41話
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「アレナ様であればきっと王太子殿下を支える素敵な側室となられるでしょう」
「私もそう思いますわ! アレナ様はお美しく教養もおありですもの」
「ええ、私はそんなアレナ様と王太子殿下が並んでいるお姿が目に浮かびますわ」
次々に数人の令嬢がアレナを褒め称え始めた。もちろん一部の令嬢のみで他はポカンとしている。その対比がまた滑稽でエルネスタはチラリとイルメラを見た。彼女は肩を震わせ必死に笑いを抑えているようだった。
「ほほほ、まあ、皆様ったら。私はまだ側室ではないのですよ」
気をよくしたアレナの声がやけに大きく響く。
「いいえ、おそらく近いうちにお話がくると思いますわ」
「アレナ様以上に相応しい方はおりませんもの」
この茶会に集まった半分は側室を求める一派やレノズ侯爵家の親戚筋の令嬢だろう。あとの半分は中立または何の害もない家の令嬢だ。
そんな中に高位のしかも筆頭貴族であるウィザリア公爵家のイルメラが同席しているという異様な組み合わせに、アレナをヨイショする令嬢も緊張を隠せないまましきり口を開いている。
だが事前にどのような打ち合わせがあったのかは知らないが、半オクターブ以上のなで声を上げながらぎこちなく言い繕っている令嬢らと、頬を染めながらそれを当たり前のように受け止めているアレナの対比にエルネスタはやれやれと肩をすくませる。
「ウ、ウィザリア様もそう思いませんか?」
一人の令嬢の同意を求める言葉にその場の視線がイルメラへと注がれた。
「………………」
イルメラは浴びる注目の中でも優雅に紅茶を飲んでいた。思わせぶりに笑みを纏い、たっぷりと時間をかけて一口を味わってからカップを置いた。
「───エルネスタ様はどう思ってらっしゃるの?」
イルメラの言葉を今か今かと息を呑んでいた令嬢らの視線が今度はエルネスタに向けられた。
「……………………」
そうきたか……、と思いつつもイルメラに毒付くわけにもいかない。エルネスタはイルメラ同様に笑みを崩さず首を傾げた。
「イルメラ様ったら、私にそれをお聞きになりますの?」
「ええ、ぜひ聞かせてほしいわ」
穏やかに微笑んでいる瞳の奥がキラリと光る。明らかに面白がっているイルメラにエルネスタも「そうですわね」と言った後、紅茶をゆっくりと一口飲んだ。
「私は……、王太子殿下のお気持ちを尊重したいと思っておりますわ」
王太子が側室をもつことに否定的あることは知られている。だが、ここでその発言をするということはアレナの機嫌を損なうものだ。案の定、アレナはエルネスタを睨みつけ、令嬢らの顔も青くなる。
「た、確かにそういう意見もあるかと思いますが、やはりアレナ様に側室になっていただいた方が我が国のためかと思いますわっ」
「そ、そうです。いつまでもお子ができないのは国にとっては醜聞とも言えますわ」
「ええ、私もそう思いますっ。アレナ様であれば立派な王子殿下をお生みになれますわ!」
「皆様もそう思いますわよね?!」
息巻く令嬢らが他の令嬢へと同意を求める。恐々としながら黙って頷く者や俯く者ばかりで誰も言葉を発せない。
エルネスタは半ば呆れながらも目を細めた。
「……実際に側室を迎えるとなった場合、皆様はどのような精査が行われると思っているのですか? 単に名乗りを上げればいい? 推薦されればいい? 子さえ産めればいい? まったくもって違いますわ。側室といえどもその責任は正妃と変わらず大きいものです。公務をするにあたって数か国語は精通しておく必要がありますし、自国はもちろん他国の文化と貴族の把握も必要です。王妃殿下から任せられる執務は多岐に渡り、書類の確認だけで一日が過ぎることだってあります」
エルネスタの口調はあくまで柔らかい。だがその場にいる令嬢にとっては辛辣なものであるのは確かだ。
「最低限それができた上で家格やその他諸々が考慮吟味されて、そこでようやく名が上がってくるのです。ですが、そこで終わりではありません。側室といえども婚姻の前に妃教育が待っています。それは選ばれた方の技量が大きく関わってきますわ。すんなりと一年で終える方もいれば、歴史を振り返れば五年を必要とした方もいます」
次々と繰り出される厳しい現実に令嬢たちは顔を青くしている。選ばれて、はい終わりとは思っていなくとも自分たちの淑女教育の範疇くらいだと思っていたのだろう。かなり甘過ぎる考えだが、華々しい王族の姿の裏にはそれ相応の責任と覚悟があり、絶え間ない努力の上で笑顔で立っているのだ。
ここにいる令嬢もいずれ嫁ぎ先で様々な采配をするときがくる。その時になって自分の苦労が王族の足元にも及ばないと知るかもしれない。
気まずそうに目を泳がせているアレナと令嬢たちであるが、それを面白そうに眺めていたイルメラだけは大きく頷いた。
「ふふ。王太子妃殿下の専属侍女であるエルネスタ様のお言葉は重いですわね」
イルメラの言葉に周囲の令嬢らがギョッとする。ここにいる誰もがエルネスタの素性を認識していなかったのは明白だ。「ユリザ家」という家名を聞いたはずなのに、単にイルメラの添え物という目でしか見ていなかったのだろう。
確かにユリザ家は歴史ある大貴族の一つだが、名を轟かすような派手な印象はない。どうしても名高い騎士家系や文官家系の方がよく耳にするし、何より賑やかな夜会を開催することも多い。その点ユリザ家はそういったものとは無縁であるため、目先の流行りものばかりを目で追っている若い者からすれば、自分たちの小さな世界しか知ろうとしない。
またエルネスタは学園にも通っていないし同年代の令嬢との交流も少ないため、彼女を知らないのも仕方ない。令嬢らの親からずればイルメラはもちろん、ユリザ侯爵家という名家の令嬢がいることを事前に知っていれば、エルネスタに対しても粗相のないように口を酸っぱくして忠告していたはずだ。
一気に静まり返った空気の中、誰もが自分たちの失態に気付き冷たい汗が吹き出す。
「……な、何よ。あなたがここに来たのは私が側室になるのを邪魔するためなのっ?」
アレナが突然立ち上がってエルネスタを睨み付ける。品性はもちろん、礼儀を欠いたアレナの姿にその場の令嬢は驚いた顔で見上げた。
「ア、アレナ様。お、落ち着いてください……」
「うるさいわね! あなたも言ったじゃないの?! 私が側室に相応しいって!」
「そ、それはっ」
「だったら、この人の失礼な言葉を許せと言うのっ!」
アレナはエルネスタを指しながら叫んだ。突然の怒り狂ったような態度に皆が戸惑う。
「何が専属侍女よっ! 私が側室になったら困るのはあなたのご主人様だものねっ。ましてや私が先に王子を産んだら惨めになるのもそのご主人様よ! そうなったら侍女であるあなたも立場がなくなるわねっ!」
不敬極まりないアレナの言葉だけが真っ青な空の下に響き渡り、その勢いで近くの鳥がバサバサと飛び立っていった。
「私は! 私は! 側室になるのよ!!」
レノズ家の侍女が慌てたように誰かを呼びに走り出すのを目にしながらもエルネスタは息巻くアレナを涼しい顔で見上げて笑う。
「……ふふ。あなたがそう仰るのは勝手ですが、──そうですねぇ。どんなに見積もってもあなたが側室になることはありませんわ。だって……」
わずかに扇を広げて目を細めた。
「王太子殿下がお選びなさいませんわ。すべてにおいて、あなたは王太子妃殿下の足元にも到底及びませんもの。まさか一つでも勝るところがあると? 見たところ、まったく皆無ですし……。イルメラ様はどう思われますか?」
お返しとばかりに投げてきたエルネスタにイルメラが目を輝かせた。
「まあ、エルネスタ様。私にそれをお聞きになりますの?」
「ええ、ぜひ」
アレナは同じ眼差しでイルメラをも睨む。頭が沸騰し、分別の境を見失っている。
「エルネスタ様も意地悪だわ。わかりきったことをお聞きになるんですもの」
クスクスと楽しそうに一通り笑ったイルメラはアレナを見上げる。だがその目は冷たく、そして鋭い。
「側室? ────無理よ」
静かな声でバッサリと切る。
「冗談にもなりませんわ。あなたを迎えたら王室の品位が下がりますもの。ああ、そうなれば娶った王太子殿下はきっと廃嫡どころか王室から追放されるはず。ただの平民となった殿下との愛を貫くのかしら?」
首を傾げながらさらりと怖いことを言うイルメラはアレナに向けて両肩をすくめて問いかける。
「へ、平民……」
「あら? 側室になることしか頭にないのかしら? あなたが強行して側室となったとて待ち受けるのは平民となった殿下との生活よ。王子は殿下だけではないし、あの陛下ならあっさりと新たな王太子を立てると思うわ」
今まで考えたことはなかったが、大袈裟ではなく確かにそうなる可能性が高いとエルネスタも思う。この国の古狸は気さくで情にも厚いが、限りなく冷酷でにもなれる。それが愛する息子であっても道を踏み外したとなれば一切の妥協はしないはずだ。
「まあ、賢明である王太子殿下はあなたを選ぶことはないでしょうし、何よりも妃殿下を心から愛しておられますから。アレナ様、あなたもよくよく現実を見られたほうがよろしいかと思いますわ」
イルメラは立ち上がり、エルネスタもそれに続く。呆然とする令嬢らを無視して歩き出した。
その時──。
アレナがダンッとテーブルを両手で叩き、そばにあったデザートナイフを手にすると横を通り過ぎようとしていたイルメラに向けてそれを振り上げた。
「──っ……」
その場の令嬢たちは、いや当のアレナさえも何が起こったのかわからず固まる。
手にあったはずのデザートナイフはいつの間にか後方へと振り払われ、代わりにアレナの顔にはフォークが向けられていた。それも目の数ミリ先というギリギリの距離だ。
「……ひぃ」
腰が抜けヘナヘナと座り込んだアレナは、今まさにフォークで自分を突き刺そうとしている人物──エルネスタを震えながら見上げた。
「なっ、な……」
意味がわからない。すべてが一瞬の出来事だった。
「度が過ぎるわ」
エルネスタはキラリと光るフォークをアレナの足元へと投げ捨てる。
「ひぃぃ……!」
「これは立派な犯罪よ。騎士団へ通報いたします」
そう言うと周囲を見渡し、その場にいる令嬢に告げた。
「皆さんが目撃者です。証言のご協力をお願いいたします。くれぐれも隠し立てや虚偽などしませんように」
そこにはレノズ侯爵家の使用人もいた。蒼白になっているのは侍女が急いで呼んできた家令だろう。
「イルメラ様、帰りましょう」
「……ええ」
エルネスタはイルメラの腕に軽く手を添えて促した。さすがのイルメラも動揺を隠しきれずにいるようだったが、冷え込んだ空気を吸って呆然としている周りの人間を一瞥して足を動かしたのだった。
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