 ハニエルは後者。ハニエルと言う名前の天使は、過去天召をされた事はあったものの、それは今のハニエルの姿では無い。教師が気がつかなかったのも、それが原因だった。

 そして、今回の結夢の質問は前者。その様な例があるのならば、ハニエルにはまだ希望があるのではないか?と、考えたのだ。

「それ、はあります……が、"昇華"は…そう簡単に、でき……ません、グス…。」

「昇華?」

 聞きなれない言葉に首をかしげる。それを見たハニエルは、結夢の言わんとする事を理解した。段々と整理の着いた心を、一度の深呼吸で落ち着け、説明をするべく口を開く。

「昇華とは、私たち天使の存在を、より高度なものへ変える儀式です。こちら(人間界)で当てはめるとしたら、レベルアップ?の様なものですね。」

「はぁ~。なんじゃそのシステム…。今のハルはどの立ち位置なんだ?」

「今の私は大天使(アークエンジェル)……九階級の内の、下から二番目です。まだまだ見習いの立場ですよ。」

「九階級?天使にも階級があるのか?」

「はい。上から熾天使(セラフィム)智天使(ケルビム)座天使(スローンズ)主天使(ドミニオンズ)力天使(ヴァーチャーズ)能天使(パワーズ)権天使(プリンシパリティーズ)大天使(アークエンジェル)天使(エンジェル)……と、なってます。」

「セラフィムとかは聞いたことあるな~。それで、昇華ってのをすると階級が上がって……って、上がると何かあるのか?」

「昇華はそれだけで名誉なことなのです。付加価値と言えば、権能が付与されるくらいでしょうか?」

「権能?それって、ハルが言ってた能力の事か?」

「その通りです。新しく権能を与えられる事もあれば、元々の能力を強化される場合もあります。」

「強化か……あれ?でも、そもそもな話、何だって能力が必要なんだ?」

 天使全集に、天使の能力は記載されていない。しかし、結夢はハニエルの能力を聞いており、その存在自体は知っていた。それに加え、昇華の話を照らし合わせれば、他の天使も能力を持っている事は明白である。

 だからこそ不思議だった。"人間相手にそんな必要があるのか"?と言う事が。ハニエルの能力は、下から二番目にも関わらず、あれ程の力を持っていた。新たな権能を付与され、能力を強化され、下手したらハニエル一使(いっし)で、人間を支配できるのではないか。とも考えられる。

「それは…………………………いえ、そればっかりは言えません。でも、安心してください。この能力は、元々人間に使う目的ではないので。」

 ハニエルは一度悩ましげな表情で口を開いたが、間を開けて撤回した。その時の顔は困った様な笑顔。結夢や一般人に能力を行使したことが困った部分の原因だろう。そして残りの笑顔は、誤魔化しではなく、まるで、『巻き込みたくない』とでも言いたげなものだった。

 その表情に結夢は何も言えなくなる。準備していた言葉を飲み込み、本来の目的は達成できたので良しと、無理矢理に頭を切り替えた。

「さぁ、もういい時間ですよ。そろそろ眠りましょう。」

「ん?あぁそうだな。そうする。」

 既に二十三時半を指している時計。それを見ると、急激に睡魔が顔を除かせる。結夢は立ち上がりベッドに潜った。その際ハニエルは、自然に部屋を出ていこうとしたが、結夢が許す訳がない。しっかりと腕を捕まれ、ベッドに引きずり込まれた。

 電気を豆電球に変える。すると、本格的に睡魔に包まれる。眠りに落ちるのに、五分と要らなかっただろう。



 日記を読み返したからだろうか?天使の話を聞いたからだろうか?私はあの日の事を思い出す。

 それは、ザドキエルとの闘い。夢の中で繰り広げられた逃走劇。私が志神の役に立てたと、胸を張って思えた日。

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