42話
こんにちは。
来ていただき、ありがとうございます。
約二ヶ月ぶりの投稿となりました。
なかなか更新できず……。
がんばります!
ウィザリア邸に戻った二人はなぜか待ち構えていたアレッシオとリオに迎えられた。イルメラは帰りの馬車の中では興味津々な眼差しを向けながら何か言いたそうにしながらも口を噤んでいた。だが、屋敷に着きエルネスタの手を取って馬車から転げるように出ると両手を広げてお帰りのキスを待っているアレッシオをきれいに無視して通り過ぎた。
「……………………」
振り返ったアレッシオはエルネスタを連れて足取りも軽く応接室へと向かうイルメラの後ろ姿を呆然と見送る。微妙な顔をしているリオに肩を叩かれて無言で抗議するが、首を振るだけのリオはそのまま彼女らを追うように顎を動かした。
そんな彼らが応接室へ入るとキラキラした目をしたイルメラが顔を上げた。ここでようやくアレッシオに気付いても出てくる言葉はエルネスタがどんなにすごかったのかを褒め称える言葉だけだった。
興奮しながら、だが時折うっとりと説明するイルメラの声だけがしばらくウィザリア邸の応接室に響いていた。
「コホン」
落ち着いた頃にアレッシオがわざとらしく咳払いをして隣に座っているイルメラの手をそっと握った。
「うちの奥さんがユリザ嬢の熱烈なファンになったことはわかったよ」
広い応接室は西日が入り、薄く白いカーテンがわずかばかり遮っているが、テーブルの紅茶が小さく煌めいて反射している。
「ええ、私がもっと若ければエルネスタ様の追っかけをしたいほどですわ」
童顔で一見儚いイルメラであるがすでに二十五才の二児の母。さすがに独り身のように身軽ではないことは理解しているが、元々の活発な性格はエルネスタの一連の行動に刺激を受けたようだった。
エルネスタは少し居心地の悪い笑みを小さく浮かべているだけで口を開くこともなく黙ったままだ。それを眩しそうに見ているイルメラにアレッシオは一瞬呆れた息を詰まらせるが、気を取り直すように再び咳払いをした。
「コホン。……まあひとまずは何事もなく帰ってきてくれて安心したよ」
「何事もないですって!? あったわよ! 大アリよ!」
イルメラは今度は両手で拳を握って怒り出す。
「あのレノズ侯爵令嬢! 本当にとんでもないわっ」
ぷんぷんと頬を膨らませたイルメラがエルネスタに同意を求めるように目を向けた。確かにその通りではあるが、どう言葉にすればいいのか迷ってしまう。昼の経緯を説明するにも妻を溺愛するアレッシオを刺激したくはない。しかし、ことの大事さを隠すわけにもいかない。公爵夫人を害そうとした事実は消えるわけではない。
「あの方ね、取り巻きに、いかに自分が側室として相応しいか言わせるのよ。あからさまにざわとらしいんだから」
エルネスタもそう思う。ある意味、予想通りではあったが、それでも駆け引きともいえない幼稚な行動だ。
「では我が公爵家を招待したのは裏も何もなく──」
「ええ。単に見栄ね。招待された令嬢には公爵家との親密さのアピール。そして私には自分が側室として支持されているかを見せるため。浅はかとしか言いようがないわ。社交界の表の張り合いしか知らないからそうなるのよ。まだ若いとしてももう少し思慮深くないとこれからやっていけないわ」
社交界とは派手な一面の裏に多くの罠が張り巡らせており、そこをうまく切り抜ける術をもつものだけが生き残れる過酷な場だ。
アレナはその裏を知らなすぎた。だからあのような茶番のようなことしかできないのだ。
公爵家夫人であるイルメラ相手に見せかけは通用しない。
「……やはりかの令嬢は側室になれると本気で考えているんだな」
「本気も本気よ。どこにそんな自信があるのか不思議なくらいに」
ぷんぷんと怒りながらイルメラは紅茶で喉を潤す。
「ですから私もエルネスタ様もキッパリ言ってやりましたわ!」
今度は得意げに眉を上げたイルメラは自分の胸を叩く。
「あなたには無理だって!」
コロコロと表情の変わるイルメラを楽しそうに、そして愛しそうに見ながら微笑んでたアレッシオは彼女の片手に己の手を重ね軽くポンポンと叩く。
「俺の奥さんは頼もしいね」
「ふふ。 でもね、……本当に頼もしいのは──エルネスタ様なのよっ!」
アレッシオの手を振り払って、祈るように両手を胸にやったイルメラは再びエルネスタにキラキラした目を向けた。
「私を守ってくださったのよ! まるで小説や劇中のヒーローのように、本当に素敵だったのよぉ〜」
まるで恋する乙女の如くエルネスタを見る。引き気味の彼女の耳元でリオはそっと口を開く。
「いったい何をしたんだ?」
「……別に何も」
「何もという感じじゃないだろ? 見ろよ、夫人のあの熱い目」
「ちょっとしたトラブルに対処しただけよ」
確かにイルメラは頬を染めて感動を噛み締めるように見つめている。その横で若干ショックを受けたようなアレッシオもいる。
「本当に本当にすごかったのよ!」
「はぁ、剣ならぬフォークを向ける姿のなんと凛々しいことだったか!」
「もう、あのかっこいい切り返しを見せたかったわ!」
再び興奮気味に語り出すイルメラであったが、なぜか「剣」やら「フォーク」やら意味のわからない言葉が出てきて男性陣も首を傾げる。
イルメラは大きく息を吸うと両手に力を込めた。
「あの方……、私にナイフを向けてきましたの」
その言葉にアレッシオとリオの眉が歪む。理解はできるがピンとこない。
「──何だって?」
信じられない発言にアレッシオが身を乗り出して聞き返すとイルメラはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「ナイフを向けてきたのっ。あれは帰り際だったわ。通り過ぎようとした私に、こうやってデザートナイフを振り上げたのよっ!」
身振り手振りを加えて説明するイルメラに思わず立ち上がったアレッシオだったが、彼女はコロっと表情を変えて再び感動した声で叫ぶ。
「でもね! 気付いた時にはエルネスタ様が私を守るように目の前に立ちはだかって、侯爵令嬢にフォークを向けていたのよ!」
イルメラはフォークの代わりにティースプーンでそれを再現した。まるで自分の武勇伝を誇るように「ふふん」と口角を上げている。
「しかも! ナイフはすでに後方に投げ捨てられていたんだからなんという早技! その場にいる者には何が起こったのかわからないまま呆然としてたんだから! ああ、見せてやりたかったわ! エルネスタ様の勇姿っ!」
今度はスプーンに頬擦りして噛み締めているイルメラだったが、アレッシオは少し震える手をその肩に置くと小さく聞き返した。
「……イルメラ。ひとまず確認させてくれ」
「なぁに?」
「君は、……君は殺されかけたということか?」
「そんな大袈裟なことではないけれど、……まあ、そうとも言えるのかしら?」
他人事のように言うイルメラの肩に置かれたアレッシオの手に力が入る。
「ちょっと痛いわ、あなた」
「君はわかっているのかっ!? 死んでいたかもしれないってことだぞっ」
「だから大袈裟だって……」
アレッシオは未だ顔色の悪いままエルネスタに顔を向けた。
「ユリザ嬢。悪いが説明をお願いできるか?」
どうやらイルメラではなくエルネスタから事情を聞くことにしたようだ。エルネスタは困ったように小さなため息をつき、隣のリオを見上げる。彼が頷くと彼女はレノズ侯爵家で起きた一連の出来事を話した。
そして、帰り際のあのハプニングというには事件性の大きいレノズ侯爵令嬢の行動を耳にしたアレッシオは怒りを抑えるように拳を握りしめた。リオも難しい顔で聞いていた。
「───その場にいた方々には証人になってもらうことも伝えました。傷害事件となりますし、騎士団への届出はウィザリア様のご判断にお任せいたします」
「……しかし、いくらカッとなったとはいえ信じられないな」
リオが唸るのも仕方ない。貴族令嬢が人目を憚らずそのような醜態を晒すことなどそうそうないものだ。まだ子どもであればわかるが、分別のある年齢なのだ。
「……どこかの辺境のお嬢様も気を付けたほうがいいですね」
「………………」
リオの義妹であるフローラのいつかの夜会を皮肉るエルネスタにぐうの音も出ない。
「ユリザ嬢。妻を助けてくれたこと重ね重ね感謝いたします」
改めてアレッシオがエルネスタに頭を下げた。
「……レノズ侯爵令嬢の犯行は単に側室を否定されたことによるものだと思われるか?」
アレッシオが厳しい顔で聞いてきた。アレナのしでかしたことは到底許せないが、それにしてもと思ったのだろう。元々側室の話自体がまだ決定しているわけでもなく、それどころか王室側は異を唱えている。
それなのにいわばレノズ侯爵令嬢が勝手に盛り上がっているだけのことで、それを否定されただけでそこまでするものなのか。しかも家格が上の公爵家の夫人にだ。
「……わかりません。ですが、アレナ様の様子を見た限り感情の起伏がかなり激しいと思いました。もちろん性格は人ぞれぞれなので一概には言えませんが、少々病的な印象を受けました」
「それは……、精神に何か、ということか?」
リオの問いにエルネスタは頷いた。
「一度彼女を医師に診せたほうがいいとは思います。……そして、何より彼女の背景を調べることも進めます」
読んできただき、ありがとうございます。




