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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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ハニエル─心の内

 天召の手続きを終わらせ、学校へ戻る為街を通る結夢。すれ違う人々は、余す事無く結夢に視線を送っていた。勿論それは、熱烈な愛の視線などではなく、奇天烈な怪の視線である。

 天召者が珍しいからでは無い。ハニエルが珍しいからでも無い。

 では、何故人々は視線を送ってるのか?その理由は──

「ん~ハルぅ。可愛いなぁおい!」

 結夢がハニエル(天使)を抱き抱え、頬を擦り付けているからであった。

「……………………。」

 ハニエルは完全にされるがまま。目に光は無く、どうにでもなれ。と、諦めの極致に達していた。

 通行人だけでなく、その中にいる天使からも奇異な視線を向けられる。「どれだけ剥がしても引っ付いてくるんです!」そんな心の叫びが聞こえる筈も無く、仲間である天使は、呆れた表情で去っていく。

「あうぅ~…。」

 悲しい。当初の予定では、凛々しい姿で人間を迎え、畏敬の念を抱かせる筈だったのに…。そもそも、他の天使は皆そうしているでしょう。どうしてこの人間は、こんなにも友好的なのですか。私の"昇格コース"が丸潰れです…。

「ん?どうして泣いてるんだ?」

「いえ……距離が離れていくのを感じたもので…。」

「そんなことねーぞ?私はハルが大好きだ~。」

 ハニエルの言った距離は、自分との心の距離だと思ったのか、結夢は抱き締める腕に更に力を込める。ついでに擦り付けている頬にも。

「あは、あははは…。」

 ハニエルは、涙を流しながら、渇いた笑い声を出す事しか出来なかった。



 満足そうにハニエルを抱えて、二十分が経過している。結夢は疲れた様子など微塵も見せず、終始笑顔であった。

 しかし、楽しい時間にこそ、心配事は顔を覗かせるのだ。結夢の頭にふと、天召前の光景が想起される。

 得体の知れない何かに連れ去られたクラスメイト──志神 遊の事が。

「……志神の奴、大丈夫かな?」

 仲が良い訳でも無い上に、話した事すら無い。しかし、知り合いなのだ。クラスメイトなのだ。結夢の性格からして、心配するなと言う方が無理な相談である。

 誰に言うでもなく、ポツリと呟いただけだったが、腕の中に抱いているハニエルには、(しっか)りと聞こえていた。

(志神……確か結夢のクラスメイトだと、ガブリエルは言っていました。もしかしたら、結夢をダシに、その人間を誘き寄せることが出来るかもしれません!)

 そうと決まればやる事は一つ。ハニエルは腕から脱出…………は、出来なかったので、顔を結夢に向けて笑顔を作る。

「結夢……貴女は優しいのですね。クラスメイトを(うれ)う気持ちは、とても素晴らしい。しかし、心配なさらないで下さい。(くだん)のクラスメイトは、既に私達天使が発見しています。」

「……志神は無事なのか?」

「それはまだ分かりません。今は情報待ち、と言ったところです。」

「そうか…。」

 結夢の表情は暗い。それはそうだろう。クラスメイトが死んでいるかも知れない……それは誰にとっても良い知らせとは言え無いのだから。只し、天使を除いて。

(例え志神と言う人間が生き残ったとて、今度は私が手を下さねばなりません。どちらに転んでも、結夢には悲しい結末となるでしょう。とすれば…。)

 ハニエルは先の事に思考を巡らす。

 もし志神と言う人間が死亡した場合、後になって生じる問題は、結夢のメンタルケアと死亡原因の二点。

 前者は簡単でしょう。クラスメイトと言っても所詮は他人。放っておいても問題はありませんが、信用を得る為簡単に言葉を掛けておきますか。

 問題は後者。ラグエルが排除に成功したのならば彼方(あちら)に任せますが、私が下すとなると、一使ではかなり難しい。

 私は、ミカエルやカマエルの様に武闘派ではない。人間の力を借りないと、攻撃する手段が存在しない。瀕死の状態に止めを刺すだけならば可能だが、それ以外はほぼ不可能に近い。

 いくら人間を操れると言っても、記憶を消せる訳では無いのです。精々、自ら行動を起こしたと錯覚させるだけ。それに、極力一般人に手を汚させたくはない。罪の意識で自殺などされたら堪ったものではありませんからね。となると、拘束、連行……後は"彼等"に任せるのが良いでしょう。

 考えは(まと)まりました。後は、志神と言う人間が、ラグエルとの闘いで生き延びるかどうか……その報告を待つだけです。

「ふふ……ふふふふ…。」

 計画が明確になっていく。心配な点としては悪魔だが、恐らく一般人には手を出さないだろう。

 思わず笑みが漏れた。それは歪な黒い笑み。

 しかし、どれだけ黒い笑みを浮かべようと、どれだけ物騒な事を考えようと、今の姿は結夢に抱かれる幼児そのもの。何とも格好が悪い。

「………………悲しい…。」



 更に二十分程歩き、学校へ到着する。ここまで来れば、結夢の抱擁から解放されるだろう。と言うハニエルの淡い期待は、見事に打ち砕かれた。

 扉を開く際、上履きを履く際、結夢は片時もハニエルを離さなかったのである。それは教室に入室してからも同じ。

「おはようございます。」

 結夢の登場に、クラス中の視線が集まる。もちろん、それから視線を外される事は無い。腕の中には天使。そうは見えなくとも、コスプレに見られようとも、幼女を抱いているのだ。全員異様な光景に釘付けである。

「おはよう紫野月。ん、何だその子供は?」

 そんな中、最初に動いたのは教壇に立っている教師だった。結夢の姿でなく、声を聞いて反応したのか、腕に抱くハニエルへの疑問を、考えを巡らす事無く口にしてしまった。

 当然、子供と言われて平気なハニエルではない。

 ハニエルは腕から脱出…………は今回も出来なかったので、腕に抱かれた状態のまま頬を膨らませた。

「失礼な!誰が子供ですか!私は天使ですよ!」

「え…………えぇっ!?」

 教師の顔がみるみる青ざめていく。限界までの青に到達すると、今度は白。それは死人のように美しい。まさに顔面蒼白。

「ああああのの、すみません!私の知る天使全集には、貴女様は乗っていなかったので!」

 腰を九十度に曲げ平謝りをする。激しく深く幾度と無く。その姿はまるで、ヘッドバンギングをしている様であった。

「……今後は気を付けなさい。」

「はい!」

 必死に謝る姿勢に、渋々と怒りを鎮めたハニエル。結夢は話が終わったと理解し、自ずと席へ向かう。

 もう二度と、知らない天使を見ても反応しないようにしよう。教師は頭を下げながら、その決意を確固たるものにするのであった。



 そんな事があると、教師はハニエルだけでなく、併せて結夢に対しての注意も憚られる訳で。

 授業中でありながら、膝の上に堂々とハニエルを乗せている結夢を、指導することは出来なかった。

(……あっれ~!?何も言われませんよ!?今の状況って、おかしくは無いのですか!?)

 教師の心中(しんちゅう)など露知らず、ハニエルは、何も言われない事に酷く混乱していた。



 ウェストミンスターの鐘が鳴る。つまり、授業終了を告げる鐘だ。

 教師は日直へ挨拶の指示を出し、それが終わると、教室を逃げる様に出ていった。

「結夢……そろそろ離していただけませんか…?」

 至極真っ当な要求。しかし、要求であるなら従う必要はない。結夢の場合、命令であろうとも従うかは定かでないが。

「もう少し。もう少しだけ良いだろ~?」

「ダメです。今すぐ離しなさい。」

「じゃあ休み時間だけ!この間だけで──」

「あー!何やってるんですか結夢先輩!」

 懇願する結夢の台詞を、悲鳴にも似た叫びが叩き折った。

 先輩と呼んだと言うことは後輩であり、わざわざ結夢の教室まで足を運ぶのは一人しかいない。声の主は勿論、一年の久留(くる) 凛華(りんか)である。凛華は驚きと怒り、悔しさを兼ねた表情で、ワナワナと震えていた。

 結夢に会おうと、チャイムと同時に猛ダッシュ。息を切らせて到着した途端目に入ったのは、自分ではない誰かを抱いている結夢の姿だったのだ。凛華が叫ぶのも無理はない。

「あ、久留ぅ。どうしたんだ?大きな声出して。」

「どうしたんだ?じゃないですよ!誰ですかその子は!?」

「ん?あぁ、この子はハル。私の召喚した天使だ。」

「え!?」

 天使という言葉に驚きを見せた凛華だったが、それも一瞬。すぐに表情を戻し、丸く大きな目を力一杯吊り上げた。

「今すぐ離してください!天使なら尚更です!」

「まぁ堅い事言うなって。見てみろよ、ハルも喜んでるだろ?」

「目ぇ死んでますけど!?」

 凛華の言う通り、ハニエルの目は死んだ魚のように濁っていた。懇願しようが命令しようが、全く離す気配の無い結夢。更に「休み時間だけ」という言質も、凛華の登場で有耶無耶(うやむや)になっている。もう無になるしかないのだ……が、凛華の反応は、発言は、明らかにハニエルを引き剥がそうとしている。

 これを逃す手は無い。いくら結夢でも、第三者を加えた二名で捲し立てれば離すだろう。目に光が灯ったハニエルは早速、心底と言った様子で口を開く。

「結夢……いい加減離してくれませんか?」

「ほら!ハルさんもこう言ってます!」

「え、いや……それは…。」

(いいですよ!いいですよ!)

 予想通り乗ってきた凛華。更に結夢の明らかな狼狽。ハニエルは内心ガッツポーズをした。この際呼び名が違うのは目を瞑る。

「かれこれ二時間近いですよ?もう十分でしょう。」

「二時間!?二時間も先輩の抱擁を受けたんですか!?何て事を~…!」

(………………ん?)

 どうも予想とは違う凛華の反応。ハニエルを非難している様にも聞こえたが、勘違いだろうと、考えを払い除ける。

「さっきはキスまでしようとして……全く、貴女の行動は常識を逸しています。」

「き、ききききききキスぅ!?先輩からのキスぅ!?何て事してくれてんですかハルさん!」

(………………あれ?)

 もしかして、否。もしかしなくても、凛華の怒りの矛先はハニエルに向いていた。

「あの久留さん?今は私ではなくてですね?」

「もうAまでしたんですか!?次はBですか!?飛ばしてCですか!?まさかのG(ゴールイン)ですかぁ!?」

(あ、ダメだ……久留さんも話聞かない人でした…。)

 完全暴走。ヒステリックに夢見がち。只しそれは、夢の様な被害妄想である。

 ハニエルは目論見通りにいかない事が確定、確信し項垂(うなだ)れた。結夢は手櫛で、ハニエルの長く美しい髪を、満足そうに(くしけず)る。最早完全に我関せず。

 しかし、明らかに狼狽からの変わり身が早すぎる。考えてみれば、結夢が最後に話したのは、狼狽したタイミング。ハニエルとしては、(てのひら)で踊らされている様な錯覚がしてならない。

 恐る恐る後ろを振り向くと、結夢が恍惚とした笑みを浮かべていた。つまり──

(うん……分かりません!)

 何も変わらなかった。

 すると、一拍置いて授業開始の予鈴が鳴り響く。流石に凛華は正気に返り、渋々と教室を出ていった。結夢は勿論ハニエルを離さない。

「結夢……休み時間だけでは無いのですか?」

「それは流れただろぉ。うへへへ。」

 案の定であった。落胆はするものの、予想できていた為それは小さい。端的に言って、諦めである。

 どうしようもない事を考えても仕方が無い。ハニエルは心を無に染め、一日を乗りきろうと考えた。

 専科の教師が入室。先程とは違う教師だ。

「授業始めるぞ。席に着けー。…………ん、紫野月。膝に乗っけてる天使は離しておけよ?」

 救世主!

 ハニエルは心の中で歓喜した。



「さて、ラグエルの方はどうなったのでしょう…。」

 結夢から解放されたハニエルは、脇目も振らず窓から外へ飛び出した。今いる場所は三階の空中。グラウンドから奇異な視線を感じるが、ここなら結夢も追いかけては来れないだろう。安心して本来の目的に集中する事が出来る。

「ガブリエル。志神と言う人間はどうなりましたか?」

 努めて小声で声を出す。ガブリエルへの送信は、声を(もち)いらなければならないのだ。頭の中だけで交信しようとも、会話を組み立てる思考や、頭の隅に残る無関係な思考が邪魔をして、交信が(まま)ならないからである。

『ラグエルは敗北。現在志神 遊は逃亡中。居場所は未だ不明。ここからは貴女が使命を全うせよ。加えて……全天使へ連絡。悪魔の呼び名を統制。呼び名は「ハルマート」とする。繰り返す。呼び名は「ハルマート」とする。』

 そこで交信は途絶えた。予想していた事ではあったが、ハニエルの背中には、責任が重くのし掛かる。

(志神と言う人間を、私の能力で操れば良いのですが、果たして悪魔が、そう易々(やすやす)と操らせてくれるのでしょうか…。)

 悪魔の力は、天使にとっても未知数である。ハニエルの能力を打ち消す力があってもおかしくは無い。更に、遊を操ったとて、簡単に"排除"させてはくれないだろう。ハニエルの心配は尽きず、解決策は浮かばないまま、時間は過ぎていった。



 遊を待つのに、昼を越え更に一時間。今日はもう姿を現さないのではないか?そんな考えが頭を過り、漫然と空を眺めるハニエル。

 時刻は──"13時25分"。控え目に扉を開く音が聞こえた。

「遅くなりました…。」

「………志神。席につけ。」

「…………はい。」

「……!?」

 確かに聞こえた。確かに"志神"と聞こえたのだ。ハニエルは慌てて窓から様子を伺う。

 肩を落としながら席に着く男子生徒。遊の特徴は知らないが、外見よりも、その人間が志神 遊だと証明する"者"があった。勿論、悪魔である。

 油断していた為動悸が激しい。しかし、やる事は一つなのだ。ハニエルは両薬指に指輪をはめ、指を絡めて目を瞑った。


 やる事は一つ。心の隙間を見つける事。

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