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34話

お越しいただき、ありがとうございます。

 暗闇のある一角でリオは数人の部下と身を隠していた。目線の先にはアレン・ポッドが先ほど入っていった娼館がある。

 前回リオは尾行してここまできた。しかし今回はある目的のために現場を張っていた。


「おいリオ。本当にやるのかよ?」


 アレックスが怪訝そうに聞いてきた。


「ああ。ルークによるとポッドは一人の娼婦しか相手にしていないらしい」


 ルークは偵察や斥候を主とした任務についている部下だ。彼にはポッドとこの娼館を張ってもらっていたが、今では週に二回ほどこの娼館へ通っているという。それが多いのか少ないのかは人それぞれだろうが、単なる遊びと片付けるには明らかに違う。少なくとも遊びであればいろんな女を相手にするし、まずは他の娼館だって行くだろう。だがポッドはそのどれもしていない。同じ娼婦だけを相手にしているということは本気で惚れ込んでいるということだ。

 だがルークの情報によれば身請け話は聞こえてこないらしい。ここまで懇意にしておきながら受け入れるつもりがないのはなぜか。単に金の問題で身請けができない可能性もあるし、ポッドの実家は子爵家であるから結婚もしていないため体裁の悪いことだと思っているともいえる。それでも結婚前にこっそり愛人を作る男だっていないわけではない。


「その娼婦の名はネリーナ、数ヶ月前にリズボアードから流れてきた女だという」

「他国から流れてくるのは別にめずらしい話じゃないぞ」

「ああ、そうだ。しかし引っかかる」

「何がだ?」


 リオは娼館の方を見たまま一度口を閉じた。そばにはアレックスとブレンノという部下が一緒だ。ブレンノは二人とは同年代ではあるが小柄で童顔のため十代にも見える。


「ブロクード伯爵領に入り込んだ間者のことは知ってるな?」

「ああ。エリーアス隊長が調べている件だろ? ……まさか」

「そうだ」


 情報部をまとめているエリーアスからブロクード伯爵領についてある情報が知らされた。リズボアード国からの間者が潜入しているということだったが、問題は伯爵がそれを知っている点だ。


「例の娼婦がこちらに来たことと関連があるかもしれない」

「おいおい待てよ。それはあまりにも考えすぎじゃないか? 偶然だろ。時期も少しずれているしな」

「だがゼロではない。可能性の一つとして頭に置いておくべきだ」

「……まあ、そうだけどよ」


 アレックスは時々リオの頭の中がどうなっているのか不思議に思う時がある。一つの物事に対し普通の人間よりもあらゆる枝葉が分かれているのは確かだ。

 今回のポットの件にしても初日で目をつけていたのだから。

 だが確かにこうして可能性の一つ一つを消し去っていくことが最も近道だったりするのだ。


 三人は娼館から死角になっている古い倉庫の前で片膝をついたまま身を潜ませていた。真っ暗ではあるが夜目に慣れている三人には何も問題なはい。


「それで、その女を買うつもりか? 今頃ポッドとお楽しみの最中じゃないのか?」


 リオがここまで来たのは娼館に客として乗り込むためだ。アレックスからすれば、こういうことは部下に任せればいいとは思うものの、それをしないのがリオなのだ。そして多くの場合、アレックスも付き合う羽目となる。


「はぁ、仕事とはいえリリーナに申し訳なさすぎる」

「別に女を買う必要はないだろう」


 仕事とはいえアレックスは恋人に対してやはり負い目を感じているのだろう。

 だが娼館とはいえ酒を飲むだけでもいいのだ。常にそばで必要以上に女が接客してはくるが、それだけを楽しんで帰る者もだっている。そして気に入った女がいれば部屋へと雪崩れ込むのだ。

 店も商売だから女を買ってもらった方がいいし、女もその方が金が入るため必死にその気にさせようとしてくる。その辺がアレックスにとっては嫌なのだろう。


「俺だって面倒だ……」


 リオがぶっきらぼうに呟く。それを見ていたブレンノがクスッと笑った。


「だから僕が呼ばれたんでしょ」


 アレックスは何だかんだと言いつつ上手くその場を流せるが、リオにそれができるかと言われれば難しいのはわかりきっている。しかし自分で動きたいのが彼なのだ。

 ブレンノは人当たりも良く口も上手い。よく潜入任務をしているので場慣れしているのだ。


「僕の役柄は新人傭兵ということでいい?」

「ああ、俺は酒が弱くてほぼ寝てる、ってことにしてくれ」

「おい、それ狡くねえ? 俺とブレンノに女を押し付けるってことだろう?」


 アレックスが本当に嫌そうにリオを見やる。

 三人は自由傭兵のチームということになっている。仕事で王都に来て、帰る前に遊びに来たという設定だ。そのため服装も異国の傭兵っぽく繕っている。

 リオは長いターバンで首元まで覆い、頭部はイガールで止めて顔全体が少し隠れるようにしていた。アレックスもまた違った形のターバンであるが見えている髪はブラウンではなく黒色だ。ブレンノは帽子を被って長い三つ編みの付け毛をしていた。


「布を扱う商人の護衛で来ていて、僕は初めての仕事だということで褒美としてここに連れてこられた、という感じだよね」

「ああ。お前に合わせるし任せる」

「おいリオ。そんなんでお前がいく必要あるのか?」

「酒に酔って結局宿を借りるていで上階へ行って様子を見る。バレたら暴れて追い出されればいい。泥酔客なんてそんなもんだろ」

「……ほとんど博打じゃねえかよ。まったくこんなもんは得意なやつにやらせろよ」


 アレックスがぼやいた時にスッと後ろから人影が出てきた。


「ルークか」

「はい。目標は三〇四に入りました」


 偵察をしてきたルークが忍び寄ってそっと伝えた。細いシルエットは暗闇の中に黒ずくめで目だけが光っていた。


「女は目標の前に一人の男と過ごしており、その男を部屋に残したまま相手をしています。現在の客数は一階の飲み客が四人、二階は三部屋使用、三階は目標と男の二部屋使用」

「三階か。その男の部屋はどこだ?」

「三〇五です」

「つまり三〇三を借りればいいんだな」

「はぁ、軽く言うぜ。なんならポッドの次を予約でもしたらどうだ?」


 アレックスが意地悪げに言う。

 娼婦といってもさまざまだ。高級娼館にいる才色兼備の娼婦には高い値がつき、人気があっても一晩一人しか客を取らない。だが、この娼館のように小規模なところであれば時間単位で客を取るのが普通だ。

 おそらくポッドの娼婦も一晩買うこともできれば時間で買うこともできるのだろう。だから、前の客を残して次の客へ行く。


「目標は一晩買ってます」


 ルークの突っ込みにアレックスが驚く。


「マジかよ。一晩はかなり値が張るぜ」

「目標はいつもそうしてますね」


 娼婦はランク付されており金額も変わる。娼館にもよるが平均一晩三人〜四人の相手をすると計算されて、一晩買うということはその分の金額を支払わなければならない。

 いくら寂れた娼館といえども、しかも週に二度ほど通うとなるとそこそこ高値になるだろう。ポッドが騎士であり貴族というのが大きいのかもしれない。


「ルークはここで待機。何かあればお前の判断で動いてくれ」

「了解」


 リオは立ち上がった。


「アレックス」

「はいはい」


 アレックスは傭兵チームのリーダーという役回りだ。先頭に立って歩き出す。ブレンノがその後に親指を立ててからリオの前を通り過ぎた。最後にリオが二人に着いて行く。


 三人は「魅惑の夜曲」という看板の前まで来た。ありきたりな店名だ。

 それぞれ顔を見合わせて頷き、アレックスが扉に手をかけた時だった。



 ────カランカラン。



 突如店の扉が開き、アレックスは「おっと」と体を少し後退した。店から二人組の若い男が赤い顔をして出てきたがかなり酒臭い。おそらく一階で酒だけを楽しんでいた客の二人なのだろう。


「じゃあな! ビビちゃん! 楽しい時間だったよ。次こそ相手してくれよ」

「ははは! まったお前ったらネリーナ一筋じゃなかったのかぁ」

「いやぁ、ビビちゃんも捨てがたいんだよなぁ」

「好きだねぇ、お前も。俺はベロニカが一番だ!」

「ふん、他のやつに先を越されたくせに」

「それはお前もだろ」

「違いねえ、はははは」


 足取りも怪しくフラフラしながら鼻歌を歌い去って行く。そんな後ろ姿を三人は黙って見送った。そして気を取り直して店に入ろうとした時に、また店から誰かが出てきた。


「ありがとうございましたぁ!」


 金髪の緩やかな髪をした少女が先ほどの客に大きく手を振る。しばらく帰っていく二人の客を見ていたが、そばにいる人の気配に気付くと目を見張った。三人の顔を見渡しポカンとして一瞬動揺したようにも見えたが、すぐに営業スマイルで迎える。


「お客様でしょうか?」

「……ああ。三人だ」

「いらしゃいませぇ〜〜。三名さまご来店です!」


 扉を開けて三人を店内へ促す。アレックスが入り、ブレンノが続く。だがリオは立ったままで動かない。


「どうぞ?」


 少女がにこやかにリオに笑いかけた。しかしリオの眉根はピクピクとしたままで足が動く気配もない。少女はリオの背に回って後ろから押すように両手をおいた。


「ほら、どうぞ」

「………………」


 リオは小さい息を何度か吐き、意を決するようにクルリと振り返り少女に向き合う。

 そして唐突にその手を握りしめた。


「何をしているっ」


 困惑と怒りが混じっていた声で小さく問いかける。


「え? 何ですか?」

「なぜここにいるっ」

「えっと……? ──バレてる?」

「当たり前だっ」

「………えへへへ」


 わざとらしい棒読みの笑い声を上げた少女は紛れもなく己の婚約者──エルネスタであった。





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