20.おまけ―王子様との対面は突然に 後編―
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(自国の売り込みに熱心なことだな)
和やかな談笑をバックに書類を注視するアリステルは、表情には出さず嘆息した。モーリス王子は本気で気に入った料理を羅列しているわけではない。まず帝都の肉を賞賛することで宗主国を持ち上げ、次いで添え物やソースの重要性を口にして属国たるザッカース王国の存在を暗に示している。彼の王国の特産品は、芋とワインなのだ。
主任はそれを理解した上で王子の言葉を否定せず、しかし表向きはあくまで料理の話として受け答えしている。そういう駆け引きは帝城の要職者を相手にやって欲しいが、主任神官ともなれば世界王にも匹敵する存在なので、色々アピールしようと思うのも無理はない。
(私は口を挟まない方が良い)
神格持ちは人政に関わらない。臣民たちもそのことを承知しているので、聖威師や天威師相手には売り込みをしない。下手にごり押しすればそちらの方が問題になる上、最悪の場合は天の不興をも買いかねないからだ。
(モーリスは王太子ではない。いずれは爵位を賜る。王族公爵にでもなって王家を支えるのが妥当なところか)
なお、聖威師が就任することもある大公は帝国だけにある特殊な身位なので、属国には存在しない。モーリスが成人である15歳で叙爵されなかったのは、第二王子という予備的な立ち位置にいるためか、成人ではなく結婚時に爵位を授かる予定なのか。
どちらにせよ王太子である第一王子との仲は良好らしいので、よほどの番狂わせがない限りモーリスの将来は安泰のはずだ。そのことを素直に祝福できる。今のアリステルはもう、相対評価で他者と自分を比べて妬んだりしない。そのようなことをする必要もないくらい徹底的に、愛する神々が自分を癒やし、傷付き飢えた魂を満たしてくれたから。
(彼も彼で己の人生を生きていくのだろう。私と同じように)
声には出さずひとりごちたアリステルは、腕にはめた銀色の腕輪をそっと撫でた。邪神から賜ったこれは、奴らへ復讐する最適期が近付くと黒に変色して教えてくれる。今はまだ星くずほどの黒点も見えない純銀の腕輪が闇の色に染め上げられた時、自分の悲願は達成されるのだ。
「確認しました。この内容で処理して問題ないでしょう」
主任とモーリスの会話がひと段落した頃合いを見て唇を開き、手の中の報告書を形代に返す。
「大神官様にご臨席いただきましたことに感謝申し上げます」
「王子が気にすることはありません。神が関わることは、極力聖威師が確認するようにしていますので」
表面上は純粋な気遣いを乗せて。しかし穿った取り方をすれば、『神関連の用件が混ざってたから規定通り同席しただけで、お前の国を厚遇したわけじゃないからな』という軽い牽制にも取れる返しを放ち。アリステルはやんわり微笑んだ。モーリス王子も柔らかな表情を保っている。
「ではさっそく茶菓を――」
主任の合図に従い、形代たちが動き出す。空になったテーブルに菓子と茶器がセッティングされた。音も立てず注がれる茶から立ち上る湯気を視界の端に収め、アリステルは白い菓子皿の上に目を走らせた。
菓子という時点で想定していたが、乗っていたのはやはり甘いスイーツだ。アリステルは辛党だが、甘味が食せないわけではないのでそこは問題ない。気になったのは別の部分だ。
(うわ……)
ベースとなる菓子はミルフィーユに近い。厚みのあるどっしりしたパイ生地を数枚重ね、その間にトロリと溶け落ちてしまいそうに柔らかなクリームがこれでもかと詰まっている。
しかも菓子の上部やクリームとパイ生地の間には、複雑な形に組まれたチョコレートのトッピングや大小様々にカットされた新鮮なフルーツが絶妙なバランスで盛り込まれていた。
(これはすごいな。二重の意味で。すごく綺麗ですごく食べづらい)
典型的な『見た目は芸術品並に美しいがめちゃくちゃ食べにくい菓子』だ。横に倒して食べようにも、皿の余白部分にはブルーベリーや刻んだクランベリー、粉糖にソースなどが美しい模様を描いて敷き詰められており、ケーキを倒す余白がないというトラップ付きだ。もう嫌がらせのレベルである。
誰だよ、こんな見映えばっかで食べやすさを考慮してない品を王族との茶会にチョイスしたのは――などとツッコむ者はいない。遅ればせながらも王子の教育を受けて来たモーリスも、神官の家系として礼儀作法を含めた英才教育を叩き込まれた主任も、この程度であれば難なく攻略できるからだ。
高位の家系に生まれた者は、カトラリーを手指の延長のように駆使して美しく料理を食す術を習得している。例えそれが、ものっっっっっすごく食べにくい代物であろうとも。
そしてそれはアリステルも同じ。聖威を使って技量を補わずとも、誰の前に出ても通用するマナーを自力のみで披露できるよう、邪神たちが手取り足取り仕込んでくれた。万一の時、アリステルが恥をかいて辛い思いをしないように。
(こんな菓子を当たり前に食べるようになるなんて、昔は想像もしていなかった。仮に食べる機会を得られたとしても、中身を潰してグチャグチャにしてしまっていた)
地べたにうずくまり、食事とも言えないドロドロの何かを手づかみで貪っていた幼い頃の自分を思い出す。次いで、ナイフとフォークをガチガチに握り、音を立てながらパンケーキや皮なしソーセージと格闘していた頃の姿も。
(皆、ありがとう)
脳裏に浮かぶのは、邪神や鬼神、怨神を始め、自分に全てを教えてくれた者たちの顔。その中には、パパと呼んでいる邪神とは別の――彼の末弟である別の邪神の姿もある。
(皆のおかげで、僕は王子様の前でも胸を張っていられる)
かつて別世界の住人だと見上げていた王子様を気後れせず眺め、デザート用のカトラリーを持ったアリステルは、涼しい顔で手を動かした。
ありがとうございました。
アステル番外編、終了です。
明後日からは日香たちが主人公の本編に戻り、天地狂乱編を投稿開始します。




