3.泡沫の幸福 中編
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(お義父様、お義母様、叔父様に叔母様、いとこたち……皆もう、ここにはいない)
レイティと白珠、彼らの弟妹たちやその子どもたちは、皆昇天し、祖神の一柱となっている。天威師が地上に留まることができる上限年数を迎え、否応無しに還ることになった者もいれば、始まりの神器を光らせることができなくなり、強制昇天となった者もいる。
地上と人を守りたいという想い想いが尽き、始まりの神器を光らせることができなくなれば、天威師は地上にいる資格を喪うのだ。
――ごめんね、もう無理みたい
――最後まで一緒に進めなくてごめんなさい
――天からあなたたちを見ているから
始まりの神器が反応しなくなり、もはやこれまでとなった者たちは、それでも許される最後の最後の一瞬まで、天威師としての務めを果たし続けた。どうせもうすぐ逝くからと、高難度の神鎮めを一手に引き受け、少しでも日香たちに楽をさせようとしてくれた。文字通り身を粉にし、力を削り、魂の全てを賭して。
そして、強制昇天の瞬間には、哀しい笑顔で日香たちの手を取りながら消えていった。日香たちは心から笑い返して彼らを見送った。自分たちが還ったら超天で会おう、と言って。
こればかりはどうにもならない。皇帝家の徹底教育と天威師の精神力を以って、表向きの言動や浅層心理を完璧に取り繕い、人間を守ると叫んだとしても。魂の奥底に本物の気持ちが無ければ、始まりの神器に光は灯らない。心の奥までは誰にも操作できない、自分自身にすら変えられない。
根本的なところで地上への愛が無いのは当然だ。神は本来、同族しか愛さない存在なのだから。彼らはその中でも精一杯頑張ってくれた。滞留上限を迎えた者も、地上への愛着が尽きた者も。今際の時まで天威師として務めをこなし続けた。
(……あっ)
唐突に閃いた日香は、しんみりした空気をえーいっと叩き割るように明るい声を出した。
「違うよ、まだいるじゃない、家族。ほら、聖威師たちがいるよ!」
途端に全員の顔が明るくなった。春のそよ風が吹き抜けたかのように、場の空気が軽やかに変じる。
「ああ、そうか……そうですね」
弾んだ声を上げるマナに続き、皆が続く。
「この前、ランドルフとルルアージュとお散歩しましたの」
「当利と祐奈も元気そうだった!」
エーネとユナが笑う。身内にしか向けない、素のままの顔で。現職の聖威師は有色の神格を持っている。転化すれば至高神となる彼らは、日香たちにとっては本当の意味での身内――真なる同胞なのだ。ゆえに、公使を問わず交流を重ねている。
なお、彼らの台詞に出て来たランドルフとルルアージュはフルードとアシュトンの子、当利と祐奈は当真と恵奈の子である。それぞれ大公家と一位貴族の跡取りだ。全員、まだ12歳前後の少年少女たちである。
「アシュトンたちも時折来てくれる」
「当波と務めが重なった際、つい話し込んでしまった」
ラウと高嶺が目を細めて言う。日香もにぱっと笑った。
「私と義兄様もね、佳良とアマーリエちゃんとお茶したの」
思い浮かべるのは、金髪碧眼の若い女性。ミレニアム帝国当代大神官、アマーリエ・ユフィー・サード。フルードの兄であり、四大高位神が一、火神の御子神たる焔神フレイムの愛し子にして妻だ。
霊威の弱さゆえに家族から冷遇され、過酷な幼少期を送っていたアマーリエだが、フレイムに見初められて光明が差した。聖威師となった後はフルードの下で後継として鍛えられ、地上最後の奥の手となる特殊神器の暴走を食い止めたフルードの昇天に伴い、少し前に大神官位を継いだ。
その性格は朗らかで努力家、心根は真っ直ぐで眼差しは澄んでいる。没落した元伯爵家の家に生まれ、皇帝家や一位貴族、大公家のように特殊な教育を受けていないため、感情豊かで表情がクルクル動く。喜怒哀楽が分かりやすいアマーリエは、天威師からも可愛がられていた。
「アマーリエちゃんと一緒に焔神のお菓子を食べまくって、義兄様と佳良に注意されちゃった」
「そなたは食べすぎなのだ、日香。途中から参加したリーリアも苦笑していたぞ」
ジト目で睨む秀峰が最後に呼んだ名は、アマーリエより僅かに遅れて聖威師となったリーリア・レアナ・ファルムだ。旧姓はアヴェント。帝国の属国たるテスオラ王国の名門、アヴェント侯爵家の一人娘として生まれた。
家門の栄達を望む厳格な祖父の下、虐待に近い教育を受けていたリーリアは、四大高位神の一角である水神の御子神、泡神フロースの寵を受けて未来を開いた。今はアヴェント家から離れた父の籍に入り、ファルムの姓を名乗っている。
属国ではあるものの侯爵家の嫡子として生を受け、テスオラ神官府の主任神官となることを見据えて育てられたため、アマーリエよりは自己の制御ができるが、日香たちからすればまだまだ未熟である。現職を退いたアシュトンの跡を継ぎ、新たな神官長となったリーリアのことも、天威師たちは微笑ましく見守っていた。
ありがとうございました。
フルードが昇天する話は、『神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました』の第5章で書いています。




