小さくも大きな違和感
雑談をしながら登校する遊と結夢。奇異な視線は学校に到着し、校門をくぐってからも続く。むしろ、より一層強くなったと言っていいだろう。
その中に一人、遊に対して怨嗟の視線を送る女性徒がいた。
紺のセミロングワンレン。片目は隠れており、もう片方はヘアピンで止めてある。そこから覗かせる目は丸く、幼さを彷彿とさせる。身長は百五十四センチと低く、ハニエルと結夢の間程しかない。
その女性徒は、校門付近の木の後ろへ隠れて、歯を軋ませながら、ものすごい形相で睨んでいた。
「あ、あの男~…!先輩に対して馴れ馴れしくするなんて……許せない!」
そう言い女性徒は走り出す。目標はもちろん、遊である。
「なぁ志神ぃ。何でハルマートの事をマクアって呼んでるんだ?」
結夢は急にそんなことを質問した。ハルマートとは、悪魔の世間的別称である。
しかし、その質問を答えるのは案の定無理だった。遊は吃りながら目を泳がせている。
「え?あ、いや~…えっとぉ…。」
考えを巡らしてみるものの、関連性を見つけられない。しかし、その中でふと、疑問が浮上した。
「あれ紫野月、どうしてハルマートの名前がマクアだって知ってるんだ?俺、紫野月といる間に言ってないよう──」
「ゆ~めせ~んぱ~い!!!」
途端、女性徒の声が遊の質問を遮った。遊と結夢の二人は、声のした方へ顔を向ける。声の主は、もちろん先程の女性徒だ。
女性徒は手を振りながら、満面の笑みで向かってきていた。それだけなら問題ないが、何故かその速度はどんどん加速している。五十メートルダッシュでもするかのような本気の走り。
遊は不穏な空気を感じ取り、結夢から三歩程離れる………が──
「逃がすかああぁぁぁ!!!」
「え──ふなっ!?」
女性徒は結夢の元まで来ると、右足で地面を蹴り、走って得た推進力をそのままに、離れていた遊に向かって背中からの体当たり──いわゆる鉄山靠を放った。
直撃を受けた遊は、その場に変な言葉を残し、三メートル先にある茂みに突っ込んでいった。
女性徒は、吹っ飛んだ遊には目もくれず、すぐに結夢へ話しかける。
「おはようございます結夢先輩!今日も凛々しく素敵です!」
「おはよう久留。今日も朝から元気だな。」
「あぁん…!私のことは名前で呼んでくださいよ~!」
身悶えながらそう訴える女性徒。その頬は赤く染まっており、暗に…否、明確に結夢への好意が見てとれる。
「ん~…私的には久留のが可愛いから、そう呼んでおきたいんたけどな。」
可愛いの一言に、女性徒はパァっと笑顔を咲かせた。それから照れくさそうにモジモジとし始める。もう名前の事などどうでもいいようだ。
「あ、あの先輩──」
「ちょっと待てええぇぇ!!!」
突如男の絶叫が響き渡った。声の主はもちろん遊である。
女性徒は復活した遊を見て舌打ちをし、あからさまに嫌悪感を出している。
「なんで何事も無かったかのように話してんの!?タックルで人一人吹き飛ばされてんだよ!?」
「わざとじゃありません。事故です。」
「お前『逃がすかああぁぁぁ!!!』って言ってなかった?」
「……………イッテナイデスヨ?」
「顔を背けるな。」
完全な棒読みで、頭をぎこちなく背ける女性徒。どうやら嘘をつくのが苦手なようだ。
遊は結夢の方へ顔を向ける。確かに女性徒の行動は驚くべきことだが、遊にとっては、それよりも結夢の反応が予想外だったのだ。
「紫野月もどうしてスルーなんだ……ちょっとショックだったぞ…。」
心配されなかったことに、少し寂しささえ感じた遊。
結夢は最初、何を言われてるのか分からない。と言いたげな反応をした。が、すぐに理解したのか、右手を金槌のようにし、左掌をポンと叩いた。
「ごめんな。久留は、私の近くに男子がいると、吹き飛ばしたくなる病気らしいんだ。」
「病院へ行け!もちろん精神科だ!」
「それに、私が吹き飛ばされた男子に手をさしのべると、翌日その男子は、何者かにリンチを受けるらしいんだ。」
「いや、何者かって…犯人確定してるよね?」
「確かに久留を疑うのも分かる。『あ~あ、男子は全員無惨に引き裂かれればいいのに。』とか、『そろそろ一人ずつ鏖殺するかな~。』とか、『あの男、手助け受けやがって…明日リンチ確定だな。』とかよく言ってるけど、決して悪いやつじゃないんだ。」
「今自白があったぞ?」
その言葉を聞いているのなら、嘘である事は明確だ。学年二位である結夢が、そんな大嘘を信じているのが信じられなかった。きっと何か理由があるのだろう。そう思わずにはいられない。
遊は再度女性徒に顔を向ける。相手は後輩。それに結夢の知り合いだ。ならば、出来るだけ友好的な関係を築くべきだろう。
そう考えた遊は、立ち上がり、一度深呼吸をして心を落ち着かせた後、女性徒の方へ体を向ける。
「えっと……君の名前は?」
「セクハラですか?」
「何で!?」
仲良くなるのは無理かもしれない。
いきなり出鼻を挫かれ、軽く消沈していると、女性徒はため息を吐き、本当仕方なさそうに自己紹介をする。
「一年の久留 凛華です。」
「久留か。俺は志神 遊。よろしくな。」
「んじゃま、二人とも自己紹介が終わったことだし、そろそろ教室へ向かおうぜ。」
自己紹介が終わったタイミングで、そう結夢が切り出すと、遊と凛華の二人は了承し、各々教室へ向かうことにした。
教室に向かうため階段を上っている途中、遊はあることに気付いた。
「紫野月、ハニエルはどこに行ったんだ?」
通学路まではいたのを確認していたが、いつからか、凛華と話していた辺りからは、ハニエルの姿が無くなっていたのだ。
「あ、そう言われてみればハルがいない。ごめん。私も全然気付かんかった。」
周りをキョロキョロと見渡して確認する結夢。ハニエルの事をあれだけ溺愛していたのにも関わらず、気付かなかったと言うのは少し違和感を感じたが、反応からして本当に知らないようだ。
召喚者から五十メートル以上離れられないのならば、その範囲内にいるはずなのだが、建物の中となると見つけるのは難しい。
それに加えて悪魔の口数が少ない。いや、少ないではない。昨日の事を引きずっているのか、全く話さないのだ。
「どうしたんだよマクア?あ、もしかして、俺がハニエルの事を気に掛けたからヤキモチ焼いてんのか?」
さすがに直球で聞くわけにもいかず、冗談めかしてそんなことを言った遊。
悪魔は残念そうにため息を吐く。
「………寝言か。」
冗談に対して返してくれてるようだが、その反応は少し怒っているようにも思えた。遊は一瞬たじろいだが、そのまま会話を切るわけにもいかず、笑顔のまま続ける。
「ん~?それとも、ハニエルが俺の風呂を覗いた事かな?」
「馬鹿め…。」
悪魔は短くそう言って、そっぽを向いてしまう。やはり怒っているようだ。
すると、急に後ろから、ただならぬ雰囲気を感じた。表現するならば、悪鬼羅刹の言葉がはまりそうな雰囲気。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、結夢が目の笑っていない笑顔で遊を見ていた。
「どういう、事だ?志神?」
「ふぇ、へ?ど、どういう……事って…?」
よく見ると額には青筋が浮かび、炎が燃え盛っているような錯覚さえ覚える。何故怒っているかは分からないが、謎の圧力に思わず情けない声が出た。
後ろではマクアが、「簡単に掛かりおって。」などと言っている。おのれ!図ったな!
「どうしてハルが、志神の風呂を覗いてるんだ?あぁ?」
「し、知らないよ!俺はてっきり紫野月が指示したのかと…。」
「私が可愛い可愛いハルを志神のところへ送り出す訳ないだろ!ぼてくりこかすぞキサン!」
興奮しすぎて北九弁(ついでに結夢の出身は東海)が出てきている。
結夢は膝を付き、右手で口許を押さえ、嘆くようなそぶりをした。
「もしも志神が特殊な癖だったら……うぅ…!」
「いや、無いから!そんなことあり得ないから!」
一瞬頭に、覗かれた際の謎思考が蘇ったが、どうにか耐えて言葉を発した。
それを聞いた結夢は顔をあげる。その顔は何故か、すごく嬉しそうだった。
「本当に特殊性癖じゃない?」
「当たり前だろ。」
「ハルよりも私の方がいい?」
「当たりま………え?」
流れで答えていたため、何と言われたか定かでない。正面の結夢を見てみると、顔を真っ赤にしていた。
段々、何と言われたか鮮明になっていく。それと比例して、遊の顔は首から血が昇っていった。
二人の間に、何とも言えないフワフワとした空気が漂いはじめた。どちらから口を開いては、声を発さず黙り込む。
そんな二人が動き出したのはそれから五分後。遊の「行こうか?」の一言で、ぎこちなく二人は歩き出した。
教室に着くまでの間、遊はふと腕時計を見てみる。時刻は8時26分を指していた。ホームルームは30分からなので問題は無い。無いのだが、何か違和感を感じる。それは小さな違和感。しかし、忘れてはいけない大きな違和感でもある気がしてならない。
その正体を考えてみるも、答えは出なかった。いや、気付けなかったが正しいだろう。
ただ何故か、先程の悪魔の言葉が気に掛かった。違和感に通ずるであろう悪魔の言葉が…。




