〜咎を持って生まれた者⑦〜
『……ここまででいいだろう』
画面が切り替わり、再びビネノアの顔が映し出される。
映像を見た生徒達は無言になり、女子生徒の中には泣いてしまっている者もいた。
『……もうすぐこの狂った集団からの使者が来るそうだ。私を含め教師は全員、君達を守るため死力を尽くそう。せっかくパートナーとなった竜を、易々渡してなどやりはしない』
一瞬だけ大きく映し出されたのは――機械化された、竜。
それを見てエルラは下を向き、唇を強く噛み締めた。
碧い瞳は珍しく感情が渦巻き、だがそれが決して明るいものでは無い事は雰囲気が物語る。
『使者が何人かも分からない、どれだけ強いのかも分からない。だから、君達生徒には外出禁止令を出す。少しの間、私達が奴等を追い払うか連絡した王国騎士団の到着を待つか、兎にも角にも今すぐ各自部屋に戻ってくれ』
そして、スクリーンはブツッと音を出し、ビネノアの顔は消えた。
あとに残された生徒達は口々に不安の声を出しながらも足早に学院へと戻っていく。
一人、二人……そこに残ったのは、今はもうシエルとエルラのみ。
「…………」
エルラは無言で歩き出すと、遠い場所にいるレイへと向かう。
シエルもそれに付いて歩き、二人の歩みは学院と反対へと向かい続ける。
「すごく、危ないはず」
「その危ない場所の最前線に使い魔がいるはずなの。あの通信を聞いても、迷う理由なんて私には無いわ」
「……シエルって、変わってるね」
「あんたに言われたくないわよ」
そうして二人は、大きな身体を伏せて待っていたレイの背中に乗った――
飛竜に乗ってきた人間が機械部分に触れた直後、ロンの方向からまるで殴りつけるように風が吹き、方向感覚を狂わす程の強風に身体をなぶられて人間は吹き飛ばされてしまった。
浮き上がった身体は重力に負け地面へと落下し、その衝撃で人間は意識を失う。
死んではいない、死なせては、自分は本当にただの『化け物』に成り下がってしまう気がする……そしてロンはゆっくりと、飛竜に近付いた。
痛々しいものを見るように複雑な表情をするロン、目の前の飛竜はもはや生き物といえず、人に使われるだけの兵器のよう。
《……我が化け物なら、人間とはかくも恐ろしい悪魔といった所か》
苦々しげに唸る。
飛竜の前まで来ると、地肌の見える部分を優しく撫でた。
《このような身体で生き長らえるのは竜族としての誇りが許さぬだろう……許せ、我にはお前を救ってやる事はできん》
だからせめて、苦しまぬように一撃で――
言って立ち上がった直後、飛竜の様子がおかしくなる。
目を見開き、苦しそうに叫び声を上げ、手足をもがかせる。
口から異臭のする液体を吐き、白目になってしまった眼は、もう正気を持っているようには見えなかった。
飛竜の異常に気付いたロンはすぐに飛び退いた。
だが暴れる翼が襲ってきて緋黒の骨で何とか防ぐと、すぐにもう片方の翼が迫ってくる。
《くっ……!?》
それも受け止めると、骨からミシミシと嫌な音がなった。
骨と密接している背中の部分も、翼の威力に僅か血を流す。
(普通の飛竜より桁違いに強い!!)
機械化されたからか……しかしそれでもロンの雄叫びは確かに効いていた。
先程まで倒れ身動きが出来なかった、あの人間が、触れるまでは。
(あいつは何をした――気を狂わせる魔法、いや、筋力を上げる禁魔法か?)
しかし人間が杖で魔法を唱えたようには見えなかった。
やった事といえば、飛ばされる直前に飛竜に触れた事くらい。
《!?》
ハッとした。人間が触れた部分、飛竜の顔面部分を注意して見ると、赤いランプのようなものが付いている。
そしてそれは、毒々しく光っているのだ。
正気ではない飛竜の瞳、口からは泡を吐き、遠くへ飛び退ったロンへ突進をしてくる。
難なくそれをかわすと、今度は吐き出された何発もの火球が飛んでくる。
骨を全面に展開し防ぐと、飛竜は叫び、その声は痛みと苦しみの鎖に結ばれ身動きのできない、苦痛の泣き声に聞こえてくる。
《…………》
なぜ、この飛竜はこんなにも苦しまなければいけないのだろう。
誰が悪い?
誰が罪を?
誰が罰を、与えればいい。
《……お前の》
哀しさは、少年の孤独を食らって大きくなった。
淋しさは、同族の怒りと悲しみで、紛らわせよう。
――竜の咎人は、そうやって、全ての業を背負う事を決意する。
《お前の怒り、全て我に託せ。安心しろ――必ず、同族の我らの敵は、滅ぼしてみせる》
片方の緋黒の骨が、前に突き出て、形を変える。
もう片方の緋黒の骨が、後ろに引かれ、何かを掴むように細められる。
瞬間、二つの緋黒の骨の間に赤黒い液体が集まり出す。
細長く、鋭く、まるで矢のようになっていくそれはロンの、血。
緋黒の骨の巨人が携えた手と弓は、血で出来た矢を構え、そして――
《常世の闇に、抱かれて眠れ――》
直後、短くあがった飛竜の悲鳴は、気のせいか、哀しげには聞こえなかった――
シエルとエルラは、信じられないものを見ていた。
否、全て目の前に広がるのは真実のはずなのだが、理解する事ができなかったのだ。
濃い血の匂いが漂う草原。
額に大きな穴が空き、絶命している飛竜の死体。
――緋黒色の骨に包まれるように立つ、自らの血にまみれた少年。
《……来て、しまったか》
少年の声は、さっきまでの少年とまったく知らない誰かが同時に喋ったような、声。
下を向き視線を合わせぬまま、少年は更に言う。
《主よ、悪いが我にはやらねばならぬ事が出来た。自分勝手な願いだとは思うが、契約を解いてはくれぬか?》
だがシエルはその声に答えない。
答え、きれない。
エルラの言う『正体』がどんなであっても、シエルは受け入れる気持ちがあった。
覚悟はあったはずだった――しかし。
現実に、血の匂いが鼻腔をくすぐると、滴る血を纏った、緋黒色の骨が少年から生えていると、言い知れぬ、絶対的な威圧感を感じた。
「――――!!」
怖かった。恐ろしかった。
恐怖し身震いし、思わずシエルは自分の肩を抱いた。
そうしなければ、震える膝が崩れてしまいそうだったから。
そして――
《…………》
少年は、ただ、黒と赤の瞳でそれを見つめていた。
それは、自分の『正体』に気付いた人間の、いつもの行動。
彼女だって、きっと恐怖するというのは、分かっていた……自分の恐ろしさは、自分が一番知っている。
《……――――!?》
――だけど。
(何で……我は、涙を……)
――――だけど。
少しだけ、自分は期待をしたのかもしれない。
他とは違う少女に。
守りたいと思えた少女に。
ほんの少しだけ、居場所を求めたのかもしれない。
シエルの瞳が少年の涙を見つけた時、彼女の心の奥深くで、決意した言葉が陽炎のように浮かび上がる――
少女は、走った。
隣りのエルラが驚いた顔をしたが、構わない。
とにかく、近付きたくて――抱き締めたくて。
少女は全力で、目の前の異質の根幹にいるロンへと駆けた。
驚いたのはロンも同じ。
突然走り寄ってくる少女に視線を合わせ、さっきまで流していた涙を拭うと視線を鋭くする。
《……近付くな。我は、例え主であっても、今は傷付けぬ自信はない》
低く、唸るような声。
ただ言葉を向けられただけなのに、目の前からは底の見えない殺気が縦横無尽に飛んできて、少女の身体を何度も硬直させる。
――しかし。
「うるっさあーーい!!」
叫んでやった。
全部、全部吹き飛ばすように、腹の底から頭のてっぺんまで、全部の力を使い切るくらいの大声で、張り上げてやった。
「な~に格好よく我なんて言ってんのよ馬鹿使い魔! あんたは弱そうな僕で充分! そんな喋り方、まったく似合ってないわよ!!」
それに、と口ごもる。
突然の少女の大声に驚き、口を開け呆然としているロンへ。
馬鹿みたいに自分一人で抱えて、馬鹿みたいに一人で哀しんで、そのくせ涙を流して助けを求めない、世界でたった一人の使い魔へ。
少女は、最恐の雄叫びさえはね飛ばしそうな、最強の笑顔を向けた。
「仲良くなるには殴り合いが一番近道らしいじゃないの!!」
《それは男同士というかもう古――!?》
更にスピードを上げた少女はスカートなんてまったく気にせず、マントを格好良く、たなびかせ。
遂にロンのすぐ間近に迫った。
障害はたった一対の骨の羽。
遠くから見ると鎧みたいだったが、ここからだとロンを閉じ込める牢獄にしか見えてこない。
こんなもの――私が引いてやる理由になんてまったくならない!!
《っ主!? 危な――》
ロンがそう言った時、緋黒の骨が一本、少女に襲いかかった。
本能が少女の何かに反応し動いたのかもしれないそれは、ロンですら止められず少女を一直線に狙う――
「あっまーーい!!」
甲高く服の破ける音がしたが、少女は無傷のままロンの懐へと潜り込んだ。
そして、溜めに溜めた拳を恐ろしく早く繰り出して、言う。
「勝手に一人で動いた罰よ! 言っとくけど私のお仕置の方が……あんたより全然怖いんだからね!!」
血の匂いが風によって取り除かれていく悲惨な光景の真ん中で、少女の拳は、ロンの顔を的確に捉えるのであった――
ロンとシエルは、絡み合うように地面に倒れ込んだ。
シエルがロンを殴った瞬間――緋黒の骨はまるで焼きすぎた炭のように一瞬で砕け、風に溶け合いながらすぐに消えてしまった。
ロンの瞳も今や普通の色に戻り、血まみれの顔なのになぜか情けなく見える雰囲気を纏っている。
前のロンへと、戻ったのだ。
「……えと、シエル、さん?」
自分の上に倒れ込んだまま動かないシエルに、ロンはおずおずと声をかける。
先程殴られた頬がズキズキと痛むが、それでも心にあるのは哀しみではない。苦しみ、でもない。
それを伝えたくて、でも、どうしていいか分からなくて。
とりあえず声をかけて見るのだが自分のご主人様は顔さえ上げてくれない。
「……うっ、ひぐ」
小さく、鼻をすするような声が聞こえた。
それに驚きロンは耳をすますと、押し殺したような泣き声が――
「…………」
ふっ、と。
儚いながらも、優しげに。
自分の頬が緩んだ事を自分で実感できる。
自分の上で倒れ込む小さな少女は。
自分を叱る為に殴ってきた、世界でたった一人のご主人様は。
――小さく小さく、泣いていた。
怖かったのかもしれない。
もしかしたら、自分が元に戻って嬉しいのかもしれない。
「!?」
触れた瞬間、シエルの身体は大きく震えた。
それでも構わず、ロンは優しく、抱き締めた。
(僕の為に泣いてくれている……それだけで、僕は、力を使って良かったと思います)
そしてロンは、まだ自分が小さい頃、泣き虫だった頃母親にやってもらったようにシエルを抱いた。
「寝んね~ころ~り~~よ~~」
「って何で子守唄よ!?」
突っ込み一閃。
偶然にもみぞおちに入ったそれを受けロンは咳ごもり、シエルはそれを見て笑う。
ただただ面白く、幸せそうに。
いつの間にかロンも笑い、二人の声は共に、辺り
に、響き渡る。
シエルも静かに腕をロンの背中に回す。
と、指先に触れた地肌は濡れていて、肌が痛々しく引き裂かれていた。
「…………」
シエルは、何も言えない。
ただただ、回す腕の力を強めるだけ。
「…………いい加減に、して」
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
冷ややかな声と視線に驚いた二人。
瞬時にシエルはロンから遠ざかり、火照った顔を手で覆いながら自己嫌悪に陥った。
(何やってんだ私はぁー!?)
そりゃ抱き締めたいって気持ちはあったけれども、それは心配なだけであって、というかあっちからまさか抱き締めるってのは考えてなくて、何だかビックリしながらも頭がボーッとして手が動いたというか――きゃああ!!
ますます赤くなる顔を必死で冷まそうとしながら、ふと背中で上がったロンの悲鳴に反応しそちらを向いた。
「無事で、良かった」
「エエエエルラさん!?」
「なななな……何をやってるのよあんたは~~!?」
起き上がろうと上半身を上げたロンに跨がり、首に腕を回してエルラは抱き付いていた。
何というか、シエルの時よりも……エロい。
自分の顔の真横に無表情なエルラの顔があり、ロンは恥ずかしさで顔を赤くし、シエルは怒りで顔を赤くする。
そんな様子を眺めていたレイは呆れながらその光景を眺め、つい口を開けすぎてしまい牙の間の小袋が落ちてしまった。
地面に落ちた小袋からは中身が少し出てしまい、それは白い欠片であった。
これは一体何なのかロンに聞こうと思った、瞬間――
「ぐっ――スクウェアス・テレポート!」
その声に、全員がそちらを見た。
そこに立っていたのは、ロンに吹き飛ばされた鎧姿の人間。
杖を掲げながら、気味悪い薄ら笑いを浮かべている。
「飛竜の死体が無くなってるわ!?」
シエルの叫び声のとおり、飛竜の死体は血溜まりだけを残し跡形もなく消え去っていた。
きっと先程唱えられた『スクウェアス・テレポート』によってどこかへ飛ばされたのだろう。
この呪文は、大陸間で人間を瞬時に移動できる程の呪文なのだから。
「く……くく。貴様、『竜の咎人』だな?」
その言葉にシエルは驚いた顔をし、ロンは黙って人間を睨み付ける。
エルラは、静かに杖を構え直す。
「し、しかも飛竜とは比べもんにならない程の上玉の血を受け継いでるな……素晴らしい!」
口から血を溢れさせながら、鎧の人間は狂ったように叫ぶ。
その姿に皆が訝しんでいると、鎧の人間は自分自身に杖を向けた。
「インクリス魔法学院へは向かえなかったが、それよりももっと希少なのを見つけられた……あの御方も、私を許し天国へと導いてくれるだろうよ!!」
そして呪文を唱えた――瞬間、鎧の人間は炎に包まれた。
発狂したように笑いながら、事切れる最後に、こう言った。
「化け物っ! その力を持って生まれた事を我等が主に会った時感謝するがいい!!」
「…………」
燃えるその人間は、異臭を出しながら、炭に成り果てるまで燃え続けていた――
「おぉ~~い!!」
それからすぐに、魔法学院の教師達が箒に乗ってロン達へ近付いてきた。
皆血相を変えながらこちらに向かい、地面に降り立つとすぐに走り寄ってくる。
「ミス・メサイア! ここで一体何をしているのですか!!」
「お前らぁ!! 勝手に出回って何をしてんだ!! ちゃんと説明してもらうぞぉ!!」
心配の声やら怒号が次々飛び交う中、いち早く降り立ったビネノアはロンに近付き、無言で見つめる。
「…………」
「…………」
頭を、撫でられた。
なぜかは分からないが、でも、悪い気はしないのでロンは黙っている。
ビネノアは以前黙ったままであったが、口元は笑っているように見えた。
「――よし! とりあえず学院に帰るぞ! 君達から細かい話を聞くのはそれからだ」
エルラはレイに乗り、教師達も自らの箒に跨がり出す。
しかし、ロンだけは下を向き、その場を動こうとはしない。
「何やってるの」
すっ、と差し出された手。
細くて白い腕を視線で辿れば、見えるのはシエルの顔。
少しまだ頬が赤いながらも、少女は、真直ぐにロンに手を差し出す。
「――早く帰るわよ」
「でも、僕は……竜の咎人で」
「……はぁ」
大きな溜め息をついて、シエルは無理矢理にロンの手を取った。
まだ血で濡れていたその手を、構わずに握り締めた。
その指は、ロンの思っていたよりも力強く、暖かかった。
「あんたが何であっても関係ない。あんたは使い魔、私は主。それだけよ――だから、どんな理由があっても、離れちゃ駄目なのよ」
そして、優しく微笑んだ。
その姿は、多分、今まで誰にも見せた事のない、少女の心の一部分。
少しだけ開けられた心の扉から覗く、生意気で小憎たらしく、可愛らしい少女の一面。
「それでも帰って何か言われたらこう言ってやりなさい――『僕は、シエルの使い魔だ!!』――ってね」
ロンは苦笑すると、少しだけ、シエルの指を握り返した――




