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32話

お越しいただき、ありがとうございます。

 王宮には中庭がいくつも存在している。単に通り道としてのものやベンチやガゼボなど王宮勤めの出仕者の休憩場所を見据えたもの、王族専用として制限された区域などだ。

 その一つにお茶会専用ラウンジに面した中庭がある。女性が好む色鮮やかな花々が並ぶ中にも落ち着きのある雰囲気を醸し出している。

 ラウンジのガラス扉を開け放ち、自然の風を部屋に取り込んで行われているのは王太子妃主催のお茶会であった。


「皆様、本日は足を運んでくださり感謝いたします。有意義な時間になるよう願います」


 アニカはにこやかに挨拶をすると椅子に座る。後に続くように他の夫人や令嬢も一礼して座った。

 あの事件から約一ヶ月。いくぶん平穏を取り戻しつつある中、小規模ではあるがお茶会を開催することができた。

 今回招待状を送ったのは侯爵以上の家格の者だけだ。とはいえ領地にいる者も多く、また王太子妃主催ということで若い婦人や令嬢らが主であり集まったのは二十人程度だ。

 すべてが高位貴族ではあるが、その中でも家格の違いはもちろんある。今回は少人数ということでロングテーブルの真ん中にアニカが座り、その両隣に公爵夫人や令嬢、向かいの席には同格の者が並んでいる。


 しばらくは異国のめずらしい紅茶とアニカの出身地であるべスレ王国の特産菓子に舌鼓しながら和やかな時間が過ぎていった。

 筆頭侍女であるテレジアはアニカのすぐ後ろで控えているが、エルネスタはもう一人の侍女であるノーラと共にそのまた後方でその様子を見守っていた。

 すると一人の近衞騎士がそっとエルネスタの元へと近寄ってきた。その顔は焦ったような困ったような顔で小声で告げる。


「申し訳ありません。急ぎご報告がございます。よろしいでしょうか?」

「……わかりました。ノーラ、ここをお願いね」

「はい」


 エルネスタは騎士と一緒にその場から離れる。テレジアもそれに気付いて頷いて見せた。


 ラウンジから出ると騎士が口を開く。


「……実は、お茶会に参加したいとある令嬢が参られております。リストを見てもその方の名がありませんでしたのでお断りをしたのですが、何とも……」

「引き下がってくれませんでしたか?」

「はい」

「それで、そのお方は誰ですか?」

「アレナ・レノズ侯爵令嬢でございます」


 エルネスタはこの一連のお茶会の準備をした一人だ。確かレノズ侯爵家からは今回は欠席という返事が届いていたはずだ。

 彼女の噂は多少エルネスタの耳にも入っている。不敬にも王太子の側室候補と自ら言い回っている令嬢だ。おそらく欠席は状況を把握した当主の意向なのだろうが、肝心の本人はまったくわかっていないということだろう。つまり勝手に来たということだ。

 豊かな金髪に大きな目。勝気な口元はいつも真っ赤な口紅が塗られている。美しい顔立ちと妖艶な身体を自慢するかのような着こなしは貴族令嬢としてはどうなのか。未亡人や離縁経験のある婦人であればいい顔はされないまでも大目にはみてもらえるのかもしれないが、まだ若い令嬢としては品があるとはいえない。


 長い廊下を曲がり王宮へと歩いていく。基本、夜会やお茶会などは王宮の別棟に会場が設けられ、直接馬車の乗り入れができる正面玄関がある。だがすでにお茶会も始まり、その門は閉じられているため、王宮側から入ってきたのだろう。


 控え室が並ぶその一角に踏み入れると甲高い声が入ってきた。思わず誘導していた騎士を見上げる。


「先ほどからあの調子です……」


 騎士は眉尻を下げて困ったように言う。


「……あの、大丈夫でしょうか? 一応、私ら騎士も同席はしますが……」

「大丈夫です。行きましょうか」


 エルネスタはそのまま足を進めると控え室の扉を大きめに叩く。


「失礼します」


 言ったそばから扉が開けられて騎士が出てきた。顔を出したのがリオの兄であるイグナーツであることに一瞬驚くが、だが近衞騎士である彼が居合わせても別におかしくはない。


「エルネスタ嬢……。お呼び立てして申し訳ありません」

「いいえ。入ってもよろしいですか?」

「……はい」


 イグナーツはエルネスタを招き入れる。部屋にはイグナーツを含む三人の騎士と王室部局の役人と女官次長がいた。その奥に金切り声を上げるオレンジ色の派手なドレスを着込んだ金の髪が跳ね回っている。


「………………」


 イグナーツが「困ったものです」とボソリと呟いた。エルネスタは息を一つ吐いて近づいて行った。


「失礼します。王太子妃殿下付き侍女、エルネスタ・ユリザでございます。お話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 エルネスタの登場にその場は一瞬の静けさが訪れたが、間髪を容れずアレナ・レノズの口が開く。


「ちょっとっ!」


 ズンズンとドレスの裾を巻き上げながらエルネスタの前までやってきたアレナは顎を尖らせて睨みつけた。


「いつまで待たせる気なの!? 私はお茶会に来ましたのよっ。なのにこんなところで足止めさせられて、いったいどういうことなのっ!!」

「……アレナ・レノズ様は本日のお茶会には欠席されるというお返事をいただきましたが」

「だから! 私はそんな返事はしてないのよっ! 何度も言わせないでくれるかしら!」


 アレナはエルネスタに扇子を向けながら目を釣り上げる。


「いいかしら? たとえそうだったとしても、私が来たのよ? だったらそれだけで十分じゃない!」


 この金色の髪の中には花畑があるらしい。大きな花畑すぎて栄養がいきわたっていないようだが。


「十分とは?」

「私はレノズ侯爵の娘よ。父が誰だかご存知ないのかしらっ」


 どうやらその花畑には太陽も恵の雨もないらしい。痩せた土地相応の花しか咲かせられないということだろう。


「もちろんレノズ侯爵様のことは存じ上げておりますよ。ですが、今回の件とはまったく関係ないことを仰っても困ります」

「何ですって!!?」


 まるでフォークとナイフを手にした子どもがテーブルを叩いているようなキンキンした声だ。だが子どもならまだ可愛げもあるが、これはなかなか形容し難いものがある。

 エルネスタはそんな子どもを諭すようにゆっくりとしっかりと口を開いた。


「いいですか? あなたが家門を出すのであれば、そちらの騎士様はロッズ辺境伯家ですし、こちらの王室部局の方や女官次長はウィザリア公爵家所縁のお方です。ちなみに私もユリザ侯爵家の者ですわ」

「……っ…」

「さすればここで一番下位になるのは──誰だと思いますか?」


 向けられた扇子にエルネスタは一歩近づく。


「……そう、あなたです」

「な、な、な……」


 レノズ侯爵も高位貴族ではあるが、公爵家はもとより辺境伯家やユリザ侯爵家と比べるとその違いは歴然としている。


「ですから、そのようなものは関係ないと申しているのです」

「お、お父様に言って……」


 まだ言うか。そう言いたいのをグッと抑えてエルネスタは笑みを浮かべた。……少々半目であるが。


「……お父上のことを仰るのでしたら、辺境伯様は騎士団長と同位ですし、ウィザリア公爵様はその騎士団をまとめる総長、私の父は王族の侍従長です。もちろんレノズ侯爵様もナバロ伯爵様の外務大臣を支える外務副大臣として立派にお勤めされておりますからご自慢にされたい気持ちはわかりますわ。───ですが……」


 エルネスタは少々申し訳なさそうに、でもはっきりとアレナに告げる。


「今、ここでそれを言ってしまえば……、レノズ侯爵様を困らせてしまうかもしれませんねぇ」


 言うなれば「父親を潰すこともできる」という可能性を含ませて、エルネスタは困った顔を作った。そう、こちらとしては不本意ではあるが、そこまで言うのであれば、と突きつける。


「──────っ」


 エルネスタが流し込んだ風が花畑に吹き、多少なりともそれを読むことができたのかアレナの顔が歪んだ。肩を震わせ赤い口紅が霞むくらいに顔を染めて怒りの形相で睨みつけくる。気位が高いことは決して悪いことではないのだが、これではあまりにも品格が問われる醜態であることに気づかないのだろうか。


「お茶会の件はこちらと食い違うところもありますし、今からレノズ侯爵様に確認を取るためにもこちらにお越しいただきましょう。ロッズ様、お願いできますか?」

「畏まりました」


 イグナーツが軽く頭を下げて部屋を出ようとするが、アレナが慌てたようにそれを止めた。


「ま、待ってっ!! いいわ、いいわよ! 帰ればいいんでしょう!?」


 ギリリと扇子を握りしめたまま、その場にいる者をひと睨みしてアレナはドレスを翻した。足音は上質な絨毯に吸い込まれて聞こえなかったが、扉を閉める音は怒りそのものを表すように叩きつけられて閉じた。


「…………………」


 部屋にようやく静けさが戻る。と一斉に大きなため息が皆の口から漏れた。


「お見事でございました」


 先ほどまで堅い表情でアレナを見据えていたコレン女官次長がようやく笑顔を見せた。王室部局のモーマン事務官は冷や汗を拭きながらぐったりしている。


「一時はどうなることかと……。あの調子でお茶会に特撃でもされたらとヒヤヒヤしておりました。本当に助かりました。ありがとうございます。ユリザ様」


 いくつか歳をとったようなモーマンが頭を下げた。


「それにしてもレノズ侯爵令嬢には困っておりまして。あの態度でもお分かりかと思いますが……」

「王室部局からレノズ侯爵家へ抗議されてもいいのでは?」

「ええ。今回はさすがにそうさせてもらうつもりです」


 モーマンはグッと拳を握る。


「……まったくもって側室候補だとどの口が言うのかしらね」


 コレン女官次長が呆れるが、エルネスタも激しく同意する。側室だとて王族の一員だ。今のところ、アレナのどれをとっても見合うようなものはない。それどころか貴族としも問題だろう。

 だが、いくら花畑で生きているとはいえあの自信はどこかくるのか。いや、その自信を植え付けているものは何なのか。

 エルネスタは睨みつけてくるアレナの瞳を思い出し、その奥を探るように押し黙った。






読んできただき、ありがとうございました(^ ^)

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面白い!更新が待ち遠しすぎます! お忙しいとは思いますが、楽しみにしております^ ^
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