4.泡沫の幸福 後編
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「えへへ。だって美味しかったんだもん。日保ちがするお菓子を作って時々届けてくれるんだってさ、焔神。愛妻家だね〜。あの時はリーリアちゃんも来られて良かったよね。予定してた務めが早く終わったんだって。最近、神器の暴走と神荒れが減って来てるから、聖威師たちも楽になって来てるみたいだよ」
「平和なのは良きことだ。神が荒れる頻度が減って来たことで、天威師も暇になりつつある」
「暇とか言うな! 余裕ができたと言え!」
高嶺の言葉に突っ込む秀峰の言葉に、羨ましそうなティルの声が重なった。
「良いなぁ、焔神の菓子なら父上の手料理と同レベルに絶品じゃん。俺も父上とお祖父様に頼んでみようかな、保存食作って送って下さいってさぁ」
「きっとすぐ送ってくれますよ。……そうだ、今度また皆でお茶しましょう! 天威師と聖威師全員で!」
名案だとばかりに、日香は声を弾ませる。月香が小さく唇を綻ばせた。
「今までも幾度かしているものね。前は菖蒲も参加して、皆で話に花を咲かせたのだし」
「そうそう。神格持ちの会合みたいな感じでさ、神官府のどこかを会場にすれば良いんだよ。神官府は皇宮と帝城にあるんだから。何かあったら緊急念話を飛ばしてもらえばすぐ駆け付けられるし」
「良い考えですね。招待状をお送りしますので、菖蒲お姉様もご都合が付くようでしたら、またご参加下さい」
桔梗が姉を誘った。菖蒲からすれば肩身が狭い提案かもしれない。だが、こうして折に触れ、天威師が菖蒲を気にかけていると公に示せば、人間たちへの牽制になる。遅咲きであった秀峰が、天威に覚醒できぬ出来損ないと蔑まれ、惨い扱いを受けたことへの教訓だ。
霊威が第一であり、それ以上に神が絶対視されるこの世界で、天威師になれなかった王族が陰口を叩かれることは珍しくない。
とはいえ、それは一般の貴族や神官の家系でも同様だ。霊威が弱ければ、あるいは徴を発現しなければ外れ扱いされる。建国よりずっと以前から、そのような考え方が人世全体で確立されている。人の領分に首を突っ込めない天威師にはどうにもできないことだ。
皇帝家にもその波は及んでいたが、それでも従来の歴史において、秀峰の時のように凄惨な虐めにまで発展することはほぼ無かった。神が絶対であるこの世で、天威師を身内に持つ王族に、実際に何かを仕掛ける馬鹿はそういない。秀峰の事例は、あくまで常軌を逸した例外だったのだ。
菖蒲の周囲には天威師の目があり、頻繁に交流していることを見せ付けておけば、周囲も内心では思うところがあったとしても、表立って手出しはできない。天威師に告げ口されれば終わりだからだ。
「はい、喜んで。また聖威師方とお話しができるのは嬉しいですわ。アマーリエ様とリーリア様とは、四阿でも数回ほどご一緒させていただきましたの。お父様が教えて下さった場所ですわ」
凛とした眼差しで首肯する菖蒲は、こちらの意図を正しく汲んでくれている。かつては天威に覚醒できないことで焦り、打ち沈み、己を責めていた彼女は、『天威師となろうが人間であろうが、菖蒲は自分たちの大事な娘だ』という両親の言葉で何かを吹っ切った。
今は人世を切り盛りする王として、直接地上を統治している。天威師にはできない大役を担っているのだ。全ての国々の頂に君臨する皇国王と帝国王は世界王とも称され、人間界を統べる存在となる。
「そう言えば、前に話していたな。アマーリエにもあの四阿を教えた。居心地が良いのだが見えにくい場所にあり、人が来ない穴場だ。あの子もあそこに行ったのか」
「ええ、三名で菓子など摘みながら歓談しました」
「それは良かったな」
秀峰が柔らかく微笑んだ。同胞だけにしか見せない顔だ。
(義兄様、嬉しそう。アマーリエちゃんには、私と義兄様が何度か力の使い方を教えたこともあるもんね。口には出さないけど相当大事にしてるもん)
「大公家及び一位貴族の聖威師様方とも親しくさせていただいています。お茶会の際は、皆様に副都での土産話などさせていただければと思います」
そう言って晴れやかに笑う菖蒲は、甘いものが好きだ。幼い頃、日香が持って行ったふわふわの綿菓子を食べた時には、天威に覚醒できない重圧を束の間だけ忘れたような笑みを見せてくれた。あの幸せそうな顔は、きっと生涯忘れない。
「そうか。待っている。そなたは自身の仕事を果たして来るのだ」
「話を聞けるのを楽しみにしているわね」
秀峰と月香が優しく応じた。
「茶会では、父上と祖父上に茶菓子を作って転送していただけば良い。お二方とも菖蒲のことを心底愛おしんでおられる。快く応じて下さるだろう」
「ラウお義兄様、それ良いねー。せっかくなら焔神にも作ってもらって味を比べてみようよ」
「味比べね……日香はただお菓子がたくさん食べたいだけでしょう」
「えへ、バレちゃった月香?」
「そなたは食い意地が張りすぎだ」
ペロッと舌を出す日香を、秀峰が軽く小突く。天威師たちと菖蒲がそろって笑った。
それからは、副都の名産品や特産物の話題で盛り上がる。初代皇帝たる皇祖と帝祖が最初に都を開いた地が、現在の副都だ。以降、災害や地形面などの諸事情により幾度か遷都を行ったが、出発点となった聖地は副都として残された。当然、歴史や由緒ある品々も多く残っている。
(副都にある離宮は、温暖で過ごしやすい所だよね。元々はあそこが皇宮だった関係で、至高神の神器も置いてあるから空気が澄んでるし)
天威には覚醒しなかったとはいえ、皇帝の実子であり皇帝家の血を色濃く引く菖蒲にとっては、至高神の力の側は居心地が良い場所だろう。
(ちょっとした養生にも良いかも。菖蒲も疲れてるだろうし、少しのんびりしてくれば良いんだよ。そうだ、お茶会では菖蒲の結婚話も出るかな。22歳になったし、もう本腰入れてお婿さんを選ぶ時期だもんね)
誰もが思い込んでいた。しっかり者の菖蒲は恙無く公務をこなし、今日と同じ顔で自分たちの元に戻って来てくれると。
翌朝、皇国王は年に一度の祭祀のため、副都へ出立した。
――有明の月が冴え冴えと輝く副都の清冽な空気を、幸福と未来を破砕する銃弾が引き裂いた。
ありがとうございました。




