8.超天が揺れる 前編
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《《あやめがしんだ?》》
四つの声が綺麗に重なった。天と交信するための部屋に入った日香たちの脳裏には、超天と天界の光景が映っている。
虹の絶域たる超天では、春の温みを帯びた湖水色の瞳が、二対仲良く転瞬している。レイティとルーディは、同じ色の碧眼を持っているのだ。彼らの背後では、瓜二つの麗姿を持つ白珠と黒曜が白皙の面から色を失くしている。重なった四つの声は彼らだ。
《ほぅ、それはまた……》
《少し早すぎるね》
天界では、居並ぶ最高神たちが視線を交わし合い、火神と水神が呟いている。後ろで静観している焔神フレイムや泡神フロースが険しい顔で耳を傾け、今や天の神に加わったフルードが澄み切った目を見開いていた。
《はい。こちらとしても誠に遺憾なことながら》
《新王の選定も含め、人間側が急ぎ対応を行っております》
報告を上げるラウとライナスが紡ぐ、起伏のない声が虚ろに響く。秀峰と月香は表情を変えない。この場にいる誰一人、動揺の欠片も垣間見せない。必要に応じていつ何時でもそうあれるように、自身を自在に切り替えられるように、胎児の頃から訓練されているからだ。
《なんで》
感情も色も温度も削ぎ落とした声で、ルーディが聞いた。
《寿命のはずがない。曾孫ちゃんの天寿はずっと先だった。急病――いや、あの子は持病を抱えてはいなかったはず。伝染病なら高位の霊威師か高等霊具で治せる。他の要因といえば、事故による即死? 災害現場の視察中か、移動中に何か起こったか……》
今までの王族たちの死因を挙げる祖父に、ラウは浅く息を吸い込んでから答えた。
《暗殺です》
《暗殺? 誰が、何故?》
《菖蒲は王族の価値を否定する過激派によって殺害されました》
《詳しく。判明している事実と推測を、正確に、漏れなく》
下された神命に、神性を抑えた天威師と聖威師は逆らえない。起こったこと、あったこと、分かっていることを、くまなく話す。
全ての話が終わった時、落ちたのは沈黙だった。耳が痛い、どころではない。心臓が錐で突き通されるような痛みを孕んだ空気が、ピリピリと肌を刺す。
《王族は……我が孫は不要。それが全人類の総意か》
《人間を代表して鉄槌を下した、ねぇ》
不自然なまでに乾いた声で述べたのは、レイティとルーディだ。
《いや、首謀者たちが勝手にそう吐かしているだけでしょう》
《現実的な話、本当に人間全員に意思確認したはずがありません。意思疎通ができない乳幼児や高齢者、昏睡状態の者もいるのですよ》
すぐさま異論を述べたのは、焔神と泡神だ。人間に味方しているというより、地上を守る聖威師のことを慮ってフォローしようとしている。ふふ、と笑声が響いた。悪神の長にして影の最高神とも称される禍神だ。
《そのようなこと、大切な者を奪われた側が斟酌することではない。重要なのは、事実として国王の命が奪われ、文書にその内容が明記されているということだ。文句があるならば、声明文を書いた者に申し立てるべきだ》
《ですが禍神様……》
《あやめがしんだ》
食い下がる焔神の声を断ち切り、レイティの声が虚ろに反響する。
《あやめがしんだ……ころされた》
茫洋と虚空を見つめる眼差しの中に、火花が爆ぜる。それは瞬く間に瞳全体に広がり、虹彩が温かな水色から血涙の赤に変わる。ルーディも同様だ。佇む他の至高神の中で、金髪碧眼の者たちも。菖蒲から五代以上を優に隔てた祖神にとっても、菖蒲は『愛する末裔が大切にしている存在』という点で大事な者だったのだ。
(まずい……やっぱりこうなった)
冷たい汗が背中に滲む感覚を覚えながら、日香は義父と義祖父の様子を窺った。
(昔、庶子だった頃の義兄様が暴行されたと知った時にも、お義父様は実行犯に激怒した。超天のお義祖父様も。だけどあの時は、何だかんだあっても義兄様は天威師に覚醒して心身ともに回復したし、こんな訳分かんない声明文も無かった)
壮絶な苦痛を体験したとはいえ、当事者の秀峰が全快し、元気な姿を見せて、必死でレイティとルーディを止めたことで事なきを得たのだ。
(でも、今回は違う。菖蒲が死んじゃった。命が失われちゃった。もう取り返しが付かない。義兄様の時もあったから二度目だし、犯人たちが勝手に書いただけだとしても人類の総意とか宣言しちゃったから、人間全体に対して怒る理由までできちゃったし。……今回は駄目だ)
レイティとルーディが怒りを収めることはない。それが分かってしまった。
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