第7話 自分軸で生きる
他責思考は楽だ。
”親に言われた通りやってるのに上手くいかない”
”仕事が忙しいから仕方ないじゃないか”
”あなたが勧めたから買ったのに良くならないんだけど”
”課長に言われて誰もやりたがらない雑用をするのが苦痛”
”ネットの口コミを信じて買ったけど俺的には外れだった”
”日本は終身雇用だったのに実力主義になりついていけない”
何事も人や物のせいにできる。
私も10年前にパワハラで休職するまでは他責思考だった。
休職は今まで生きてきた中で最大級の挫折。
上長の所為
仕事の所為
職場環境の所為...
休職中悶々とする日々を過ごし、私が出した答えは
『全て自分の所為』だった。
復職後しばらくは自責思考や自己犠牲の考えで過ごした。
いや、今となっては”過ごしてしまった”。
前話で「仕事をする必要がない事に気付いただけ」と
書いた。
これは他責思考だと生まれてこない考え方だ。
人や物のせいにする思考は、今後自身に起きるであろう出来事を
考えるという余白がない。
逆に自責思考なら良いかというと私の経験ではそうはならなかった。
人は世間で良いとされている行いを信じ、行動する。
そして良いとされている行いができない人に対し、世間は自己責任
という言葉で片付けてしまう。
世間で良いとされている事が本当に良いのかすら考えず、できない
人や時に己すらも自責と決めつけて片付けようとしてしまう。
他責は駄目、そして自責でも駄目ならどうすればいいのか。
前話で私は「自分は無知で馬鹿」と書いた。
介護離職で32年勤めた会社を辞め、再就職を諦め絶望した末
『自分軸』という考えに辿り着いた。
(無知で馬鹿なだけに、実際に諦めの境地までいかないと辿り着けない
のだから困ったものだ)
世の中には無数の規則や常識があり、対極に罰則と非常識がある。
世の理...つまり筋道、条理、道理という枠を外して物事を見た時に
自分自身が”どう思うのか” ”どうしたいのか” ”どうありたいのか”
これが私にとっての『自分軸』でした。
他責から自責思考となり、そして自分軸の生き方へ。
仕事をしていた時の私は働く事は当たり前で他の選択肢は無かった。
パワハラで休職した時、働けなくなる事に怯え自責で片付けてしまった。
だが『働くという行為』そのものに疑問を持ち別の行為を模索し始めた。
そして遂に働けなくなった時...模索していた別の行為が開花した。
ただそれだけの事なのだが私は気付くのに半世紀もかかってしまった。
世間には無責任で根拠の無い情報が跋扈している。
世の中の当たり前を疑い始めた時、あなたには何が見えるのだろうか?
何故私が仕事をする必要がない、働く必要が無い事に気付けたか?
節約や投資ではない、自分軸から得た詳細は次話で。




