第13話 冠水事故は辛い
今年は台風と豪雨が多く、沢山の方が家屋や車の冠水被害に
遭われています。
私は去年、愛知県津島市で車の冠水事故を経験しました。
辛い記憶。
普段の生活に戻れるまでの大変さは痛いほどわかります。
忘れもしない2025年7月17日の木曜日。
事前に予約していた車の1年点検の為、14:00頃にアパートを
出ました。
出発前。テレビのニュースで線状降水帯の注意情報が流れて
いたのを覚えている。
アパートから外を見ると小雨だったので大丈夫と判断。
駐車場も水は溜まっておらず気にせず発車。
発車して10分ほどすると様相が変わってくる。
長々と真っ直ぐ続く片道一車線の平坦な県道458号線。
アンダーパスや窪みがある道ではないのに急激に水嵩が増して
いく。
あっという間にタイヤの三分の一くらいが水に浸かる。
”このままだとドアから車内へ水が入りそうで危ない”
コンビニやファミレスの駐車場へ逃げて回避できないか考え
始めた直後だった。
反対車線からもの凄い勢いでワンボックスカーが走ってくる。
そして私の車を通り抜けた瞬間、大波が私の車へバチャンと
覆いかぶさった。
『カチッ...』
リレー音と共にエンジンが止まる。
再始動したいが、沢山の警告灯が点灯したままセルモーターすら
回らない。
水嵩が増してきておかしいと思い始めてからわずか1分足らずで
私の車は動かなくなってしまった。
後ろの車がクラクションを鳴らしまくる。
水位が増していく中での立ち往生。鳴らされても仕方ないと
思いながら、申し訳ない気持ちでハザードランプを点灯させる。
幸い電気系統は動いた。
後続車が次々と私の車を追い越していく。
急ぎ車内から1年点検を予約したディーラーへ、浸水で車が
動かなくなってしまった事を電話で伝えた。
小雨から大雨へと変わっていく。
安全を確認し靴を脱いで車外へ出る。車内から見て靴はすぐに
脱げてしまう水位と判断したからだ。
水位は車の下腹を触るかどうかくらいになっていた。
追い越していく車が起こす波で開けたドアから車内へ水が入りそうに
なり、慌てて閉める。
雨を避ける為、
倉庫兼住宅と思わしき屋根付き駐車場へと避難する。
雨宿りをしていると、倉庫兼住宅の方と思われるおじいさんが
話しかけてきた。
許可なく私有地に入っている謝罪と、車が浸水して動けない経緯
などを説明し、雨が止んだらすぐに立ち去りますと伝えた。
車をレッカー移動させる為、保険会社とJAFへ電話する。電話音声が
聞き取れないほどの凄まじい土砂降りになっていく。
保険会社から警察に連絡して欲しいと言われる。警察へ電話し、
近くの交差点名と浸水で立ち往生している事を伝えた。
車のレッカーは保険会社からの提案でJAFへ依頼し、再びディーラー
へレッカーすると連絡。ディーラーからは保険でレンタカー特約の
保証が付いているか確認して欲しいと言われた。
しばらくすると土砂降りだった雨が小雨になった。
車を見るとドアを開ければ車内に水が浸入する程の水位になっていた。
すると倉庫兼住宅の狭い通路へ2台の車が入ってきた。
車体の下腹が浸かる水位なのに2台共問題なく動いている。
この時点で対向車が原因で自分の車が動かなくなったと確信した。
呆然と眺めていると、近隣の住民と思われる男性が手押しで車を
路肩に寄せられないか話しかけてきた。
後続車は反対車線から車が来ていない時に私の車を避けて通っており、
明らかに通行の妨げになっていた。
近隣の住民と思われる男性と私の二人で車の移動を始める。
運転席のドアを開け、私が左へハンドルを切り車体後部から男性が押す。
開けた運転席のドアからどんどん水が入ってくる...。
途中、押しが強くて車体左側を擦りそうになりながらも何とか通行を
妨げない位置へ車を移動させる事ができた。男性にお礼を言いドアを
閉めようとした直前、後続車が通り過ぎ大量の水が車内に侵入した。
冠水による全損が頭を過った。
後続車が通っていく度に波が起きかぶる自車を見ていると、
2名の警察官がやってきて名前を確認された。
警察官に名前と電話した事を伝えると、運転免許証の提示を求められた。
免許証を渡すと、手帳に免許番号と住所氏名を控え始めた。
免許証を返された後、冠水した車を確認すると警察官は何も言わずに
去っていった。冷たい対応だと感じた。
夏だが土砂降りで暑さがあまり気にならないのが救いだった。
続けてJAFから電話がきた。最寄りの交差点名を伝えた後、
10分ほどするとJAFの人から声を掛けられた。水位が高くレッカー車で
来れないと言われた。私の車の場所を確認すると、先にあるくぼみの
方へもう少し左へ車を寄せましょうと言われ、今度はJAFの人と二人で
更に左へと車を移動させる。再び大量の水が車内へ入ったがもうどうでも
よくなっていた。
そして水が引いたら連絡しますと言い残しJAFの人は去っていった。
時計を確認すると16時を過ぎており、車が動かなくなってから2時間が
経過していた。
雨が止みしばらくすると、倉庫兼住宅の空いている場所へ入ってきた
2台の車がいなくなった。
1台は社用車でセールスと思われる若い女性が運転していました。
会社へ連絡したらしく、応援と思われる車が到着。車には男性二人が
乗っており、女性は応援の車に乗り込むと男性の一人が代わりに
女性が運転してきた車を動かし去っていった。
無理に運転して水没にならないようにする会社の配慮だろうか。
ポツリと一人になると、再び倉庫兼住宅のおじいさんが話しかけてきた。
平日の昼間に大の大人が何をしているのか気になったのだろうか。
しばらく世間話になり、年齢や仕事、家族の事を聞かれる。
親の介護で離職し、現在再就職活動中なのと独身である事を伝える。
事故とはいえお邪魔している立場なのもあり、ありのまま自分の現状を
話しました。介護の末、父親が亡くなった事も。
すると車をレッカーするまで駐車場を使っていいよと言われ、椅子まで
用意してくださいました。感謝の気持ちと落ち着いたら御礼で再び
お邪魔することを伝えました。
おじいさんが家に戻った後、喉の渇きに気付く。カラッカラだ。
アパートからディーラーまでは片道15km程の距離なので水筒を準備して
いなかった。
水位は下がらずJAFのレッカー車はしばらく来れそうにない。
水分補給の為、近くのコンビニへと向かう。トイレにも行きたかった。
靴は脱いだまま向かう。靴下は履いていたが、水で見えない地面で足を
怪我しないよう慎重に歩いていく。アスファルトの凹凸が直に伝わって
くる。
途中、水の中を歩きながら怒り剥き出しで奇声を発している若い男性が
いた。気持ちはわからないでもないが、周りの人は皆同じ状況なのだから
みっともないと思った。
10分ほどかけ自車から200m程離れたコンビニに到着したが、店内の
照明が点いていない。店員さんにトイレが使えるか確認をすると
「浸水で溢れて使えない」と返答。
買い物は現金ならできるという事でペットボトルのお茶を購入する。
簡素に事情を話し、靴を履かず靴下で床を汚してしまった事を謝り
コンビニを出るとすぐにお茶を喉へ流し込んだ。疲労が押し寄せてくる。
倉庫兼住宅の駐車場に戻り、保険会社へ現在の状況とレンタカー特約の
確認をする。
レンタカー特約に入っており、1か月15万円上限でレンタルできる事を
確認できた。
再度ディーラーへ連絡し、保険でレンタカーが使える事を伝え手配を
依頼する。ディーラーからは営業終了時間を言われ、営業終了30分前に
なってもレッカーできなければ連絡がほしいとの事。
営業終了時間は18時半。時計を確認すると17時を過ぎていた。
電話を切り自車を確認すると、ハザードランプが点滅していない。
バッテリーも上がってしまい、完全に鉄の塊になってしまった。
水位は5cmほど下がっているように見えた。
やれる事はやった。あとは鉄の塊となった自車がレッカーされるまで
JAFを待つしかない。
しばらくすると倉庫兼住宅のおじいさんが奥さんと二人で話しかけてきた。
「まだレッカーされないの?」
心配そうに奥さんが言う。
奥さん曰く、この辺りは一見平地に見えるがゆるやかに低地になっており、
豪雨がくると水が溜まりやすいらしい。
今回程ではないものの4年前にも豪雨で水が溜まり、車が通る度に自宅が波を
かぶるのが嫌だとの事。
話している間にも車が通り波が起き、自宅と私の車を襲っていた。
4年前の豪雨でも私のように車が動かなくなった人がいたらしく、その時は
1時間ほどでレッカーされていったらしい。
時計を確認すると17時半を過ぎており、車が動かなくなってから3時間以上
が経過していた。
近くのコンビニでトイレが使えなかった事と、我慢できなくなった場合は
最悪溝で小便をする事を伝えると了承していただけた。
二人が家へと戻っていくと
突然両足を痒みが襲ってくる。気付かない間に蚊に刺されまくっていた。
蚊の多い地域なので出発前に虫除けは塗っていたものの、さすがに足までは
塗っていない。
濡れないようズボンをめくりあげ露出した肌をやられていた。
用意していただいた椅子に座りながらレッカーを待つ。
18時...水位は下がり地面が見え始めているのにJAFは来ない。
堪らずJAFへ電話をして状況を伝えた。
そしてディーラーへ営業時間中にレッカー移動が来ない事を連絡すると、
本日はアパートの駐車場へのレッカー移動と翌日再びレッカーで
ディーラー搬入してほしいと言われ了承する。
19時を過ぎると辺りが暗くなってきた。夏なのに体が寒さを覚え始める。
離職して1年が経とうというのに再就職は上手くいかず、失業手当の受給も
今月で終わってしまう。
更に追い打ちをかけるように買って2年しか経っていない車が駄目になり
”立ち往生”。
まるで今の自分の人生そのものではないか。
テレビで線状降水帯の注意情報が流れていたのに...
カーナビがいつもと違うルートを示していた事を思い出し...
にも関わらず、何故気にもせずいつもの道を走ってしまったのだろう?
退職による引越から1年で土地勘が無かった事が災いした?
様々な後悔が襲ってくる。
すると倉庫兼住宅の奥さんが自宅のトイレを使って下さいと声をかけて
きた。更に玄関からトイレまでマットとビニールを敷いたので、足の汚れは
気にしないで良いと。
尿意も限界に近かったので、お言葉に甘えトイレを使わせていただきました。
用を足して玄関から出ようとすると、蚊に刺されて腫れあがった足を見た
奥さんが蚊取り線香を用意してくださいました。
雨が止んだので駐車場ではなく車が見える玄関前で待機して良いとの事。
玄関前で蚊取り線香の煙に包まれながらレッカーを待つ。
そして19時半を過ぎた頃、JAFから電話が入った。
連絡した交差点まで2台体制でレッカー車が来ている事や車の特徴をやりとり
する。
蚊取り線香を消し、5分程でJAFの方と合流できた。
最初に来たJAFの人ではなかった。
水は完全に引いていた。
「こんな場所で動かなくなりましたか」
不思議な表情でJAFの人が話し掛けてくる。
2台体制なのは1台はレッカーするのと、もう1台は周りの車へ電光掲示板で
レッカー作業中の警告表示と交通整理をする為らしい。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
慣れた手付きであっと言う間に牽引準備が終わると、レッカー車の助手席に
乗るよう促された。
助手席に乗り、営業時間が終わりディーラーへは運べず自宅アパートの
駐車場への移動依頼と道順を伝える。
自宅アパートへ向かう道中、津島駅付近で冠水被害が多発している事や
この後も2台レッカーの依頼が入っているとJAFの人が話してくれた。
アパートの駐車場に到着し、あっという間に鉄の塊になった私の車が
収められる。軽自動車は一人で押せるので楽との事だった。
最後にJAFの人がエンジンルームを確認させて欲しいという。
私も動かなくなった原因が知りたかったのでお願いした。
「ああ、これですね~。エアークリーナーが濡れてますね」
エンジンへ空気を送る為の吸気口から水が入り壊れた事がわかった。
やはり対向車からの波をかぶってしまったのが止めだったようだ。
明日のレッカー移動を予約しサインをすると、JAFの人は次の事故現場へと
向かっていった。再び雨が降り始める。
アパートへ戻れた事に安堵する。時刻は20時半を過ぎていた。
屋外で6時間立ち往生。疲労困憊とはまさにこういう事だと思うしかなかった。
翌日。
疲れているのに殆ど眠れなかった体を叩き起こす。
予約時間から15分ほど遅れてJAFが到着、ディーラーまでレッカーしてもらう。
昨日とは違う人で計5台のレッカー予約が入っているとの事だった。
立ち往生した道を通る。JAFの人もこの辺りは低地になっていて水が
溜まりやすいと言う。アスファルトで整地された市街地だから安全というわけ
ではなく、逆に田畑が多い場所の方が水を吸ってくれて水害に遭いにくい
事を教えてくれた。
ディーラーに到着し、事故後の処理打ち合わせを進めていく。
保険会社の損害判定日程や全損と修理についての説明を受ける。
私の他にあと4台、レッカーで冠水した車が入ってくると言う。
同じディーラーの営業マンなのに買った時と違い冷たい対応に感じる。
お金にならない仕事だからだろう、人間の嫌な部分を見せられた気がした。
手配依頼したレンタカーを受け取り帰宅した。
事故から三日後の日曜日。
参議院選挙の投票に行った後、気晴らしも兼ねて前売券を買い楽しみに
していた映画を観に行く。
とても素晴らしい映画で三度も泣いてしまった。
余韻に浸りながら駐車場に戻る。レンタカーを見て現実に引き戻された。
更に二日後の火曜日となり、ハローワークで最後の失業認定を受けた後、
菓子折を持ってお世話になった倉庫兼住宅のご夫婦へ御礼へと向かう。
日曜日に伺った時は留守でお会いすることができなかった。
80歳過ぎのご夫婦で「あなた誰ですか?」となる事態は避けたい。
念の為に事故当日と同じ服装で伺った。
無事に御礼を伝え菓子折を受け取っていただけた。
事故から1年経った現在、ここまでの記憶は昨日の事のように鮮明に
覚えている。
この後の記憶は控えた記録を見ないと殆ど思い出せない。
何故だかはわからないが事故直後はそれだけ辛いという他ない。
保険会社の損害判定は『全損』となり、廃車となった。
運転免許を取得して33年。初めて任意保険の保証を使った。
JAFを含め長年、保証の為に払い続けるだけ...。職を失った事もあり
節約でJAFは解約、車両保険は安いエコノミーにしようと考えていた
矢先の冠水事故だった。
車両保険に入っていて良かった。
JAFのレッカーも会員だったので費用はかからずに済んだ。
次の車を買い、廃車手続を進めていく。納車待ちの間にレンタカー保証が
切れ、次のレンタカーを確保する。
電車など他の交通機関を使う度に車のありがたさを感じた。
10月に次の車が納車されたが、ディーラーから私のスマホに電話が
繋がらないという謎のトラブルが発生し、10月上旬には納車引き渡しが
できる状態だったのにも関わらず、受取は10月末日となってしまった。
余分なレンタカー費用がかかった。
悪い時には悪い事が重なるとはこの様な事態を言うのだろう。
冠水事故を経験した後、
お金をはじめとする物の考え方が大きく変わってしまいました。
事故後の葛藤の中で過去のifは考えるだけ無駄な事や、自分軸で生きていく
大切さに気付くことができた。
車だけでもこんなに大変なのに、家屋被害に遭われている方をおもうと
やるせない気持ちでいっぱいになる。
個人でやれる事といえば、明日は我が身とできる限りの保証を付けて備える
くらいしかない。
『備えあれば憂いなし』とはいうけれど...。
己だけでも前向きに生きていくしかない。
なんとも世知辛い世の中だ。




