11.虹の神器暴走 前編
お読みいただきありがとうございます。
(何!?)
神々との交信のために膝を付いていた全員が、弾かれたように顔を上げる。黒檀のような長髪を揺らす高嶺が、色を失くした顔で呻いた。
「副都から取り寄せた神器が暴走した!」
「副都の神器と言いますと、国王の返り血を浴びたという物ですか?」
「ああ。通常の結界では心許ないゆえ、より強固な隔離結界を張り、外界と遮断した上で遠隔鎮静を試みていたが……それらがはね除けられてしまった。至高神の御稜威を宿す神器が力を炸裂させれば、不完全な天威では押さえ切れぬ」
中性的な麗姿を強張らせて問うアシュトンに首肯し、高嶺は険相を浮かべて皆を見回す。
「どうにかしてあの神器を鎮めなくては」
《皇帝家の血を持つ菖蒲の、最期の痛みと叫びに端を発してのこと。水面下でじわじわと変調が進行し、たった今爆発したのです》
荒れるレイティとルーディから距離を取り、超天からこちらを視ていた白珠が怜悧な声で述べた。鎮静の天威が爆発しようとする動きを鈍らせてはいたものの、完全には止め切れなかったという。この断定口調からすると、神器の様子も視認しているのかもしれない。
《ですが母上、これまでも至高神の神器に天威師の血がかかったことはあったはず。その際に、このような暴走を起こしたという記録は残っていませんが》
《ティル、菖蒲は人間です。皇帝家の特殊教育を受けて来たとはいえ、その精神制御力は天威師と比較すれば未熟。ゆえに、今際の時に放出された思念を神器が強く受け取ってしまい、反応も大きくなり、暴走に至ってしまったのです》
《菖蒲は天威師の実子だから、身の内に流れる皇帝家の血はこの上なく濃いわ。そのことも神器の反応を助長したのね》
疑問を呈したティルに答えた白珠に続き、黒曜も補足した。
(神格を解放してる祖神方なら、至高神の神器も鎮められるはずだけど……)
直近の御代では、彼女たちが皇帝として地上を守っていた。黒曜はともかく、白珠は人への愛着が強い方だっだ。かつて女皇として凛と立っていた義母の姿を思い出した日香だが、その幻影を吹き散らすようにもたらされた言葉は無情だった。
《此度の暴走は、超天や至高神側の手落ちもしくは不手際が原因ではありません。ゆえ、私たちが神器の鎮静や停止、無効化を行うことはありません。やりたいならばあなたたちが行いなさい》
(……やっぱりねー)
予想していた返答に、胸の奥から嘆息が漏れる。そんなに都合良く事が運ぶはずがない。
《こうなれば、皇宮か帝城にある別の至高神の神器を副都の神器にぶつけ、威力を削いだところで天威師総がかりの鎮静化をするしかない。副都の神器は非常に歴史ある物であり、立国への慶賀の意が込められた特別な物だ。破損させる可能性がある手荒な方法は避けたかったが、やむを得ない》
秀峰が苦渋の面持ちで言う。外部の者が聞けば、そのような方法があるならば早くやっておけと思うだろうが、これは最終手段だった。神器に神器をぶつけて力ずくで鎮めれば、鎮静化が成功してもどちらも破損する可能性がある。
常であれば、破損程度で祖神の不興を買うことはない。だが今回は、菖蒲の死という最大級の凶事が付与されている。それだけでも機嫌を急降下させるであろう祖神たちに、かつて建国祝いとして皇祖に下賜した心尽くしの神器まで壊れたと伝えれば、最悪、それが最後の引き金になって完全なる怒りに火を点けてしまう恐れがあった。
ゆえに、思い切った強引な手段は取れなかったのだ。しかし、もうそんなことを言っていられる状況ではなくなってしまった。
(そうだね、力ずくで鎮めるしかない。でも、その結果神器が壊れて、祖神方の憤怒を決定付けちゃったら……だけど、このままじゃどっちみち暴走神器の御稜威で地上が焦土になるんだから)
あちらを立てればこちらが立たない。だが、片方は明確に終焉一直線、もう片方は甚大な危険性があるが破滅確定まではいかないのであれば、後者に賭けるしかない。
(破損無しで神器を鎮められるか、破損しても祖神が怒らない可能性も残ってるんだから。もしそうならなかった時は、私たちが落命覚悟で鎮めるしかない。天威師は怒れる神を宥めるためにいるんだから。次世代の太子たちは残して、私たちが命と引き換えに総出で鎮撫すれば何とか……)
もはや残された道はそれしかないと、全員が腹を括りかけた、その時だった。
ドン、と地の底から突き上げるような揺れが襲った。
ありがとうございました。




