第14話 エンパスと宿運
※今回は霊的な内容が多めです
霊など見えないものに忌避感がある方はご注意ください
『エンパス(empath)』
第12話の嫌なカタカナ英語を書いている時に知った言葉だ。
直訳すると『感情移入』。
共感力が人並み以上に高い人の事を言うらしく、
医学や心理学の診断名ではなく、スピリチュアル(霊的)系で
使われる概念らしい。
エンパスと対極にあるサイコパスやソシオパスは知っていたが、
エンパスは知らなかった。
私に霊感は無く、スピリチュアル的なものはわからない。
エンパスは5人に1人該当するという数値的なものや外見的特徴は
胡散臭くて信じていないが、心理的な特徴については調べていく
うちに全てではないものの、自分に当てはまるものが多いことが
わかった。
そして、エンパスと自分の今までの生き方を照らし合わせてみると、
自分に宿運が有りそうな事もわかってきた。
(現時点で自分の宿運を文章で表すのは曖昧で難しいです)
宿運とは、前世から定まっている運命。宿命のこと。
霊感の無い自分にまさか宿運が有ろうとは思ってもみなかった。
”何の為に生まれてきたのだろう”
”何の為に生きているんだろう”
”何を成す為に存在しているのだろう”
誰もが一度は考えた事があると思う。
上記の答えを知らないまま今生を終える人の方が多いのか少ないのか
はわからないが、自分の宿運を知るという事は上記の答えを知る事と
同義である。
人によって絶望するほど大きなものだったりそうでなかったりする
のであろう。
私の宿運は、今までの人生が宿運を果たす為に必要な準備期間だった
かもしれないという事。
今のところ絶望するほど大きくはなさそうなのが救いか...?
霊感が無いなりに、宿運にまつわる前世や運命について考えてみた。
”世の為、人の為”
善人は言葉通りに受け止める。
ある時は自己犠牲を払ってまで世の為、人の為に尽くそうとする人もいる。
皆が世の為、人の為に頑張ったり働いたりしていると”心から”信じている。
悪人は言葉通りには受け取らない。
世の為、人の為という言葉を巧みに操り、自分の為だけに使ってやろうと企む。
宿運が無ければ善人にはなれないし、前世はもちろん輪廻転生も無い。
いや...悪人には悪人なりの宿運があり、前世や輪廻転生を繰り返しているかも
しれない。
こんな話を聞いたことはないだろうか。
「人は死んだら三途の川を渡って天国または地獄に行く」
「人は死んだ瞬間、真っ暗となり無になるだけ。天国も地獄も無い」
私はどちらも正解であり不正解だと思っている。
宿運の有る人は前者。宿運が無い人は後者。
人によって正解は異なるのに、世間が正解をひとつに絞ろうとしている。
宿運を果たした人はこの世で言う天国というところに行き、
果たせなかった人はこの世で言う地獄というところに行く。
天国に行くと転生が終わるのか
地獄に行くと輪廻が続くのか
わからないしわかる必要もないのかもしれないが、
私は宿運を果たすと転生が終わると考えている。
転生を終える事が良いか悪いのかもわからない。
今の私は宿運の存在を知ったばかりだし、果たす為に生まれてきたのだろう。
もし宿運が有るとなると、今までの自分ではできなかった決断をして
いかないといけなくなる。
だがそこに今までの辛さや苦しさ、悲しみは無さそうだ。
無いどころか宿運を果たす為に愉悦すら感じるかもしれない。
そして経験した事のない感情を知った時、宿運を果たすのだろうか。
この世は宿運が無い人の方が楽しく生きやすいのだろうか?
自分は現世を辛く生きにくいとしか思えない。
自分に宿運が有るかどうかはっきりしないが、前世そしてはるか前の世でも
宿運を果たす為に生きてきた感覚がなんとなくある。
ある時は宿運を知らぬまま尽くすだけの人生で終わり、ある時は苦しみのあまり
自ら命を絶ったのだろうか。
とても不思議な感覚がある。
宿運を知ることができた場合、あとは果たせるかどうかなのだろうか?
それとも果たす以外の選択肢があるのだろうか。
”果たさずに終わる”という選択肢だけは無さそうだ。
理由はなんとなく”やり直し”という感覚があるから。
霊感が無いだけに不思議としか書きようがないが、見えない力を感じた事は
確かだ。




