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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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悪夢

 遊は絶句して固まっている。自分の何気ない行動が、今の状況を明確に伝えていた………『ありえない』と。

 一体何が?一体誰が?何のために?いつから?答えを必要とする疑問はいくつもある。その中でも、すぐに答えが出たのは"誰が?"と言う疑問だった。

 あり得ない。あり得ない。そう否定したい事が実際に起こっている………そう思った場面は、そう感じた場面は既に体験していた。

 つい最近。と言うか昨日。"天使による攻撃"で。

「くそっ!何をされている!?」

 考える。考える。何が起こっているのか?

 まずは時間。教室へ入る前に確認してから、二分しか進んでいない。だったら、相手は時間を操る天使なのか?答えは否。

 時間を操るのなら、遊を始末しようと思えばすぐできる。それに、"他の現象"に説明がつかない。

 二つ目は先程の樹木と芝。あれは元からあったものではない。落ちる瞬間、遊は確かに見たのだ………地面に広がるコンクリートを。

 故に、今目の前にある樹木も、確かに踏んでいる芝も、急に現れたものだ。では、物を出現させる能力を持つ天使か?これもまた否。

 もしそうならば、遊を助ける理由が無い。しかし、能力に近くはあるだろう。

 三つ目はクラスメイト。これは結夢も含めて。凛華の一言で、ここまでの事に発展するとは思えない。一丸となって動くなんて、尚更信じられない。結夢がハニエルに気付かなかったのも妙だ。だったら、人の心を操る天使なのか?それも否。

 ハニエルの事を考えれば、いないことは無いかもしれないが、時間や樹木等に説明がつかない。

 四つ目は凛華。遊のクラスに後輩がいても、誰も気にしていなかった。それに加え、結夢の謎の信頼もある。しかし、それは能力の決定打にならない。

 遊が凛華の事を知ったのは今日。結夢は元から知り合っていた様子だった。二人の間に信頼関係が築かれていてもおかしくない。凛華がクラスに結夢目的で来ていたならば、それをクラスの人間が知っていたのならば、これも不思議な事ではない。

 一つ減らしても残るは三つ。時間、樹木や芝、クラスメイト………しかし、関連する事柄が見つけられない。

 時間経過を遅らせ、急に樹木等を出現させ、人を思い通りに操る。そんな現実味の無い出来事に、関連性などあるのだろうか。

「現実味が無い?」

 それに似た言葉を聞いた気がする。頭に残る違和感を与えた、ひどく遠回りな言い回しを。それはたしか、この逃走劇が始まる前─

「っ!?」

 瞬間。遊の頭に悪魔の言葉が甦る。

『………寝言か。』

『馬鹿め…。』

『簡単に掛かりおって。』

 思い返してみれば、あの時の返事はおかしかった。噛み合ってそうで、噛み合ってない。返答として選ぶ言葉が不自然だったのだ。

 あれは、ただの返事では無かったのではないか。何かしらの力を行使して、会話を介して状況を伝えていたのではないか。

 『寝言か。』………俺は今、眠っているんじゃないか?

 『馬鹿め。簡単に掛かりおって。』………俺は今、天使の能力の術中にいるんじゃないか?

 つまり、ここは夢の中。誰も彼もが虚像で、何もかもが虚ろ。無いものが表れ、あり得ないことが簡単に起こる。

 そうだ………そうだよ!現実味が無いんだ!現実じゃ無いんだ!これならば説明がつく。時間の経過も、樹木の出現も、団結したクラスメイトも………全ては幻想だ。

 状況は分かった。ならば次考えるべきは、一体いつ受けたのか。

 いつからおかしかった?今この状況がおかしいのならば、事の始まりからが妥当だろう。

 だったら教室に入ったときから……………いや、凛華と会った時からだ。

「久留が黒幕…なのか?」

 そう答えを出さざるを得なかった。

 例えば学校に入った際、自分では気付かない内に術中にハマり、意識を失いここにいる。例えば凛華に追突された際、意識を失ってここにいる。

 細かなタイミングは分からないが、ハニエルがいなくなったタイミングに近いと考えていいだろう。

 着々と疑問が解決していっている。次は最も難しい、どうすればいいかだ。

 遊が考えを巡らせようとしたところで、誰かが肩を叩いた。ここには遊と結夢の二人しかいない。第三者が来た様子もない。自ずと、その人物は結夢となる。が、遊が顔を向けると、先程までの楽しそうな表情とは打って代わり、結夢は真剣な表情をしていた。今まで見たこともないような真剣な表情を。

 遊は思わず思考を止め、たじろいでしまうほどだ。

「違う。違うぜ志神。久留は味方だ。」

「は……え?」

 急に出てきた言葉は、意外すぎるものだった。結夢の言葉を理解しようと思ったが、止まった思考は動かないままでいる。

 しかし、何故かその言葉に苛立ちを覚えた。余計なことをされた様な気分だ。理由は分からない。ただ胸の奥底でそんな感情が沸き上がるのだ。

 そんな事も露知らず、真剣な表情のまま結夢は言葉を続ける。

「見つけるんだ志神。」

 うるさい。口を挟まないでくれ。考えがまとまらないじゃないか。

「久留と力を合わせて。」

 イライラする…。余計なことを言うなよ!少し黙っていてくれ!

「そうすれば志神は元に─」

 うるさい。うるさい…!うるさい!今すぐこの場から消えろ!

 瞬間。結夢の姿が、まばたきの内に消えた。なんの前触れもなく、なんの痕跡もなく、完全に消えてしまった。

 それと同時に遊の苛立ちも消えた。しかし、その後遊に残ったのは、何とも言えない虚無感だった。

「え、あ、紫野…月?」

 あてもなく結夢の名前を呼んだ。自らが願いながらも、目の前の出来事を信じられないでいる。

 周囲を見回す。目の前で消えたのだ。もちろん結夢がいるわけもない。遊もそれは理解している。しかし、藁にもすがる思いで、藁をも掴む思いで、結夢の姿を探す。

 その間、やっと動いた頭から出てきた言葉は………『どうして?』だった。

 どうして、どうして俺は?どうしてあんなことを…。どうしてあんなことを思ったんだ?どうして望んでしまったんだ!どうして、どうして!

「あああぁぁぁあぁああぁあ!!!」

 絶叫。襲いかかる後悔が容赦なく身を焦がす。

 ここから消えたところで、現実でも消えると確定しているわけではない。しかし、それは関係ない。これは遊のトラウマ。幼少期に負った心の傷。激情を制御できず、味方でいてくれた人を失ってしまった…後悔の刻印。

 息が苦しい。ひどい頭痛がする。胸を締め付ける痛みに立っていられない。遊はその場でうずくまり、胸を押さえる。

「うっ……おえぇっ!ゲェ!…ゲホッ!ゲホッ!…………くそっ!くそっ!」

 込み上げてくるものを吐き出した。遊の顔は、涙や胃液でぐちゃぐちゃになっている。

 ちくしょう!ちくしょう!どうして俺はこうなんだ!?何もかもが中途半端で、結局助けを求めなければ何も残らない!マクアを呼び出したときも、紫野月の時もそうだ!自分の浅はかな行動で、周りを危険に晒しておきながら、自分だけじゃ何もできない…。

 遊はたまらなく悔しかった。手のひらで踊らされ、それに気づきながら今も尚、躍り続けている事が。

 しかし、折角の紫野月の言葉を、怒りや後悔に任せて無下にすることはできない。俺は信じることにする。久留が味方であることも、手を組めば元に戻れることも、全て信じることにした。それがせめてもの償いだ。

 遊は立ち上がると、場所を移動する。いつまでもここにいる訳にはいかない。人目のつかない場所を、落ち着いて考えられる場所を探して、遊は走り出す。


 廊下を確認して、ゆっくりと扉の取っ手に力を込める。スライド式の扉は、立て付けが悪いのか、ガタガタと音を立てていた。それを最小限に抑えながら扉を閉めきる。

 遊の向かった先は一階にある図書室。生徒の教室が三つほど合わさった広さであり、いくつもの本棚が並ぶ図書室は、隠れる場所としては最適だった。

 遊は一番奥から二番目、窓近くの本棚に身を隠していた。ここならば、四方から同時に接近されない限り、逃げ道が存在するからである。

 ここに来るまでの間に、落ち着きを取り戻した遊は、本棚にもたれ掛かり、結夢の残した言葉を考えることにした。

 『久留は味方だ。』紫野月は確かにそう言っていた。味方なら、どうして俺たちを追う必要があったんだ?

 例えば、追うことで何か得るもの、与えるものがあった。又は、敵にとって不都合なことになる、若しくはそれら全て。

 俺に違和感を感じさせるため?だったら直接言えばいい。いや、もしかしたら、言えない理由があるとか…?

 久留が追っ手の主導権を握ってた様だし、俺たちが捕まらないように裏で糸を引いていたとか?だったら、窓から飛び降りるような事にならなかっただろう。まぁ、そのお陰で先の指示を聞けたわけだが。

 ……………待てよ?指示を聞けた?"おかしいだろ"それは。

 俺たちが窓から飛び降りたとき、確実に久留は見ていたはずだ。落ちた場所、現れた樹木や芝を。だったら、上に一人でも見張りをつけておけばいい。そうすれば、逃げた方向も分かっただろう。それなのに、どうして隠れてる可能性を排除していたんだ?それなのに、どうしてあんな大声で指示を出していたんだ?しかしそれは、紫野月のおふざけで、その場に留まったからこそ。

 ならばもし……もしそれが偶然じゃなかったら?

 その場に留まったから、指示を聞けたんじゃない。指示を聞くために、その場に留まったんだ。

 だったら、まだ何かあるはずだ。あの時の指示を思い出せ。

 『A班はそのまま前進!』違う。これじゃ無い。

 『B班は左折して昇降口方面へ!』これも違う。どこに向かうかは、もう関係ない。

 『絶対見つけますよ………かくれんぼは終わらせないと。』……これだ!

 そうだよ。よく考えればおかしいじゃないか。どうして久留は、俺たちが隠れてると思ったんだ?そこは、捕まえるとか、追いかけっこは、とかになるはずだろう。

 だったら、これはメッセージだ。紫野月も言っていた『見つけろ』というメッセージ。

 "隠れている天使を見つけろ"と言うメッセージなんだ!

 そうと決まればやることは一つ。遊は立ち上がると、大きく息を吸った。

「紫野月が消えたことでよく分かったよ……強く思ったことが叶うんだろ…。だったら出てこいよ……今すぐ俺の前に出てこいよ!天使いぃぃ!」

 遊は強く叫んだ。強く願った。すると、目の前に"足"が現れた。

 それは段々と姿を露にしていく。足、(すね)(ひざ)(もも)、スカート…姿が明瞭になるにつれ、遊の顔は絶望に彩られる。

 低い身長。セミロングワンレン。隠れている片目。覗かせる幼い瞳………現れたのは凛華だったのだ。

 遊は我が目を疑った。結夢が庇ったのだ……消してしまった償いとでも呼べる感情だが、それだけは信じたかったのに、結局現れてしまった。

 遊は怒りにうち震える。その瞳には、憎しみが沸々と沸き上がっていた。

「どうして……どうしてお前が!………結局、結局かよ!ちくしょう!」

 またも踊らされた。もう何が真実で、何が嘘なのか分からなくなっていた。しかし、強く願い、現れた凛華が天使なのは事実だろう。

(もういい……夢の中なら、俺が強く願えばいいのなら、片っ端から消してやる。天使を呼んで消してやる!)

「今すぐ…今すぐ俺の前から消え──」

「また同じ過ちを繰り返すのですか?人間。」

「っ!?」

 凛華は遊の言葉を遮った。そして蔑むような視線を向ける。それは遊に対する失望を表していた。急な雰囲気の変化に、遊はその場に立ちすくむ。

「折角結夢が助けたのに、それをも台無しにするのですね。」

「え、あ……。」

 言葉がでない。蛇ににらまれた蛙の様に、ただその場に立っているのが限界だった。

「考えなさい。いつ受けたのか、その天使はどこにいるのか。もう一度よく考えな─」

 瞬間、凛華の姿は消えた。結夢と同じように、なんの前触れもなく、なんの痕跡もなく消えてしまった。

 そこでやっと、久留は味方だったのだと理解した。そしてもう一つ。願わなくとも、遊に情報を与えると消えてしまうと言うこと。

「あ…あぁ、あぁぁ…。」

 その場に残された遊は、本棚にもたれ掛かり、ズルズルと腰を落としていく。地面についたところで、膝を抱えてうずくまってしまった。

 まただ…。また、俺の浅はかな考えで味方を失った。これで何度目だ?どうして俺じゃないんだよ。どうして消えるのは俺じゃないんだよ。どうして周りばっか消えていくんだよ!

 ……本当に俺はどうしようも無い人間だ。いや、人間じゃない。"間"の抜けた"人"でしかない。

「人間。」

 止めてくれ。俺はただの人だ。学習しない愚鈍な人だ。

「顔を上げろ人間。」

 だから止めてくれって。慰めはいらない。むしろ思い切り批難された方が幾分かマシだ。

「時間がない。早くしろ人間。」

「だから止めてく………え?」

 聞き慣れた声に、遊は思わず顔を上げた。

 シルクハット。大きな目玉。ボロボロの衣服。聞き慣れただけでなく、見慣れた存在。

「ま、マクア!?」

 悪魔が目の前にいたのだ。遊は驚きのあまり頓狂な声を出した。

 悪魔は不機嫌そうに鼻を(存在しないが)ならす。

「ふんっ!いつまでそうしているつもりだ。貴様は、人間の女と、"ハニエル"の意思を無駄にするつもりか?」

「…………え?」

 悪魔の言葉が理解出来なかった。どうしてハニエルの名前が出てきたのか。

 遊の呆けた顔を見て、悪魔は考えを察したのか、ため息を吐く。

「貴様は気付かなかったのか?あの天使は、久留とか言う人間の姿を借りていたのだぞ?」

「は、え!?ど、どういう…。いや、どうやって!?」

「説明は後だ。指揮系統を失った想像の亡者共が向かってくるぞ。」

 悪魔はそう言って図書室の入り口へ目を向ける。

 すると幾つもの足音が聞こえた。それは段々と近づき、ついには扉の前まで迫る。

 大きな衝突音。扉の窓ガラス越しに見ると、何人もの人が体を扉に押し付けていた。扉はミシミシと音を立て、耐えきれずレール部分を破壊して開け放される。

 ぞろぞろと侵入してくる人。その姿は、人と呼ぶべきか迷うほど、あやふやな形だった。五体はあるが指は無く、顔も目と口しかない。

「ふはは。ここまでタネがばれてしまったら、形など気にしてられない様だな。」

 悪魔はギザギザの歯を吊り上げ遊を見る。

「さて、走るぞ人間。さっき言った通り時間がない。走りながら考えろ。いつ受けたのか、どこにいるのかを。」

 悪魔は遊の返事も聞かず、窓を開けて外に飛び出した。遊も慌てて後を追う。

 先程まで後悔に苛まれていた遊だったが、悪魔の登場や久留の正体による衝撃でそれも薄まっていた。無理矢理にでも気持ちを切り替える。

(無駄になんてしない。絶対に見つけ出してやる…!)

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