30話
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リオは最初入り口にいるガーデナーの一人と話していたが、エルネスタに気付くと一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに手を挙げて足速に歩いてきた。
「なんだ、来てたのか。こんなところで奇遇だな」
「ええ、本当に奇遇ですね」
無難に笑って対応する。
「デニクス室長も久しぶりだな」
「はい、ご無沙汰しております。彼女にも伝えたのですが、この度はご婚約おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
「こちらにいらっしゃるのはめずらしいですね。何かご用でも?」
「まあ、そんな感じだ」
そういうと意味ありげにエルネスタを見下ろした。
「なんですか?」
「……いや」
エルネスタは怪訝な顔をして一歩後ずさった。
「デニクス室長。悪いが彼女に花を見繕ってもらえるか」
「えっ…!?」
驚いたエルネスタが声を上げた。聞き間違いだろうか。今、彼は何を言った?
「いいですよ。ご希望はありますか?」
カイルは驚くふうでもなくにこやかに聞いてきた。「そうだな……」とリオも当たり前のように鮮やかに切り揃えられている花々を見渡している。
「すまん。どうも俺にはよくわからん。エル、好きな花を選んでいいぞ」
腕を組んでしばらく眺めていたが、首を振ってエルネスタに投げてきた。
「……あのですね。いきなり花をと言われましても意味がわからないのですが。いったいどうしたんですか? そんなタイプでもないですよね?」
「それはだな……」
うーんとバツが悪そうに眉間を寄せて黙っていたリオは開き直ったようにエルネスタを見た。
「最近忙しくしていただろ。そのせいでなかなか時間も取れていなかったのに花の一つも贈ってないとアレックスに………友人に叱咤されてな。そういう柄でもないし気にも止めてなかったんだが、ちょうどここを通りかかったからそれを思い出して足を向けてみたんだ」
「……はあ」
「お前がいるとは思わなかったが、それはそれで選ぶ手間が省けた。適当に好きなものを選べ」
大きく頷いて自分なりいい考えだと納得しているようだ。いかにも彼らしいが、なんとなく素直に嬉しさに直結できるかといえば微妙である。
「さあ、遠慮せず選んでいいぞ」
「ロッズ殿」
カイルが変わらぬ笑みでリオを遮った。どこか冷え冷えしたものを感じる。
「なんだ?」
「お帰りはあちらです」
カイルがにっこりと出入り口に手を向けた。
「は?」
「ここは今のあなたの来るべき場所ではないようですね」
「いや……」
「贈り物というのは心です。その人を想ってその人のために想いを込めることこそが大切なのですよ」
「そ、そうだな」
「ですが、あなたは〝手間が省けた〟と言ってそれを放棄しました」
「あー、いや、待ってくれ。そんな……」
「そんなつもりではなくとも、言うべきではなかった。それなのに婚約者を目の前にして堂々と言ってのけるとは。それはあまりにも心がありません」
カイルはあくまで爽やかな笑みのままだ。だが辛辣さを交えて口を開く。
「私どものが丹精込めて育てた花たちはどれも唯一なのです。適当になどと心のない贈り物として扱われることは許し難いことです。さあ、お出口はあちらですよ」
「……ちょっと待て。何か誤解が」
慌てたようにリオはカイルへ弁解する。
「誤解? 〝手間が省ける〟も〝適当〟も言葉通りにしか受け取れませんが? はて? その行間を読んだとてそのままでしかないかと」
わざとらしく首を傾げるカイルにリオは天を仰ぐ。王宮は魔窟だといわれるが、それを身をもって実感する。荒地で野獣や山賊などと命を張って戦っているほうがどんなに楽か。ここにはそれ以上の曲者がはびこっている。国王を筆頭にエルネスタも目の前のカイルもだ。
現場からの叩き上げでここまできたリオにとって口先ひとつでやり込める芸当はもっていない。口撃戦はからっきしなのだ。
エルネスタは諦めたように小さな息を漏らすと唸るリオへ呆れたように言った。
「わかりました。折角ですからお花をいただきます。デニクス室長、よろしいでしょうか」
「あなたがそう言うのなら」
エルネスタは周囲を見回した後いくつかの切花を指差していく。カイルは指示通りの花を手に取っていき、あっという間に鮮やかな花の束ができていった。
「このくらいでいいかしら。でももう少し可愛い色合いがほしいかしら」
「では黄色のラナンキュラスをつけては?」
そう言うと手際良くその花を手にすると束に重ねた。
「本当! 可愛いわ。それでお願いできますか?」
エルネスタはパッと笑顔を浮かべてカイルの腕の中にある花々を見つめる。
リオは二人で盛り上がっているのをただ唖然としながら言葉をなくしていた。これは、あれだ。またやらかしたというやつだ。言われてみれば確かに不用意な発言であったと思うが、本当に悪気はなかった。いや、悪気がないことは二人もわかっているのだ。
大切な人への贈り物。そこに「想い」が込められるからこそ嬉しい。相手を想い、喜ぶ顔を想い、そして喜んでくれた相手の「想い」を受け取ることに意味がある。
「……………………」
先ほどのリオはそれがあったか。まずは贈り物でもと、ただそれだけで動いた。それは贈り相手のエルネスタを前にして配慮が足りなかった。
リオは心の中で大きなため息を吐いた。アレックスが言っていたことが身に染みる。
「それではデニクス室長。それと同じものをあと四つお願いします」
「四つですか?」
「はい。王都内の医療院へ寄贈したいのです」
「それはいいですね。心を込めてお作りします」
「心を込めて」というのを強調しつつ、チラリとリオの方へ目をやったカイルは面白そうにエルネスタと頷き合った。
王都内にある王立医療院は五つ。つまりエルネスタへの手元へは一つも残らないということだ。
「おいエル……」
「お好きな花を選べと言ったのはあなたですよ。ですから遠慮なくそうさせていただきました」
「しかし、俺はお前に」
「ええ。一つはいただくということでその分だけお代はもらいます。デニクス室長、請求の一つは彼の方へお願いします。残りは私へ来るようにしてください」
花だけではなく王宮にて個人的な注文をする場合は請求はもちろんその者へといく。ただその場で金銭のやり取りはしないので、総務室へと届出を提出し給与から天引きされる仕組みだ。
カイルは部下に書類をもってくるように言うと、別の部下には先ほどの花と同じ花束を作るように指示を出した。誰もがテキパキと動いてる中、リオだけが未だ立ち尽くしている。
「ほらリオ様。こちらにサインをしてください」
「……………………」
エルネスタに差し出された書類を無意識に受け取った。注文書には花代を書く欄と下の方に本人のサインを書く欄があった。
「花代はまだ計算できてませんが、一つがおおよそ銀貨五枚〜十枚でしょうかね。よろしいですか?」
カイルが簡単な説明をしてどんどん話が進んでいくが、つまりエルネスタが花を受け取る気がないというのはわかった。リオはそのままサインをするとカイルへと渡す。
「支払いはすべて俺の方にしてくれ」
リオは居心地悪そうに小さな声で呟く。
「……それは良い心がけです。誠心誠意お包みしますよ」
「そうしてくれ」
「貴殿に悪気がないのはわかりますが、あの物言いでは彼女のためではなく、自分の世間体のためにしか聞こえませんよ。仮に「婚約者としての義務」だけのために贈るのだとしてもそれを前面に出す必要はないですし失礼にもなります」
「……そうだな」
「是非とも心がけてくださいね。できることなら義務ではなく愛情からくる贈り物であることを願っています」
「もちろんだ」
「それは安心しました」
黒さを隠しもしない笑顔でカイルが笑う。リオは女心の難しさと己の失態を思い知らされた。
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