9.超天が揺れる 中編
お読みいただきありがとうございます。
(お義母様、お義祖母様……も、無理か)
一縷の望みを賭けて白珠と黒曜を見るが、すぐに無駄だと気付く。常であれば自らの夫や兄を宥めてくれる彼女たちも、今回ばかりはレイティたちに同調している。冷ややかな面差しが、万の言語よりも雄弁にそう述べていた。無理もない。白珠と黒曜も菖蒲を心底から可愛がっていたのだから。
(まずい、まずい……他の祖神も怒ってる。リラ叔父様もサナ叔母様も、志帆叔父様も透石叔母様も、いとこたちも皆。顔がマジ切れしてる)
《国王が死ぬ前まで時間を巻き戻させていただけませんか。世界全体の時間を遡及させても、国王個人の時間を遡らせるのみでも構いません。人々の記憶は辻褄が合うよう修正するか、適当な筋書きを作成して上手く説明すれば良いのです。あるいは聖威か天威で蘇生させれば》
《ならぬ》
決死の形相で発されたライナスの提案を、火神が無慈悲に退けた。
《そのような都合の良いことはしてはならぬ。天威や聖威及びその他の手段を用いての皇国国王の蘇生ないし、死亡の事実を無かったことにする行為、それらに類するものは一律禁止する》
《同意だ。そういった行いは天威師と聖威師の領分から逸脱する》
賛同したのは水神だ。流麗な声がやんわりと、しかし明確に提案の棄却を告げる。
《例え皇帝家の一員であろうとも、国王自身は人間だ。国王を害した者たちも同じく。暗殺の犯行現場となった場所は地上。となれば、本件は地上で起こった人間同士の事案になる。神人分離の原則で神格持ちは干渉しない》
《左様。超弩級の天災のように、人の力では抗せぬことでもなかった。警備や官人たちがもっと気を付けていれば、防げたことだ。その点からも聖威師の出動範囲に当たらぬ》
《そうね。神が直接関与している神罰や神怒などの案件であるか、より浅い範囲の干渉であれば、良しとしたかもしれないけれど。神とは無関係なところで発生した今回の事案で、死者を蘇生させるという最大級の介入をしたいという要望には、許可を出せないわ》
水神に続き、地神と風神も相次いで述べた。やはり駄目か、という表情で美貌を歪め、ライナスが無言で一礼する。却下されることは予想できていたのだろう。
なお、天界には三角獣という高位の霊獣がおり、その角からは死者をも蘇らせる秘薬を精製できる。だが、彼の獣は地上には生息しない上、たった今蘇生自体を禁止されてしまった。
禍神が唇の端を持ち上げ、何かを視認するように涅の双眸を虚空にさ迷わせる。
《同様の理由により、我らや至高神方が国王を蘇生させることもない。徴を持たぬ徒人であった皇国国王は、死後は一般人と同様に転生する》
菖蒲は先祖返りを起こさず、徴を発現させてもいなかった。それでも王に選ばれたのは、連綿たる努力を重ね為政者の素質を持ち、即位に適当な年回りでもあり、何より皇帝の実子かつ太子の姉であったからだ。
王族は血が近いほど天威師に目をかけられるため、菖蒲が王になれば皇帝と人間の間に太い繋がりを得ることができる。三千年の歴史の中では同様の前例もあったことから、菖蒲の即位は問題なく受け入れられた。
とはいえ、霊威を持たぬ徒人である事実は変わらない。徴を発現しなかった者は、死後は新たな肉体を得て次の世へ生まれ変わる。その際、前世の記憶は基本的には失くす。それは皇帝家に生まれた王族も同じだ。天威には覚醒せずとも徴を出していれば、死後は神使として天に昇るが、そうでなければ一般人と同じく転生する。
神によほど気に入られれば、徴が無くとも特例で天に召し上げられることもあるが、菖蒲はその例外には当てはまっていない。
《ゆえに皇国国王の霊魂は既に骸を離れ、転生の輪に乗っている。だが、最期の瞬間に大きな衝撃を受けたことで魂が傷付き、眠りに付いている。輪から降り、次の世に進むまでにはまだ時を要することだろう》
(だから私たちも、菖蒲の魂を呼び戻してどうこうはできないんだよね。傷付いて眠りに入ったばかりなのに無理矢理起こして、万一傷が深くなったりでもしたら事態が悪化するだけだもん)
レイティとルーディを宥める方法として効果的なのは、菖蒲の魂を連れて来て最期の別れの場を設けることだ。蘇生まではできずとも、彼女自身の口から世界と人間を恨まないで欲しいという嘆願を伝えられれば、愛する身内の最期の願いに応えてくれる可能性は高かった。
……覚醒できなかった御子として陰口を叩かれ、自身も煩悶を抱えていたであろう菖蒲が、それでも周囲を恨んでおらず、死後もこの世界を助けるために動いてくれる、ということが前提になる方法だが。
しかし、菖蒲の本心がどうであれ、このやり方はどのみち使えないのだ。彼女の魂は眠りに入っている。大怪我をしている状態のそれを起こして無理をさせ、最悪魂自体がどうにかなってしまえば、完全に逆効果になる。
(天威で癒やすことはできるけど、根っこの部分から傷を負った魂を治癒するのはかなり深い範囲での干渉になるから、多分認められない。だから菖蒲の魂に協力してもらうのは無理)
魂へのテコ入れは、表面上の容れ物である肉体への干渉より深いのだ。致命傷を治癒するような大きな関与であればなおのこと。
そんなことをツラツラ考えていると、再び禍神が口を開いた。
ありがとうございました。




