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39話

お越しいただき、ありがとうございます。

更新が遅れてすみません(>人<;)

 あの娼館での出来事から数日。

 リオはことの詳細を第一騎士団のトップへと報告し、アレンは秘匿情報扱いとして泳がせることになった。ただ、これ以上薬の影響を与えるわけにもいかないということで、各地を飛び回っている地方視察部隊へ転属させた。これは第一騎士団で出世するためには必ず一度は経験しなければならないものだ。

 基本、地方視察部隊は急遽指名編成されるものであり、一部隊三十名前後の小規模な部隊であるが、ちょうどその編成と重なったことが幸いし、名目上は先の事件でいち早く動いたことが評価されたということで、敵に警戒されないようあくまで自然な流れを装った。


 転属された者は三日後には出発という強行軍ということで、その間に引き継ぎや支度を迅速にしなければならない。それも訓練の一環とされており、アレンは娼館へ行く時間もなく今朝方出発していった。どうやらあの娼婦には手紙を送ったようだが、もとより駒であるアレンのことなどどこまで気にするのかはわからない。

 地方視察部隊には内情を知る騎士を一人同行させアレンを見張っている。体調面に支障があることを考慮して、毒性を中和する薬を飲ませるようにも伝えていた。


「……だが、アレン自身に何の狙いもないと結論付けるのは早くないか?」


 カタルド・ベントソンが執務机に頬杖ついて小さく口を開いた。彼は第一騎士団団長だ。ベントソン侯爵家の次男で騎士団長らしく立派な体躯をしている。気難しい性格ではあるが公明正大で知られている。


「しかし、少なくとも廃人にしてもいいくらいの存在ということでしょう」


 リオが言う。


「あの薬は洗脳と同じです。アレン・ポッドはあの娼婦の言うがまま動いた。疑問をもつ間もなく、まるでそうしなければならないとでもいうように。おそらく本人に尋問しても、彼女がそう言ったから以外の答えはないでしょう」


 執務室には団長、副団長のアレッシオ、リオの三人のみだ。リオはエルネスタのこと以外の情報を提供した。何よりもアレンが第一騎士団所属ということで、また薬の影響を受けていることも考慮してのことだ。


「……あの事件。まさか第一発見者の騎士の自作自演だったとは」


 アレッシオが厳しい顔で唸る。


「リオ。つまりお前はその線を考えてアレンを張っていたということだったんだな」

「ああ」


 アレッシオもあの被害に遭った騎士とも話したし、報告書を隅々まで読んでいたはずだった。それを見抜けなかったのは身内への甘さがあったことは否めない。


「矢が放たれたことはどう思っているんだ? ある程度の場所は掴んでいるが問題はそこじゃない。なぜあの会場に、それも重要な式典の最中を狙ったのか」


 カタルドが目の前に立っているリオに問いかける。結局は第一騎士団としてもそこが未だ解決していない。


「そこまではわかりません。狙いはいくつもの理由が考えられますが、我が国かイーグ王国か、その両国の友好の阻止か、またはそのどちらでもないか。……ただ、騎士の襲撃時間帯とほぼ同時刻。しかし、騎士が襲われた時刻の方が早いことから警備の穴を作り、それに乗じて矢を放った。これはあくまでも推測ですが、その犯人も騎士の可能性があります」


 一気に部屋の空気が重くなる。


「……つまりあの日、王宮にいた騎士全員が対象ということか」


 あの夜は式典ということで、常時配置している騎士よりもはるかに人員を増やしていた。その一人一人が対象となればかなりの人数にもなる。


「今更騎士らに聞き込みをして下手に動いても警戒されるかもな」


 カタルドが苦しそうに吐くのを見てリオは口を開く。


「……あの娼婦をもう少し追ってみます」


 すでにエルネスタのターゲットの男と娼婦が繋がっているのは把握している。だがそれを今ここで言うわけにもいかない。とりあえず、第一騎士団にそこは邪魔されたくはない。


「そちらにはアレン・ポッドの周辺にいた騎士を探ってもらえればいいかと思います」

「そうしよう」





 カタルドの執務室から出たリオはそのまま第一騎士団の棟から出ようとしたが、アレッシオから呼び止められ、そのまま彼の執務室へ行かされた。


「まあ、座れよ」

「……俺は暇じゃないんだが」

「俺だって暇じゃない」


 飄々としたまま答えるアレッシオに呆れた顔を隠しもせずにリオは向いのソファに座る。

 アレッシオは紺青の瞳を細めてリオを意味ありげに黙って見ている。


「何も言うことはないぞ」

「こっちも一言も言ってないが?」


 にっこりと美しい笑みを浮かべているアレッシオは片手を上げてしれっと答える。二人はあまり相性の良くない騎士団所属ではあるが、お互い副団長という立場である以前に昔からの知り合いだった。いわば幼馴染だ。そしてリオの秘密を知る数少ない一人だ。


「そういえば、お前の婚約者だが」


 ぴくりとリオの眉が動き、アレッシオを訝しげに見る。


「先日の王太子妃殿下の茶会のことは聞いたか?」


 兄のイグナーツに会った際に少し耳にしたことを思い出す。どこかの令嬢が勝手にやってきて大変だったのをエルネスタが解決したと言っていた。


「多少な」

「実に軽快だったそうだ」


 くくくと面白うにアレッシオは笑う。


「コレン女官次長は俺の歳の離れたまた従姉妹なんだが、ユリザ嬢のことをベタ褒めしてたよ。何かと問題のあるレノズ侯爵令嬢を瞬く間に追い返してくれたと感謝していた」


 詳細はわからないが、その場面は容易く想像できる。


「大人しそうに見えるのにやり手の侍女なんだな。前からしっかりした令嬢だとは思っていたがさすが王族付きというべきか。美しいのに地味にしているのはわざとか?」

「……俺に聞くなよ」

「どうやらお前も頭が上がらないようだな」


 渋い顔のリオを見てまた笑う。


「俺のことはいい。それよりも何か話があったんじゃないのか?」


 不機嫌に顔を背けながら話を変えるリオをしばらく眺めたアレッシオは肘がけに置いた指をトントンとリズムよく叩きながら目を細めた。


「……お前の婚約者にこっぴどく追い返されたレノズ侯爵家のアレナ嬢だが、来週茶会を開催するようだ。俺の妻にも招待がきたんだが……」

「そんな顔するくらいなら断ればいいじゃないか」

「まあ、そうなんだがな。だが少し気になることがある」


 含んだ言い方をするアレッシオにリオはソファに背をつけてゆっくりと足を組んだ。


「それで?」

「妻にユリザ嬢を同伴させてほしい」

「……お前の妻の侍女になれと?」

「まさか。〝仲の良い〟友人として、だ」

「会ってもないのにいつ仲良くなったんだ?」

「面識はあるはずだ。アニカ様と妻は定期的に会ってるからな。ま、俺の予想だと来週までには友人になってるはずだ」


 ぬけぬけと言い放つアレッシオにリオは胡乱な目を向けた。


「まあ聞け。俺もだな、気にはなっていたんだ」

「何の話だ?」

「先ほど言ったコレン女官次長も言っていたんだが、どうやらレノズ侯爵令嬢は王太子殿下の側室気取りらしい。今回の件を妻に話したら実は以前から夜会や茶会で似たような発言があったのを耳にしていたと聞いてな」


 未だ子のいない王太子に対して一部の者が側室を推進していることは知っている。側室という制度はあるが、現在は表立ってそれを実行する家はいない。外戚が増えることで財産権に大きな問題が出てくるからだ。だからこそ、そうしたければ離縁して新しく妻を迎える方が無難となる。

 だが王族、しかも王太子夫妻に子がいないとなれば王位継承問題が絡んでくる。言いようによっては国を思ってのことだと正当性もあるのだが、そこには見え透いた思惑があるのは確かだ。


「別に子がいなくても他にも王子はいるし、お前だって王位継承権はある。お前の息子や娘もな」

「ああ」


 リオよりも二歳年上のアレッシオには三歳の息子と一歳の娘がいる。王太子とは従兄弟であるため、その子どもも王位継承権をもっているのだ。


「王太子殿下もまだ結婚して三年じゃないか。なのに声を上げるのは結局は王族に名を連ねたいだけだろ? バレバレなことをする」

「まあ陛下や王太子殿下がまったく取り合わないから焦っているんだろうな」

「勝手に焦ってればいいさ」

「……だが、そういう状況であるのにレノズ侯爵令嬢は本気で側室になれると思っているようだ」

「レノズ侯爵は側室の件ではその筆頭だろう? 娘にそう吹き込むのは当たり前といえば当たり前だな」


 それでも良識ある令嬢なら現実をわかっているものだ。


「……それでどういう状況か知るために己の妻を差し向けるってわけか?」

「そんなところだ。度が過ぎると少しばかり手を回さないと後々厄介だからな」

「だからと言って、どうしてエルが出てくるんだ?」


 不機嫌に口を歪ますリオにアレッシオはにっこりと笑う。


「レノズ侯爵令嬢をあしらったユリザ嬢の手腕をかってのことだ」

「…………………」

「なんだその顔は」

「……ふん、エルを盾にするつもりだな」


 いわばその一件でレノズ侯爵令嬢とエルネスタは犬猿の仲になったと言える。アレッシオの妻だって公爵家夫人として堂々たるものだろうが、それでもこの愛妻家は心配のようだ。


「盾なんてとんでもない。言うなれば……」

「なんだ?」

「……剣であってほしい」


 悪びれもせず笑顔で言ってくるアレッシオにリオは呆れた視線を送る。だが、あのエルネスタであればそのどちらも兼ね添えているかもしれない。彼女の正体など知りもしないだろうアレッシオの思いつきの人選センスにリオは大きなため息をついたのだった。





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