37話
お越しいただき、ありがとうございます。
更新が遅くなりすみません(>人<;)
「確認しておきたい。俺は隣にいる男を追っている。ついでにその女……娼婦もだ」
リオは隣室との壁際に足を向けるとそっと壁に手をついた。
「娼婦の名はネリーナ。リズボアードから流れてきた、ということであってるか?」
「そうよ。こちらに来たのが半年前。すぐに店の人気になるくらいには美人よ」
エルネスタも同じように壁に手をやりながらも何かを探しているようだ。そして、ある一点で手を止めると彼を見て少し笑う。
彼女は壁を何度か擦り、何かをペラリと剥がした。リオがエルネスタの元へ行くと、そこにはほんの二センチほどの正方形のような、他の壁とは微妙に色の違う埋め込まれたような壁があった。それを慎重に爪で抜き出すと二センチの違う色の壁だけがポロリと落ちる。
エルネスタは人差し指を口元へやって黙るような仕草をする。すると隣室の囁き声がわずかに耳に入ってきた。
リオを手招いてそこを見るように促すと、数ミリの小さな穴が見える。奥が明るいのは隣室の明かりなのだろう。
驚いたリオは思わずエルネスタに目を向けた。
「覗きが趣味な人もいるってことよ」
「こんな小さくては見えないだろう?」
「何も見るだけじゃないわ。耳からの情報で様子はある程度わかるし……、何より見えないからこそ想像できるってものよ」
「………いろんな世界があるんだな」
リオは呆れた顔をしながらその壁を見る。
「……どうやら事後のようね。良かったわ。変な声なんて聞きたくないもの」
何の戸惑いもなく言うエルネスタにリオはギョッとするが、そこは突っ込まないでいた。
「一応はすべての部屋をチェック済みよ。ここは元からこの「耳」があったの」
「じゃあ、俺は運が良かったんだな」
「そうでもないわ。「耳が」がない部屋は新たに私が仕込んだし」
「……つまり、この娼館の個室にはすべてお前の「耳」があるんだな」
「ええ」
とんでもないことではあるが、個室での情報を得るには何かしらの手を打たなければならない。
「……あなたはまさか乗り込んだはいいけど、どうするつもりだったの?」
「まあ、扉で聞き耳を立てるってやつだ」
あまりにも単純で、かつ見られたら速攻怪しまれるのは必至だ。エルネスタの呆れた視線についぼやく。
「泥酔客は何でもありだろ?」
出禁になったとして痛くもないし、少しでも何かの情報を得られればいいだけだった。こういう行動というものはハプニングを含めてやってみなければわからないものであり、可能性があれば動くことは彼の信条でもある。
「あなたが追っている人って騎士みたいだけど?」
「……そうだ」
守秘義務はあるが、ここまできて隠す意味もない。
「てっきりお前もと思ったが」
エルネスタが何者かという詳細は未だわかりはしないが、自国の、それも国王も認める存在ということは確かだ。今回の事件に対し命を受けて秘密裏に動いている可能性だってある。
「私が追っているのは────」
その時、隣室から異様な声が耳に入ってきた。すぐさま二人して壁に耳を近づけて様子を窺う。
アレン・ポットは滑らかな女の背を撫でながら情事の名残りを楽しんでいた。
あの事件から一ヶ月過ぎても騎士団の捜査は進んでいない。それに安堵しつつも、しばらくは様子を見ていた彼はようやく女の元へと通うことができた。それでも週に二度ほどしか通えないのが堪らなく苦痛だった。以前は三〜四日は通い女の肌を求めていた。
このような少し寂れた娼館は本来であれば好みではなかった。花街中心にある有名店には何度か行ったことはあったが、あちらの方がすべてにおいて贅沢な気分にさせられた。なのに、なぜ自分はこんな場所で女を買っているのか。
「何を考えてるの?」
妖艶に聞いてきた娼婦は未だ頬を染めて艶かしい。その美しさは有名店でも人気が出そうなほどだ。この娼婦に自分はハマってしまった。その自覚もある。そうでなければこんな娼館には通わない。
「いや、ようやく君とこうして過ごせることができて良かったと思ってるのさ。俺のいない間に他の奴と過ごしてると思うと嫉妬で狂いそうだったよ」
「私はしがない娼婦。寝るのが仕事だもの。どんな嫌な男であっても……。だけど、あなたは違うわ」
「……他の奴にも同じことを言ってるんじゃないのか?」
ランプだけの暗がりの中、娼館特有のきつめのお香が鼻につく部屋はしっとりとした空気が漂う。
「アレン様ってば意地悪だわ。誰に抱かれても好きなのはあなたなのに」
「わかってる。ネリーナを信じるよ」
ネリーナと呼ばれた娼婦はブラウンの長い髪を揺らしながら起き上がる。均衡のとれた美しい肢体を見せつけるようにベッドから降りた。
「何か飲む?」
「ああ」
ネリーナは備え付けられている棚から酒瓶を取り出した。グラスに注いだそれをもってベッドまで戻り彼に渡す。
「……ねえ、本当に大丈夫? あなたには無理なことをお願いしてしまって」
「大丈夫だ。なんせ俺も被害者の一人だからな」
「怪我をさせてしまって本当にごめんなさい」
「いいんだ」
そう言ってグラスを煽る。濃厚な強めの酒が喉を通り一瞬目を細める。ネリーナはベッドにもたれたアレンの胸に甘えるように頬をつけた。それを見下ろしながら片手でネリーナの髪を弄び、満足そうな笑みを浮かべながらまた一口流し込んだ。
アレンはこのひとときが好きだった。激しく求め合った後の甘い余韻を堪能するこの時間。まるでこの世界に愛しい女と二人だけしか存在しないような言い表せないほどの幸せ。
「……ネリーナ」
「ん?」
「ネリー……ナ……」
「なぁに?」
アレンの手からグラスが落ちる。わずかに残った酒がシーツへと染み込んで色をつけた。
「……アレン様?」
ネリーナが声をかけた。だが彼はトロンとした目で彼女を見つめたままだ。そこには何も映っておらず色を失くしたように沈んでいた。
「……ねえ、アレン様。私のこと好き?」
「………………あぁ」
「ふふふ。わかっているわ、あなたは私が好きなの。とてもとても愛してるの」
「…………愛し……て」
「私を愛してるでしょう?」
「……あぁ、愛して……る」
「私のためなら何でもできるでしょう?」
「……あぁあ」
「私の言う通りにしてくれるでしょう?」
「あ、あぁ。……する……何で、も……すぅるぅぅ」
アレンの身体は震え出し口から涎が溢れてきた。だがその顔は幸せそうに笑っている。
「ネ、ネェリーナァ……、ネェリィーナァネェリィィーナァァ……。あぁぁ……」
ネリーナは満足そうに笑うと彼をベッドに押し倒した。それでもアレンは彼女の名前を譫言のように呼び続けている。
「ふふふふ。私もそんなおバカなあなたのこと嫌いではないわ」
冷たい目でアレンを見下ろしたネリーナはベッドから離れて扉を小さく開けた。すると一人の男がスルリと入ってくる。
「どうだ?」
「ええ。そこで伸びてるわ」
ネリーナはベッドを指差す。男はそれを見てフンと鼻を鳴らした。
「だいぶんこの男も狂ってきたな」
男はベッドに近付いてアレンを覗き込んだ。小刻みに震える身体でだらしなく笑っている姿を憐れむことはなく、ただ冷めた顔つきのまま眺める。
「例のモノをほんの一滴グラスに入れただけでこんなよ?」
「聞けばそれでもかなり薄めているらしい。だが定期的に摂取していたからこそ効果が現れているな。もうお前の言いなりだろう?」
「ええ。まるで私の奴隷ね。ふふふ」
アレンがここに通うたびに同じようにしてきた。結果、考える間もなく彼はネリーナに夢中になり彼女の言うことを正しいことだと思い込んでいる。
「本当に面白い薬ね。そっと囁くだけで、目が覚めて普通に戻っても、それが自分の意思だと思うんだから。これがあれば好きに人を操作できそうね」
「そうだな。無色透明で匂いもない。加えて中毒性もないから禁断症状もない。これでは誰も気づかないはずだ。もちろん本人さえも」
「ふふ、この騎士様も単に娼婦に入れ込んでるだけにしか見えないものね。まさか王宮での事件と関わりあるなんて思ってもないはずよ。だって未だ捜査対象じゃないのよ? ふふふ、この国の騎士団も案外バカの集まりだったのね」
ネリーナは男に寄りかかって耳元に口付けた。男はそれを合図かのように笑うと、お返しとでもいうような濃厚な口付けで彼女に応えた。
「まだ時間はある。続きは俺の部屋で」
ネリーナの腰をとって扉に手をかける。部屋から出る際に振り返ってアレンへ嘲るように言い放った。
「──お前は一人で悶えてろ」
扉が閉まり足音が消え、アレンの狂った声だけが部屋に残された。
読んでいただき、ありがとうございます♪




