1.回顧の始まり
お読みいただきありがとうございます。
本作は本編の話(日香たちが主役の話)に戻ります。
時系列としては、導入部分である第1話(今話)は「すっぽんじゃなくて太陽の女神です」の本編39話「エピローグ」の続きにあたります。
今話の終盤で日香の回想が始まり、第2話(次話)からは遥か過去である本編38話「次世代が咲く」の後まで遡ります。フルードは聖威師としての務めを終えて昇天しており、アリステルは大神官に就いています。
本作「天地狂乱」は日香やアシュトン、アリステルたちが昇天する内容で、こちらは天威師視点になります。聖威師視点は「神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました」の第10章で書いています。
こちらだけでもお読みいただけますが、両方合わせて読んでいただくとより面白いかと思います。両作を一日ごとに交互に更新していきます。
「神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました」は、下記URLから飛べます↓
https://ncode.syosetu.com/n6739jc/
【ご注意】
天地狂乱編は全体を通して流血表現・残酷描写・グロ等がありますのでご注意下さい。
苦手な方は各自のご判断でバックをお願いします。
よろしくお願いします。
『それで、もぐもぐ……はのときふぁ、おいひー、たのしふぁったでふね、ん〜さいこー、はうれいしゃま』
『日香、話と味の感想を交互に言うな。訳が分からぬ。というか喋りながら食べるな。何を言っているかすら分からぬ。入れ歯を落とした老人かそなたは』
『むぐ、ごめんなふぁーい』
出来立ての甘い焼き菓子を頬張りながら微笑んだ日香に、すかさず秀峰からの注意が飛ぶ。急いで口の中の物をもぐもぐごっくんしてから、改めて唇を動かした。
『美味しい、ん〜最高! それで、あの時は楽しかったですね、高嶺様』
『そうだな、日香。……菓子が頰にくっ付いている』
『えっ、どこですか? ここかな?』
『はは。逆だぞ、こっちこっち』
眦を下げた高嶺の言葉に、頬っぺの右側を撫でていると、破顔した絶世の美女が手巾で左側を拭ってくれた。
『ありがとう、テアお義姉様!』
『気にするな。日香は相変わらず美味しそうに食べるなぁ!』
『ええ、ええ、見ているだけで幸せになりますわ』
手巾を持って快活に笑う美女はラウの妻、サテアーネ・テア。優雅に微笑むのはティルの妻レミアーネ・ミア。
テアの方が一つ年上の年子姉妹で、その容姿は対照的だ。引き締まった長身に騎士服を着込んでいるテアと、小柄で華奢な肢体にレースやフリルたっぷりのドレスを纏うミア。地上にいた時と同じ、金髪碧眼の姿を取っている。
『それにしても、こうして人型を取って天威師だった時分のことを語っていると、当時の記憶が蘇るものだな。皇帝でありながら后の立場に注力する身として、随分と己の在り方を試行錯誤したものだ』
『うふふ、人間の姿を取ることなど、もうほとんどありませんものね。日香、月香も踏まえて皆で集まって話し合った日々が懐かしいですわ』
『女性天威師がそろって夜通しお話ししましたね』
テア、ミアに追随して懐かしげに目を細めるのは、日香の双子の姉、月香だ。日香たちが皇帝として地上に在った時から、既に遥かな時が流れている。
『そう言えばよく女子会してたね。母上とかも入れてさぁ』
『皆楽しそうであったな』
クラッカーを摘みながら相槌を打つのはクレイス・ティル。明るい金髪に碧海の双眸。弟に同意するように頷くオルディス・ラウは、淡い金髪に空色の碧眼。彼らもまた、遥か彼方に過ぎ去りし時の姿に変化し、人語を使って語り合っていた。
『そのようなこともありましたね』
小さめの酒杯を上品に傾ける白珠が淑やかに首肯する。月香と白珠もまた、人の皮を被っていた時の形をしていた。日香はにぱっと笑う。
『時々はこうして思い出話するのも良いですよね!』
天威師時代のことを話しましょう。高嶺と共に家族神たちの領域を訪れて提案した日香に、家族たちは快く応じてくれた。現在は超天の共有領域に集まって茶菓を頬張りつつ、かつてと同じ人身姿に変化し、人の言語を使って昔日のことを語り合っていた。
時折、他の至高神が通りかかったり、覗きに来たりして、微笑ましげな気配を向けて来る。
『たくさん話してたくさん食べれば良い』
耳に心地良く響く低音と共に、ホカホカと湯気の立つ焼き菓子を山ほど乗せた大皿が卓に置かれた。
『ありがとうございますお義父様〜!』
ごっくんと生唾を飲み込む日香に、割烹着と三角巾姿のレイティが苦笑を漏らす。最強の荒神とは思えぬ穏やかな気を滲ませ、春の温みを帯びた湖水の双眸が優しく細まった。色素の薄い金の髪が三角巾から覗いている。
なお、縫い目が若干ガタガタの割烹着は、彼の愛妻である白珠が昔日にせっせと縫製したお手製だ。手先が不器用な白珠は、擬人時代は相当に悲惨な代物を製造していたが、昇天後にレイティから手取り足取り教えてもらったこともあり、裁縫の腕はかなり上達した。
だが、のどかなひと時は突如として破られる。
《大変だ!》
一柱の至高神が一斉伝達を届けて来た。天威師が地上より引き揚げてから久しい。現在の至高神たちは、普段はもう人の姿を取ってもいなければ言語も使っていない。神は言葉を使わずとも意思疎通できる。この思念も、言語ではなく意思をそのまま飛ばす形で届けられた。
《お遊び形態のあの子が来たぞ! あーそびーましょーとか言いながら超天の門を潜ろうとしているところだ!》
『『ええええ!?』』
日香たちはそろって立ち上がった。弾みで椅子が後方に吹っ飛ぶが、気にしていられない。超天がバケツをひっくり返したかのように騒がしくなった。
《早く自領に退避するのよ!》
《一の邪神――葬邪神に念話しろ、あの子を引き取りに来てもらえ!》
《白死神様と皓の子は?》
《白死神様は速攻で神域の門を閉鎖して引き籠りを強化された。皓の子もアレは勘弁だねぇと言って閉じ籠った》
《橙の子も今すぐ退がるのだぞ。遊び相手の脈ありと見られれば、超天の果てまで追い回される》
言われる間でもなく、レイティは踵を返し、割烹着を華麗に翻しながら自身の神域へと爆走している。日香たちもだ。全員脇目も振らずに自身の領域へと転移や飛翔で向かっていた。
『逃げろ、昔話は後ですれば良い!』
『あっはっは、遊びたいモードのアレは勘弁だなぁ』
(ホントだよねー。もうあんな怪物大合戦は……天地狂乱の時みたいな騒ぎは懲り懲りだよ)
あの天地狂乱で昇天した後、秀峰は伸ばしていた髪を肩まで切った。
ラウとティルの声を聞きながら自領に転移した日香は、しっかりと門を閉ざして施錠しながら、その時の記憶に思いを馳せた。
超天、天界、地上、至高神、神々、天威師、聖威師、そして人間。全てを巻き込んで勃発した、あの悲しくて苦々しくて最悪な大騒動に。
ありがとうございました。




