2.泡沫の幸福 前編
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――このお菓子、とってもふわふわで美味しいですね。ふふ、甘い雲を食べているみたい
この笑顔がこれからも変わらず見られる、そう信じて疑わなかった。……そんな保証など、どこにもないのに。
「副都の祭祀か。もうそのような時期になったのだな」
「ええ、本当に。昨年からあっという間ですこと」
「姉上、お気を付けて」
「副都の気候はこちらとは違いましょう。お体ご自愛ください」
広大な面積を誇る皇宮と帝城、その共有敷地の一角である庭園。咲き乱れる緑に囲まれた秀峰と月香が感慨深げに呟き、彼らの子であるアスター・マナと桔梗が眦を下げて言う。
ヒラリヒラリ舞い散る花弁を衣に纏わせた黒髪黒目の女性が、美しくも嫋やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。明日から行って参ります。年に一度の大例祭、しっかりと務めを果たして参ります」
「菖蒲、気を付けて行って来てね〜」
日香が笑顔を浮かべると、皆が追随した。そよぐ風の中に、花々の甘い香りが混じっている。
「時間があったらで良い、またお土産を買って来てくれ! この前の飴菓子は美味しかったな。あと饅頭に羊羹、干し果物、果汁、海産物……」
「うふふ、テアお姉様ったら。食べ物ばかりではありませんの」
「むっすまないミア。私は食い意地が張っているんだ。だが菖蒲、無理はしないでくれ。お前が元気で帰って来てくれることが一番の土産なんだからな!」
そうだそうだと、庭園に集った皇帝一家が満場一致で賛同する。ここにいるのは、一名を除けば全員が天威師だ。ただ一人の例外は、秀峰と月香の長子、菖蒲。先祖返りを起こさず、天威に覚醒しなかった。
なお、日香たちからやや血統が離れた王族は何名かいるが、この場には呼ばれていない。皇帝たちと近しい身内のみが参加する内輪の散策会だからだ。日香の両親も王族だが、彼らは所用で来られなかった。
「大役を全うして帰還のご報告ができるよう努めます。幾度も申し上げていることですが、地上にある人々が少しでも満ち足りた日々を過ごせるようにすること、神たる天威師様及び聖威師様と人間の架け橋になることが、私の役目だと自負しておりますので」
そう言って目礼する菖蒲は、秀峰譲りの凛とした双眸に、月香と似た静けさをたたえている。美少女と見紛うばかりの父と、優美な母を足して二で割ったような精緻な容貌。射干玉の黒髪が肩からハラリと流れ落ちる。
(相変わらず美人さんだわー。月香に似てるって皆言うんだよね。なら私にも似てるはずなんだけど、そんな感じがないのが不思議)
日香と月香は、双子らしくほとんど同じ顔立ちをしている。だが、纏う雰囲気や目付き、所作が違いすぎて、見る者が見ればすぐにどちらか分かるらしい。日香は元気いっぱい、月香は典雅だというのが皆の評だ。
(私だって猫くらい被れますよーだ。お淑やかさんにだってなれるんだから! ……前、極厚の猫を被ってみたら、高嶺様にはどこか悪いのか心配されて秋凛と春麗には君悪がられたけど)
横目でチラ見した愛する夫と子どもは、色とりどりの草花や木々を眺めながらゆったりと歩を進めている。
「あ〜、お祖父様の料理が食べたいなぁ」
「お菓子もとても美味しかったわ」
溜め息を吐いたのは、クレイスとミアの息子レオルド・セレスと娘ミラルダ・エーネ。セレスが手をかざすと、近くの木になっていた林檎が一つ落ちて来た。整った唇が開き、果実を嚙る。蜜がたっぷりと詰まった芳香が漂った。
「セレス、行儀が悪い」
「ん〜? リュカも食べたいなら取ろっか? あっちには柑橘もあるよぉ」
「不要だ、自分の分は後で取る」
「セレス兄様ったら、お祖母様がご存命でしたら嘆かれていましたよ!」
呆れ混じりに言う青年と、セレスの背を元気に叩く女性。ラウとテアの息子テンシア・リュカと娘エナリス・ユナだ。秋凛が眦を下げて苦笑する。
「お祖母様がお出でだったなら、きっとこう言われていたよ。そなたはもう20歳を越えたいうのに、いつまで経っても幼子のようですね、と」
「そりゃあそうだよ秋凛、ここには身内しかいないしぃ。皇帝一家の団欒を遠視しようとする馬鹿もいないだろうし、気も緩むって〜」
「ふふ、他の者がいる場所では、一応は皇帝状態になるものね」
「内輪の場ではただのチャラ太子だがな。先般はお忍びのパンク姿で城下に降り、秋凛の誕プレ見付けたウェ〜イだとか映像付きの念話を送って来たのだったか。しっかり隠しておけよ、太子の素がこんなだと臣民に知られれば信奉に関わる」
「仕方がないわ。私たちがくつろいで話せる家族は、もうここにいる皆しかいないのだから」
春麗の後にリュカが突っ込み、それに続く形で呟いた桔梗の声は、どこか静けさを帯びていた。
「そうだな……他の身内は還ってしまった。父上や母上方とて、いつまでいて下さるか」
寂寥を帯びた声で紡ぐのはアスター・マナだ。秀峰と月香の子だが、隔世遺伝で帝家の血が発現し、金髪碧眼で生まれたために帝家の者となった。皇家と帝家が頻繁に縁組を重ねる両家では、このようなこともまま起こる。
皇家と帝家に所属が分かたれても変わらず愛している、という意を込めて、両親から皇国式の字を当てる愛の秘め名を授かった甥。彼を視界の端に写し、日香は空を見上げた。遥か高次にある超天。次元を超えたそこに、愛する家族たちがいる。
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