6.皇国国王の訃報 後編
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秀峰と問答を交わす使者が、袖で額の汗を拭った。
「調べたところ、主犯の貴族は不死の病に侵されていました。跡取りはおらず養子も迎えておらず、自身の代で家を畳むつもりだったようです」
「それで?」
「元々王族を軽んじる過激な思想を有していた貴族が、どうせ先がない身ならばと開き直り、同じ思想を持つ者たちを集め、自爆覚悟で計画を立てたのではないかと思われます」
皇国の王は一年に一度、副都へ赴き、定例の祭祀を行う。主犯貴族が昔からそれに参列していたならば、祭祀の段取りや内部の席次、警備配置などの情報も頭に入っていたはずだ。それを元に計画を練り上げることはできただろう。
なお、帝国の王は一月遅れで副都へ行く。地上全土を切り回す世界王が、同じ日に都を留守にする事は避けた方が好ましいとして、あえて日取りをずらしているのだ。
「この犯行声明も貴族から押収しました。元々取り調べの者に渡すつもりで用意していたのでしょう」
ティルがハッと唇をゆがめた。碧海の双眸が赤みを帯び、瞳の中に火の粉が舞っている。帝家の者は、怒りや憤激、辛苦や悲しみが高まると瞳を赤く染める性質を持っている。
「そんなに王族が憎いか。人の身で地上全土の統治と運営を背負い、日々奮闘している存在を、よくもここまで蔑めるものだ」
「こ、皇帝様方、及び太子様方におかれましては、この度は誠に……」
「やめよ。言っても詮無きことだ」
獰猛な気性を持つ帝家の怒りに、使者が震え上がる。絞り出すように紡がれた弔言を、秀峰が遮った。
「今は捜査と並行し、これより先の皇国の舵取りのことを考えよ。我ら天威師は国政に携われぬ。急ぎ皇家と帝家の王族を集め、新しき皇国王の即位も含め対応を進めるのだ。国営を停滞させ、無辜の民にしわ寄せを被らせてはならぬ」
「王族方には、別の官吏がご説明申し上げております。先ほどから念話で進捗を確認しておりますが、暫定で先代国王様……朱月皇后様と紅日皇后様のお父君が重祚なされ、急ぎ次の皇国王を決める方向で進んでいるようです」
皆の視線が日香と月香に向いた。月香が顔色を変えることなく告げる。
「次期王の選定も含めた国政は人間が判断すること。王族の判断に任せます」
「承知致しました。国王様のご遺体は、検分などの措置が終わり次第、皇都へお運びいたします。また、一月後には帝国の国王様も副都へ行かれる予定でしたが、急遽延期になっております」
当然の判断だ。日香たちは無言で首肯した。使者は一度深呼吸し、言の葉を紡ぐ。
「それから、皇帝様方におかれましてはご存知のこととは思いますが……先ほども申し上げました通り、国王様が凶弾に倒れられた泉には、皇祖様が天の祖神様より御下賜されたと言われる神器がございました。国王様はその前で禊を行われておいでだったと」
「ああ。国が創建され、初めて都を開いた祝賀として賜った神器ゆえ、都が移転した後もその地に残されている」
それが何だと言わんばかりに、高嶺が応じた。地上に数ある神器の中で、至高神の神器は皇帝家が管理している。一部は大公家及び一位貴族、その分家に貸与されてはいるが、正式な所有者は皇帝一族だ。
「国王様が銃撃を受けた際、飛び散った血が神器にも付着したそうです。先述通り、即座の御薨去ではございませんでしたので……苦しみながら幾度か吐血され、それらの血も全てかかったそうです。その時から、神器の周囲の空気が変わり、何やら不穏な気配が泉を席巻していると……」
(は!?)
口元にかざしていた扇の陰で、日香の口がぱかっと開いた。
「それを早く言え!」
ラウが言い、天威師たちがにわかに慌ただしくなった。秀峰が玉座から立ち上がり、玉声を放つ。
「確認のため、副都の神器をこちらへ転送する。状況に応じ、皇宮及び皇都の民の緊急避難を行う可能性もあるゆえ、神官府の聖威師とも連携しつつ対処を行う。そなたたち人臣は、火急の指示がない限り、引き続きの取り調べと各所への報告、皇国王の葬儀、次期王の選出等の国営にかかる諸事を滞りなく進めよ」
「畏まりました……」
同族の訃報を聞きながら、涙の一粒どころか眉一つも動かさない天威師たちに、使者が呆然としている。
だが、日香たちにとっては驚くこともない光景だ。皇帝家と大公家、一位貴族の者たちは、早ければ受精卵、遅くとも胎児の頃から専用の教育を受ける。例え我が子や実の親が目の前で拷問されていようとも、それを見て内心ではどれだけ血涙を流そうとも、表面上は優雅に笑いながら食事をすることができる胆力を育成されるのだ。
それでも、人間の頃はまだ動揺することもあるが、天威師や聖威師になれば、完全に外面を取り繕えるようになる。日香と出会ったばかりの頃はおどおどビクビクしていたあの当真とて、いざとなれば己を豹変させていた可能性は高い。
ただ、中には何らかの事情で教育が不完全となり、十分な自己制御ができない者も出る。当代の帝国王、宗基家の前当主豪栄と彼に囲い込まれて育てられた花梨、数代前のノルギアス大公家の当主などはその良い例だ。
「消沈している暇はない。自身がやるべきことを為せ」
頭を下げて項垂れる使者に述べ、秀峰は月香を伴って謁見の間を出た。マナと桔梗、そして日香たちも続く。誰も表情を崩さず、狼狽えもしない。例え胸中では滂沱の涙を流していようとも。
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