10.超天が揺れる 後編
お読みいただきありがとうございます。
《ただし、天の神であれば、神罰や神恩を与える形で大幅介入をすることも可能である。……世界王としての大任を果たした愛しい身内に神恩を授けるという体で、皇国王を蘇生させるか、その魂を癒やし、覚醒させてここに連れて来ることはできましょう。御意向は如何に》
台詞の中盤以降は、至高神たちに向けられたものだ。その方法で神々が動けば、菖蒲をここに呼べる。実は菖蒲が心の底では世界を恨んでいた、あるいは死に際にこの世への鬱憤を覚醒させたということがなければ、祖父たちを宥めてくれるだろうが……。
《そうまでしてあの子を引きずり戻すつもりなどないよ。幼少のみぎりより散々悩んで、葛藤して、最後まで苦痛に喘ぎながら散った魂がようやく眠りに入れたというのに、叩き起こせるはずがない。蘇生など論外だ。あの子を不要だと断じて殺傷した世界で、なおも生きよと言うつもりはない。このまま自ずと傷が癒えるまで、安らかな夢の中で眠っていれば良い》
《承りました。なれば我ら天界の神々もその御意に添いましょう》
ぼんやりと佇む息子を一瞥したルーディが、曾孫の蘇生ないし魂の召喚に否を唱えた。白珠と黒曜、他の至高神たちも一様に首肯する。その応えを受けた禍神が、下の神々も倣うと告げた。
(それが祖神方の御意思……だったら無下にはできない)
当事者の菖蒲がどう考えているかは定かではない。彼女の魂を癒して覚醒させ、神の眼で本心を見通しながら、生き返りたいか否かを聞いてみる方法もある。だが、祖神たちはそれを望まない。このままゆっくりと眠って欲しいと願っている。彼らには彼らの意思がある。
(神々が菖蒲の蘇生を望んでいれば、天の意思を理由に生き返らせることもできたけど。実際はむしろ逆ってことだね)
こうなると、『皇国王の予定外の逝去により天が怒っているので、神のお怒りを解くための手段として、蘇生や死亡取り消しをする』という言い分を掲げることもできない。それは天の意向とは真逆を行くからだ。
仮に日香たちが情を捨てて菖蒲を呼び戻し、皇帝家に生まれた者の責として最期まで天を宥めるために力を尽くせと言えば、そちらの方が祖神たちを刺激してしまう。むろん、悪い方にだ。
(菖蒲の死亡はもう確定だ)
秀峰と月香の様子を窺うと、どちらも無表情だが、ほんの僅かに肩の力を抜いているようにも見えた。二人も同じ想いなのかもしれない。愛娘にもう一度会いたい気持ちはあれど、それ以上に、このままゆっくり眠ってくれた方が良い、と。
《天威師及び聖威師は、今の現状を維持した上で神鎮めを行いなさい》
厳かな託宣を述べた火神が、烈火の意思を宿す真赤の双眸で地上を見下ろした。後方に佇む焔神とフルードが、心配そうな眼差しでこちらを視ている。
《父上、祖父上……》
意を決した秀峰が呼びかけようとする。レイティとルーディを含めた祖神たちは、超天にいる。神格を抑制した天威師は天に昇れないため、地上から力の限り声を張り上げて届けるしかないのだ。
それもあり、超天や天界にいる神の鎮めは、地上に降臨して怒っている神を宥めるより遥かに難易度が高い。直に対面して鎮撫できず、幾重もの次元を超えて声を届けなければならないからだ。
《菖蒲、菖蒲、あやめ》
繰り返し孫の名を紡ぐレイティが、ふと視線を動かし、自身の肩にかけている外套を見た。橙色の中に翠が踊るそれは、数年前に菖蒲が織ったものだった。王族の務めの隙間を縫って織り上げた大きな外套を、祖父の生誕祝いに渡したのだ。
――お祖父様、おめでとうございます。お祖父様のお色に、帝祖様の化身とされる龍を入れました。お体に気を付けて、ずっと元気でいて下さい
――ありがとう、菖蒲。お前もこのまま長生きして、幸せになってくれ
はにかむように笑って差し出された包みを受け取り、レイティは孫娘を愛おしそうに撫でていた。
白く長い指が外套に触れ、引き下ろす。肩からスルリと外れた布が、風を孕んではためきながら翻った。今はもう孫娘が遺した形見となった品を抱いて膝を付き、独り言のように呟く。
《俺の孫を貶め、殺した世界……。俺はずっと、皇帝として……こんな世界を後生大事に守って来たのか》
レイティのその言葉が引き金となり、莫大な神威が超天で逆巻いた。寸前、白珠と黒曜が冷静かつ迅速に飛び退って距離を取る。息子と同じ荒神であるルーディは、退くことなく側にいた。二柱の荒神の怒りが呼応し、互いを高め強め合うように勢いを増していく。
フルードが息を呑み、焔神と泡神、聖威師の主神たちが眉宇を寄せている。これはまずいと顔に書いてあった。
《お待ち下さ――》
ラウが身を投げ出す勢いで鎮めの言葉を放ちかけた。だがそれを遮り、彼方で轟音が響く。押し込めていた龍が飛び出して暴れるがごとく、絶大な神威が迸った。
ありがとうございました。




