5.皇国国王の訃報 前編
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その一報が、世界を揺るがす騒動の狼煙となった。
「何故だ」
皇宮にある謁見の間。端的に聞いた秀峰の声は、常と変わらず静かだった。隣の玉座に座す月香も。にも関わらず、段下に平伏する使者は、雷に打たれたように体を強張らせる。
「は、はっ……皇帝様に申し上げます。神千皇国国王、菖蒲様が御薨去あそばされました」
皇国と帝国においては、天威師及び色持ちの聖威師の昇天を崩御、色無しの聖威師の昇天を薨御、世界王の死を薨去と表する。
「それは既に聞いた。何故そうなったのかと、理由を問うている」
「も、申し訳ございません。副都に到着された国王様は、街の視察と打ち合わせを行われ、一晩の休息の後、早朝より祭祀に取り掛かられました。その途中で賊が侵入し、王のお命を……。皇祖様の神器が安置されている聖なる泉にて、祭祀の始まりとなる禊を行っている際、狙撃されたとのことです」
鎮痛な面持ちで言葉を振り絞る使者が、噛み締めた奥歯の間から続きを発する。
「放たれたのは、胸に命中した一発。致命傷でしたが即死には至らず、国王様はその場でしばらく苦しまれたそうでございます」
「警護及び守護霊具、治癒霊具などは何重にも配置していたのであろう?」
「もちろんでございます。しかし、皇宮ではなく副都の方で編成された警護隊と、離宮に詰める官僚や女官の中に、内通者及び協力者が複数おりました。その者たちが、実行者の手引きと霊具の無効化を行ったもようです」
皇宮から付けられた護衛部隊と、副都から手配された部隊が、合同で護りに付いていたという。補佐役・世話役の官吏や女官たちも同様だった。過密な行程で進む祭祀では、副都の地理や離宮内部に精通した地元側の協力も必要になるためだ。
「国王を殺害するに至った動機は?」
「はい、朱月皇后様。こちらに犯行声明と思わしき書状を押収しております」
恭しく差し出された用紙に、秀峰と月香が目を走らせる。共に居並ぶ日香や高嶺、緊急報告とのことでで帝城からやって来たティルたちも、遠視や透視で内容を確認した。
(天威に覚醒できなかった無能な御子など不要。これは全人類の総意である。人間の代表として、無価値な国王に鉄槌を下す。菖蒲とはすなわち殺めであり殺められるべき者だ。……最悪)
ざっと中身を要約し、胸中で呻く日香の耳に、淡々とした秀峰の言葉が流れ込む。
「王族は無能でも無価値でもない。国政を行う大役を担う者として、地上に必要な存在だ。我ら神格持ちは天の規則により、人世の統治ができぬのだから。それは民にも周知の事実であろう?」
「仰せの通りにございます。しかし、皇帝様方のご威光があまりに輝かしく、王族を天威師様になれなかった存在と見なす者も一定数おりまして……そういった思想が著しい者たちが結束し、此度の凶行に及んだと思われます」
(そうだね。義兄様も庶子だった頃は散々に言われてたもん。私だってすっぽん時代はそうだった。私の両親も色々囁かれてたし)
苦い思いで、日香は書状を睨んだ。菖蒲のことを、天威師に覚醒できなかった無能だと蔑み侮蔑する、一部の過激派の犯行だったということだ。
(かと言って、私たちが菖蒲を付きっ切りで守ったり、常に結界張ったり遠視で見守ったりとかは無理だし。どの時代の皇帝たちも、王族を守ることでは苦労してたもんね)
秀峰の身に起こった事件を踏まえ、菖蒲はできる限り天威師の近くに置いていた。だが、神格持ちは特定の人間に深入りできない。神格を持つ者は地上には原則干渉しない、という神人分離の原則があるからだ。
王族は皇帝家の一員であり、一般人とは異なる立ち位置にいるが、それでも人間である。いくら目をかけていても、情を抱いていても、一線を越えた特別待遇をすることはできない。
天威師は言動の制約がとても多い。絶大な力や権能を有してはいても、それを発揮できないことの方が遥かに多いのだ。
ただし、当たり前の話だが、神人分離と言っても正当防衛は認められる。人間や地上側に危害を加えられそうになる、反乱を起こされる、などがあれば、防御や反撃は可能だ。その場合、天威師はあっさり地上に愛想を尽かして即時昇天してしまうだろうが。
(精々、一緒に散策したりお茶会に呼んだり、仲良いところを見せ付けたりして、遠回しに周りを牽制するくらいしかできなかった。だけど、他の土地に――副都とかにいる人たちは、そういう場面を見てないから……私たちが菖蒲を大事にしてるって今一つ伝わってなかったのかも)
天威師に近しい王族はより強く目をかけられる。これは貴族ならば知っているはずだが、実際にその場面を目撃していなければ、実感として分かりにくかっただろう。知識として知っているだけで真に理解できていなければ、自身の思い込みで都合良く上塗りされてしまってもおかしくはない。
(だけど、まさか義兄様の時以上の事態になるなんて。二代続けて最悪の例外が起こっちゃった……)
その間にも、秀峰と使者の問答は展開されている。
「警護や離宮内部に配下を送り込めるならば、それなりの地位にある者が関与していたということか」
「はい。首謀者は祭祀に列席していた、副都在住の地方貴族でした。実行者や内通者共々、事が成った後は抵抗や逃亡、隠蔽をすることなく粛々と捕縛され、自供しているとのことです。曰く、最初から死罪覚悟でやったと」
「その者たちは表向きの罪を被るために用意された捨て駒で、裏に黒幕が潜んでいる可能性は?」
「むろん、そちらの可能性も踏まえて捜査を続けてはおりますが……過去視や自白、真偽確認などの霊具を駆使して調査しても、彼らの言に偽りは確認できておりません」
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