16.義姉たちの昇天 前編
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「高嶺様、神器の気配がこっちに集まって来てます!」
爆速で流れる景色の中、頰を風が掠めていく。煽られた黒髪が後ろへ引かれる感触も、もう慣れたものだ。立ち並ぶ殿舎の群を縫い、だだっ広い皇宮を疾駆していた日香は、併走する高嶺に向かって声を張り上げた。
「私たちの天威に反応しているのか? いや、むしろ始まりの神器の方かもしれぬ」
「有り得るな。正常さを保っている神器を感知し、狂った流れに取り込もうとしているのではないか。いや、異分子と皆して排除したいのか……」
「どれでも良いよぉ、むしろ好都合だ。向こうから勝手にこっちに集合してくれたら、手間が省ける」
高嶺に続きラウ、ティルが言の葉を紡いだ。ワンワンと耳障りな音を反響させ、四方八方からこちらを包囲するように集結しつつある神器は、どれも虹の光を放ち、押し潰さんばかりの重圧を帯びている。常であれば祖神の気を感じて心安らぐはずの物が、今は圧倒的な絶望として立ちはだかっていた。
「ここは私が! ラウ様方は日香と始まりの神器を天堂へ!」
「私も出ますわ。皆様、どうかお気を付けて!」
テアとミアが眦を決して声を上げた。直後、ドドド、と腹に反響する音が木霊した。空中からではなく、足の裏から伝わって来る。
「下ですわ!」
ミアの警告と共に、日香は疾走の軌道を変え、横っ飛びに退避する。始まりの神器もテアに突き飛ばされ、大きく脇に逸れた。半瞬後、緋色の石畳が吹き飛び、今まで日香と始まりの神器がいた空間を、大地から突き上がった神威の矛が穿った。
(地中を潜って来た!)
視界の端にチラついた光景に背筋が凍る。ほんの僅か遅れていれば、串刺しになっていた。
「日香、まだだ!」
ラウの声が弾けた時、背筋を走る予感に従い、日香は再び跳躍していた。新たな矛が足先を掠めるようにしてそそり立つ。なびいた髪の一部が神威に巻き込まれて引き千切られ、頭を鈍痛が襲う。
(明らかに攻撃されてるじゃんっ……)
湧き上がった矛の表面から、長く鋭い棘が幾本か飛び出した。上体を捻り、極太の針のごとく打ち出されたそれをかわし、天威を込めた脚で蹴り付けて砕いた。その反動で後ろへ退避する。神器は神自身ではなくあくまで道具でしかないため、荒神を相手にしている時とは違い、防御や手向かいも可能なのだ。
(始まりの神器の手綱を締めないと!)
紅の鳥に意識を集中しつつ、正確にこちらの動きを読んで連撃を打ち出す神威を、後方へ飛んだ勢いのまま背面回転し、連続宙返りで避けていく。体を翻すたび、紙一重で回避した神威の余波が肌を焼く。
「しつこい――!」
「日香、お行きなさい!」
執拗に日香を追い回す神威を、無数の矢と化した藍色の天威が打ち砕いた。高嶺の援護だ。青紫がかった灰色――鋼色の天威の剣を手にしたミアが、滑り込むようにして日香の前に立ちはだかり、刃を一閃した。一直線に斬り飛ばされた矛の爆発を、天威を炸裂させた衝撃波で相殺する。
「避けろ!」
テアの声と共に、滑空していた始まりの神器が翼を翻した。その巨体すれすれを、飛来した弾が駆け抜けて行く。紅色の羽が何枚か剥ぎ取られ、宙へ四散した。中空を急旋回しながら下降し、殿舎を目隠しにする形でジグザグに低空飛行する神鳥を、乱れ飛ぶ神威が次々と襲う。
「避けろ負けるな当たるな、当たったら器が崩れるぞ頑張れ!」
『ギュ、ギュアァァ!』
巨鳥を狙って飛び回る神器に、横合いから肘鉄をかまして吹き飛ばしたテアが、始まりの神器の盾になるように併翔しながら鼓舞している。近くの殿舎に突っ込んだ神器が、低い唸りと共に急上昇し、天高くから凶悪な閃光を放つ。御稜威の弾丸掃射が雨霰と降り注ぎ、障害物となる建造物を片っ端から破砕して行った。石畳とその下にある地面が破砕し、激しい土埃が景色を覆い隠す。
「日香、大丈夫か」
高嶺に支えられて距離を取った日香は、砂嵐を突っ切って現れた始まりの神器の姿に胸を撫で下ろした。緋色と茶色の粉塵にまみれて体躯の色が変わっているが、目立った損傷はない。
「良かった、無事だね!」
『ピギュゥ!』
日香と埃まみれの怪鳥を守るように両脇に付いたティルとラウが、素早く目を見交わす。
「やっぱり始まりの神器が標的っぽいねぇ。日香も狙われてる。神器の手綱を取って暴走を抑えてるから」
「始まりの神器も狂わせ、皆で仲良く狂騒曲を奏でたいようだな。一部の過激な神器に至っては、正常さを異質と認識して破壊しようとしているようだ」
立ち込める土埃の向こうから聞こえるのは、テアとミアが叫ぶ声。
「私たちに任せて走るんだ日香!」
「神器はなるべく多く鎮めますわ!」
高嶺が日香の手を引いた。
「行こう、日香」
「はい、高嶺様」
(そう、とにかく先へ進まないと)
夫の切れ長の双眸を見て頷き、日香は足に力を込めた。
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