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31話

お越しいただきありがとうございます。

東京から戻ってきました!

楽しかった、でも疲れたー^^;




「待てよ」


 造園室から出てスタスタと歩いて行くエルネスタの後をしばらく黙って付いてきたリオだったが、我関せずな後ろ姿にとうとう声をかけた。


「あら、何かご用でも? お忙しいのでしょう? ここで油を売っててもよろしいのですか?」

「今はいい」


 二人は東棟から中央棟へ続く渡り廊下に差し掛かった所で立ち止まった。未だ外の通路にいるため、木々が風に揺れて地面に影を作っている。その影が二人に落ちて光がゆらゆらとさしている。


「……その、悪かったな」

「何のことですか?」


 そう言いつつエルネスタは一人納得している。彼には悪気などない。そう、一つもないのだ。


「アレックスさんとやらに言われたことですか?」

「あいつにはいつも配慮が足りないと言われていたんだが……」

「安心してください。忙しいのは知ってますし、私は会えないくらいで文句など言いません。花も入りませんから気を遣わなくてもいいですよ」

「……花が気に食わなかった訳ではないんだよな」

「言われたからと言いつつ、あなたは何のために贈ろうと思ったのですか?」

「……最近忙しすぎて会うこともなかったから、だ」

「それは今に始まったことではないのでは? 婚約してから数ヶ月間もほとんど会わずに、ましてや何か贈り物などいただいたこともなかったのですよ」

「うっ……」


 それを言われるとぐうの音もない。だからこそ、アレックスに言われる今の今まで気にしてこなかったのだ。婚約者ということは将来の伴侶なのだ。これから先、共に生きていく相手として認め相応の思いやりを忘れてはいけなかった。

 なのに顔合わせでとんでもない発言をしてしまった挙句、今まで最低限の接触しかしてこなかった。そのどれもが婚約に否定的であり、婚約者にも不服があるという意思表示として捉えられても致し方ないのだ。

 だからこそのエルネスタの冷ややかな態度であったし、事件のあったパーティーでも妹をパートナーに勧めてきたのだろう。

 己の傲慢さを反省し歩み寄ろうしたものの、結局は何も変わらないままの自分がいた。


「確かに今までのことは真摯に謝罪する。今回も友人の助言で花を贈ろうとしたものだった」


 ────心がない。


 そんなつもりはなかったが、花を贈ろうとした相手を目の前にちょうどいいだの適当にだの言い方も悪かった。しかも人に言われたからなんて、己の気持ちはまったく違うかのようなことも言ってしまった。


「悪かった。確かに言われるまで気付かなかったし、だが言われたからこそ省みることができた。ただお前に贈りたいと思った気持ちは義務とかではないし嘘でもない」

「………………」


 信じてほしいと訴えかける瞳に嘘はないのだろう。いうなれば彼は非常に野暮でデリカシーもなく、いわゆる────。


「不器用だと言われませんか?」

「いや、まあ、……自覚はある」

「とてもあるようには見えませんけど」

「………………」

「何でも正直に口に出さずともいいかと。特に女性には。良くも悪くも誤解を受けかねません」

「以後気をつけよう」


 根本的に愚直な性格なのだろうが社交の場では欠点になる。嘘を言えとは言わないが、何事にも言い過ぎない術をもつべきだろう。

 後継ではないからといって騎士の道に進んだのはいいがそれでも貴族なのだ。それゆえ招待を受ける時もあるだろう。特に結婚した後には夫婦で行くことも多々ある。この調子でボロが出てしまえばお互いの実家の評価にも関わってくる。そのたびに妻として常にフォローするなんてことは正直言ってごめんだ。


 騎士になるために寄宿学校には行かず一から這い上がってきたと聞いている。ここまで来るのに苦労も多かっただろう。その点は立派だと思うが、だからこその弊害が時折「貴族らしからぬ」態度や物言いに繋がっている。彼との婚約をもってきたあの古狸国王の意図が何となく読めてきた。


 もしかすると彼の功績を称え叙爵を考えているのかもしれない。

 実家は辺境伯という名家だが、当主以外の引き継げる爵位を蹴って騎士になっただろうから、今のリオは騎士団の副団長としてのものである騎士爵だけ。ただあまり爵位なんてものを気にする性格でもないように見える。

 それを考えるとやはりこの婚約は将来彼に叙爵をするためであり、ロッズ辺境伯はもちろんエルネスタの実家のユリザ侯爵が後ろ盾となれば高い爵位を与えられる。おそらく国王は伯爵以上を与えたいのかもしれない。

 エルネスタを妻に迎えるのなら爵位を拒否するのは難しくなるだろう。そう考えれば合点がいく。良縁ではあるだろうが何もロッズ辺境伯とユリザ侯爵の両家がどうしても縁続になる必要性があるわけではないのだ。

 あとは叙爵をしたからには社交界へも顔を出すことも求められるため、それを任せる妻として単にエルネスタが都合が良かっただけだろう。当主である父親がそれを許したのは謎だが、リオという人間を評価し信頼に値すると判断したということだ。

 国に忠誠を誓う騎士なのだから、同じように【月】として忠誠を誓っているエルネスタにも都合のいい相手だと思ったのだろう。

 つまりいずれはこの身の正体を話す日がくる。その時リオはどんな顔をするのだろうか。もっと戦々恐々な気持ちになるのかと思ったが、これほど無頓着であれば何食わぬ顔で受け入れてくれる気もしてきた。

 そう思うとこの婚約は案外理に適ったものだと思えてくるから不思議だ。


「どうした? まだ怒ってるのか?」

「……別に怒ってはいません」

「たまには手紙でも書く」

「それも言われましたか?」

「ああ。──あ、いや、そんなことは……」

「花も手紙も入りません」

「じゃあ、何ならいいんだ? 早朝デートか!?」

「……何です、それ?」

「よし! これからはそうしよう。毎日は無理でもたまには早朝デートすると決めたぞ」


 うんうんと一人納得しているリオに不審な目を向ける。一応は「デート」という言葉を知っているんだなと頭の片隅で思いつつも、エルネスタにとっては面倒なワードばかり聞こえたのは気のせいじゃないだろう。


「私、朝は忙しのですけど。それはもう毎日」

「俺だって忙しい。だから〝たまに〟だ」

「だから、その〝たまに〟がないかもしれませんので」

「あのな、時間というのは作るもんだぞ」


 ──とアレックスが言っていた、という余計な一言を今度は言わずにいたリオは思わず自分を褒めた。得意げな顔をすれば怪しげに見返されたが、早朝デートは押し通さねばと変に意固地になる。これ以上エルネスタとの距離が離れないように、そしてこれ以上に距離を縮めていくためにお互い必要な時間になるはずだ。


「悪いが、これは譲る気はない」

「ちなみに〝たまに〟の頻度は?」

「せめて週一か」

「え? 月一じゃなくて?」

「なんで月一なんだ。それじゃ〝たまに〟とは言わない」


 お互いの〝たまに〟の不一致に一瞬黙る。


「週一だ。週二でもいい。朝は基本六時から一時間ほど訓練場にいるからな。何なら毎日でもいいぞ」

「つまり訓練場へ来いということですか?」

「いや、その辺りの時間帯ならいいということだ。訓練後は汗を流すために浴場へ行くから七時半くらいであれば、こ綺麗になってるはずだ」

「……訓練場は私が行っても大丈夫なんですか?」

「ああ。それはまったく構わない。朝は人も少ないしな」


 エルネスタは考える。確かに訓練を見るのは多少興味ある。またリオの実力も知りたい。


「では時間があるときは訓練を見学してもいいですか?」

「訓練を? いいが、あまり面白いもんじゃないぞ?」


 さして嫌がるでもなくリオは答えるが、貴族の令嬢が訓練の見学を好むものではないことくらいはわかるのか不思議そうな顔をした。


「……まあ、お前は普通の女とは違うからな」

「また声が出てますよ」

「…いろいろ思うところはあるが、こういうことは今更お前に気を遣ってもな。もちろん婚約者としてはそれなりの態度となるように努力はする」

「それこそ今更なのでは? 別に私はそのままでも構わないので」

「……その堅苦しい言い方もやめてもらえるといいんだがな」

「……もう五年くらい待ってもらえれば」

「ご、五年? いやいや、その頃には子どももいるのにか?」

「…………………………はい?」

「だってそうだろう? すでに結婚はしているはずだし、五年後なんて子どもの数人はいる可能性があるぞ」

「………………」


 この男は何を言っているのか。しかもさも当たり前のようにだ。エルネスタの気が遠くなる。


「母親が父親に気を遣った言い方するのはな」

「……あの! ですね!」


 揺れる草木の影がリオの顔にまだらに落ちる。だがそこにある目は特に冗談で言っているようなものではなく、大真面目な発言だったのが見てとれた。


「……………………」


 エルネスタはその先を続けることができなくて、はぁと大きなため息を吐くとガックリと肩を落とす。


「……いったいあなたは何なんですか?」

「む、何と言われても」

「だって、普通は。──そう、普通はそこまで飛躍しませんよっ! 何が子どもですかっ」

「だが、限りなくその可能性が高いだろう?」

「───白い結婚かもしれな」

「それはない」


 リオが即座に否定した。ピキッと固まるエルネスタをよそに、赤くなった頬をポリポリとかきながら口ごもる。


「まあ、俺も男だからな。その、そこは……、なぁ?」

「な、何を勝手に盛り上がってるんですかっ!!」

「いや、だって」

「そういうところがデリカシーがないって言うんですっ!」


 真っ赤になったエルネスタはくるりと背を向けた。人気がなくて良かった。こんな会話など誰かに聞かせるわけにはいかないし、何よりも下世話すぎる。

 これが仲睦まじい恋人や婚約者同士となれば、将来の家族像を夢見る甘い会話となるのだろうが自分たちはそういうものではないのだから。


 他に好きな人がいると言った口が、今度はエルネスタとの将来を語ってくる。リオに悪意がないことはわかるし、何より不器用ではあるがエルネスタと向き合おうとしてくれているのだと伝わってはくる。

 それでも。


「も、もう私は行きますからっ」


 小走りになってその場を離れるが、赤くなった頬とは反対に心はどこか冷めていく。


────申し訳ないが、私には想う人がいる。



 最初のその言葉。

 それが未だエルネスタの胸に杭のように刺さっていた。

 そこにあったのはただ彼の不器用さが曝け出した言葉であることもわかった。けれど、これから先もきっとその言葉が心に重石を乗せてくる気がして、エルネスタは少しリオを知ることが怖くなったのだった。





お読みくださりありがとうございます(*^^*)

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