〜咎を持って生まれた者⑧〜
インクリス魔法学院に到着するとすぐ、ロン、シエル、エルラは学院長室へと呼ばれた。
中に入るとそこには学院長のビネノアと数人の教師が立っており、一通りの手当てをされているロンの姿を見て安心の溜め息をもらす教師もいた。
「さてと……ではまず、私から――」
というとビネノアは杖を取り出し、短く呪文を紡ぐ。
「――勝手な真似をして心配をかけるんじゃない」
三人の頭に小振りの『エア・ハンマー』が現れ打ち降ろされる。
かなり加減はされているのだが、やはり痛い。
「痛い」
「ちょっと! いきなりは酷すぎませんか!!」
「…………」
三者三葉の反応を確かめるようにビネノアは見て――そして三人を抱き締めた。
「本当に無茶をして……でも、無事で良かった」
心からの安堵の言葉をかけられ、三人は照れくさそうにする。
ビネノアはそうしたまま、控えている教師達を見る。
「教師諸君、今回のこの子達の行動は確かに勝手だった……しかし無事に戻ってきて、何と使者も倒していたのだ。賞讃は与えても罰を与えるのは間違いと私は思うが、どうだ?」
それに困惑した表情をした教師もいたが、大半は賛成をしてくれた。
三人の無断外出は、これで無かった事になった。
「さて、では次なのだが……」
三人から離れビネノアは机に腰掛けると、ロンを見据えた。
「使者と直接的に手合わせしたのは君だな? ミス・メサイアの使い魔の少年」
かけられた言葉に、ロンは静かに頷く。
ビネノアは少し考えるようにした後、指を鳴らした。
すると渋々のようであったが教師達は退室を始め、シエルとエルラも連れて行かれそうになる。
「何するの!!」
「出たくない」
必死で抵抗していたが、その時ロンが二人の方を向いて言葉をかけた。
「僕は大丈夫だから、行って、ください」
言葉を聞き惚けた隙に二人は連れ出され、そして部屋にはビネノアとロンのみが残る。
ビネノアは机から葉巻を一本取り出し、杖で火を付けると大きく吸う。
「ふぅ。さてと困ったな。まさか竜の咎人が使い魔になるなんて」
「……気付いてたんですか?」
驚いたようにロンが言うと、ビネノアは冷ややかな目線を送る。
「その背中の傷は力を使った証拠だ。竜の咎人が力を使うとそういった傷が付く、私のように『長く生きる者』からしたら常識だよ」
『長く生きる者』という所だけ妙に耳に残ったが、ロンはあえて聞かず、話を先に進める。
「……やっぱり僕は、この学院には、いられませんね」
ロンの言葉に、ビネノアは考え込むように低く唸った。
しばらくそうして――
「そうだ!!」
思い付いたように顔を上げた。
ロンが見るその顔はまだ若々しく、快活そうに笑っている。
「君が、ここにいる事の出来る嘘を思い付いた。
今夜は『銀月の舞踏会』だ、それを使わない手はない」
ニヤリと、したたかに笑い――突然思い出したようにロンに何かを投げ渡した。
「あの、これは?」
「咎人が力を使った際の『専用』の鎮痛剤だ。今はまだ『力』の名残で痛みとかないだろうが、あと一時間もすれば死ぬ程の激痛が身体を襲うぞ」
手の平には、白くて細長いカプセル状の薬。
それを見て、ビネノアを見て、ロンは思った事を言う。
「僕が竜の咎人である事に気付いたり、こんな薬を持っていたり――まさか、あなたも?」
「……いやなに、『長く生きる者』特有の備えあれば憂いなし――ってやつだ」
はぐらかすように笑い、ビネノアは煙を吐いた――
銀月の舞踏会の直前、シエルの部屋からは衣擦れの音がしていた。
閉められたカーテンの向こう側で聞こえるその音にロンは頬を赤くし、妙にそわそわしているよう。
そして、カーテンは勢いよく開けられた。
「着替えたから、もうこっち向いていいわよ」
恐る恐る、といった感じにロンが振り向くと――
「――――――」
「な、何か言いなさいよっ」
――綺麗、としか言えない。
ロンはそう思った。
カーテンの向こう側から現われたシエルは、髪と同じ桃色のドレスを身に纏い、細い首に巻かれた大粒の宝石と、髪飾りには小さなクラウンを付けていた。
しかしそれら装飾品ですら彼女の引き立て役でしかないと言わざるをえず――どこをどう見ても、文句の付けれないくらい、シエルは綺麗であった。
控え目にされている化粧も一層彼女を可愛く見せ、見つめられたロンは思わず下を向く。
綺麗すぎて、眩しすぎて、輝かしすぎて、自分なんかは目が合わせられないのだ。
「……あのね、何かないの? 似合ってるとか、綺麗とか、可愛いとか、少しは気を遣えないの?」
何も言わないロンに待ちきれずそう言ったシエル。
言われ、慌ててロンは顔を上げる。
「あ……う……」
しかし顔を見つめた瞬間また顔が赤くなり、無言で下を向いてしまう。
それを見てシエルは溜め息をつき、だが、口元は少しだけ笑う。
(ま、まぁ……そういう反応も嫌いじゃないけどね)
よし! ――と意気込むとシエルは部屋の扉を開けた。
ロンが伸びすぎな前髪の隙間からそちらを見て、それに付いて行く。
「今日の『銀月の舞踏会』ってのは、まぁ社交パーティーの堅苦しさを無くしたようなものよ。誰が誰と踊ってもいいし……あ、あんたがどうしてもって言うなら、私が踊ってやっても」
頬を染めながら言ったシエルであったが、ロンから返ってきた返事は、重苦しいもの。
「今日なんですが……僕は、学院長に最後の方に呼ばれるだけで、参加はしないつもりです。僕が舞踏会なんて、似合いませんし」
苦笑を浮かべて言うロン。
シエルは足を止め、振り向かずにその言葉を聞く。
「それに……シエルさんの近くに僕なんかがいても、主人の品位を下げてしまうだけですから。使い魔は使い魔らしく、表舞台には立たないようにし――!?」
言い終わる前にロンは手を取られ、シエルに引っ張られる。
舞踏会の会場であるホールとは逆の方向に歩き出した少女に、少年はただただ困惑する。
「本当にこの馬鹿使い魔! そのネガティブな性格どうにかしてやるから来なさい!!」
凄い剣幕で言われ、ロンは付いて行くしかなかった――
「入るわよ」
「いきなりノックなし!?」
部屋に入るなりそんな突っ込みをしたのは――炎のように赤い髪をポニーテールにしているリーリアであった。
舞踏会のためであろう、豊満で均等の取れた肢体を適度に隠し適度に露出させる黒のドレスを身に纏い、どうやら会場に向かう寸前だった模様。
突然の、しかも思わぬ来訪者にリーリアは緊張した顔をしながら、いつものように見下した顔でシエルを見た。
「こ、こんな時に何か用なのかしら~シエルさん。綺麗に着飾ってあなたにお相手なんているのかしら~」
「今日はあんたの戯言に付き合ってあげるわ――友達として頼むわ。この馬鹿使い魔を『僕なんか』ってヘタレな事を言わないくらい着飾ってやって」
「――え? 今、何て」
「だから、こいつを着飾って」
「そ、そこじゃなくて~! その前~! 友達って……言ったよね?」
「……はぁ。言ったわよ」
シエルの返答を聞き、リーリアは一瞬惚けたような顔をし――
「ふ、ふえ~~ん!!」
――なんと、泣き出してしまった。
それを見てシエルは溜め息を吐き、しかしめげずに声をかけ続ける。
「ほら泣かないで。友達からの頼み……聞いてくれるわよね?」
「――――っ」
声は出さずも何度も頷き、リーリアはシエルに抱き付く。
本気で面倒くさそうな顔をし出したシエルだが、ここは我慢とリーリアの頭を撫でてやる。
自分より身長が下の少女に頭を撫でられる……シュールな絵面なのだがリーリアは気にした風もなく、涙声でやっと喋り出した。
「シ、シエルちゃんに冷たくされて幾月……や、やっとご先祖様達みたいに友達に、なれたよ~」
数百年続くメサイア家とハンニアース家の交流は友好であり、もし両家出身同士が学院で出会った時は、一番の親友になっていたのが常であった。
その事を知っているシエルが、しかしリーリアと仲良くしなかった訳――単純に、ソリが合わないからである。
それは今も変わらずシエルとしては嘘っぱちな友達宣言なのだが、リーリアは心の底から喜び、まだ大泣きしている。
二人の表情の温度差を見て、ロンは苦笑を浮かべた。
多分、全てを悟ったのだろう。
「ほらもういいでしょ! 舞踏会まで時間無いんだから、とにかく早くお願いね!!」
じゃあ私出てるからっ!――そう言って逃げるようにシエルが出ていった後、リーリアはロンを見て鼻息を荒くする。
「よ~し! 大親友のシエルちゃんのために頑張るわよ~!!」
「……お、お手柔らかに」
いつの間に大親友に?
そんな質問する間もなく、ロンの大改造は始まった――




