19.おまけ―王子様との対面は突然に 前編―
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「畏れ多くもミレニアム帝国大神官フルード様にご挨拶申し上げます。ザッカース王国第二王子、モーリス・ディオン・ザッカースと申します」
何でこうなった。年子の弟のフリをして柔らかな笑顔を貼り付けたアリステルは、眼前で跪拝する青年を前に全力でツッコんだ。もちろん声には出さず。
ミレニアム帝国の属国の中でも指折りの大国にして強国たるザッカース。時の国王の息子であるモーリスは、中々に数奇な経歴を持つ王子だ。
何せ幼少の頃に乗った船が転覆し、流れ着いた先で悪人に拾われて奴隷同然にこき使われ、5年ほど辛酸を舐めた末に救出され王家に復帰したのだから。
お可哀想なモーリス王子様。その奇跡的な逆転劇は、感動的なサクセスストーリーとして帝国でも盛んに報じられていた。
歪んだぼたん雪が降りしきる中、寒さすら麻痺した体で当時の映像を見たアリステルは、この王子様は自分とは別世界の存在なのだと実感した。
片や華麗な復活劇を成し遂げ、衣食住と家族、家来に財産など全てを得た王子様。片や靴すら履けず、やせ細った体で氷の路面を歩く自分。同じ年回りの少年同士でありながら、何もかもが違いすぎた。
そして現在。まさかの形で王子様と対面を果たした自分は、まさしく彼とは別の世界に住む存在になっていた。ただし、当時とは逆の立ち位置で。
帝城の一角にそびえる神官府の中央本府、その一角にある貴賓室。上質な内装と調度に囲まれた室内で恭しく膝を付いて平伏しているのは、王子様の方だ。最も上座となる豪奢な席に腰掛けた自分は、会釈すらすることなくかつての羨望を見下ろしている。
(こんな状況になったのは、フルードの務めが長引いたせいだ)
モーリス王子率いる使節団は、ザッカース王国からの貢物を献上するために帝城入りした。献上品の中には霊花や霊木を使った品もあったため、神官府へも挨拶に来た。通常は主任神官が単独で対応するが、今回は神器や神託に関わる報告などもあったことから聖威師も臨席することになり、フルードが受け持つことになっていた。
だが、その前に入っていた儀式が想定より長引いており、アリステルが緊急で代打を任されることになった。他の聖威師も務めが入っており、空いている者がいなかったのだ。
悪神であるアリステルは表舞台に出ることが少ないが、決して孤立しているわけではない。聖威師や天威師とは、大切な同族同士として仲良くやっている。しかし、一般の神官や王侯貴族を含む人間たちにとっては畏怖の対象なので、正体を明かさずフルードのフリをすることになった。
「挨拶を受けました。顔を上げて下さい、モーリス王子」
にっこにこの笑顔で――弟を真似ているつもりである――声をかけると、モーリスは綺麗な動きで姿勢を正した。改めて見つめた顔には、確かにあの日見た面影があった。柔らかな毛先を遊ばせる金髪、人懐っこそうな目、線の細い体。だがそれでも、年相応に成長している。
(大きくなった。当然か。もう18歳なのだから。私も、この子も)
アリステルが胸の内に不思議な感慨を湧き上がらせていることを知る由もなく、次席に座す主任神官が声をかけて来た。
「報告内容は事前に私の方で確認してあります。記載しているもので問題ないかと思いますが、大神官もご高覧願えますでしょうか」
「分かりました」
その言葉に応じ、控えていた従者越しに捧げ渡された報告書を受け取った。この場にいる者はアリステルと主任、モーリス王子のみ。王子付きの従者たちは別室待機で、御用聞きとして控えている人々は精巧な形代だ。主任はもちろん、ここにいるのがアリステルであることを承知している。必然、裏事情を知らないのは王子様だけだった。
パッチリ目が合うと、モーリスが敬意を込めた目で微笑みかけて来る。実に上品な仕草だ。自然かつ洗練された笑みでそれに応え、アリステルは手元の書類に視線を落とした。月光を編んだような横髪がハラリと頰に落ちかかる。
こうして、予想だにしていなかった邂逅と対談が幕を開けた。
(本当に、どうしてこうなったのやら)
アリステルは優雅な手付きでパラリパラリと書類をめくる。本来は瞬き一つもかからず完読できるが、公式の使節団が持って来た資料なので、それなりにじっくり目を通している風を装った方が良い。その間にも、主任と王子の会話は続く。
「モーリス王子殿下、本日ははるばるのお越しを歓迎いたします。この後でぜひお茶をご一緒に」
「主任神官様のご厚意に感謝申し上げます」
はるばるも何も、国家間移動が可能な転移霊具を用いれば一瞬で往き来できてしまうが、そんなことは言ってはいけない。社交辞令というやつである。
「王子殿下におかれましては、帝国においでの数日は会食が続くとお伺いしておりますので、お腹の具合を整える茶をご用意いたしました」
「それは助かります。宗主国の料理はとても美味なので、つい食べ過ぎてしまうのです」
「そう仰っていただけますと、作り手も料理人冥利に尽きるでしょう。特にお気に召された物はおありで?」
「全て美味しくいただきましたが、やはり帝都の名産であるハラオス牛の頬肉を使用したソテーでしょうか。一頭に付き二つしか取れない希少部位をじっくり堪能させていただきました」
「それはようございました。ハラオス牛の肉は口の中でとろけてしまうと、食通の間でも評判なのです」
「本当に、私の頰こそ溶けてしまいそうなほどでした」
そつなく冗談も交えながら、モーリスは軽やかに言葉を繋いでいく。
「他には、薄切りのユーグルポテトをカラリと揚げたチップスが好みに合いました。肉料理の付け合わせにはもちろん、茶の供に塩味の効いた物を食したい時や、小腹が空いて軽く摘みたい時に最適ですから」
「なるほど。ユーグルポテトは味が濃厚で、単体で楽しむ者も多くおります」
「私もおやつ代わりにすることがありますよ。ソテーにかかっていた赤ワインのソースもコクがあり、絶品でした。肉の質や味、調理法が素晴らしいことはもちろん、こういった合わせ物との相性も重要なのだと実感した次第です」
「メインだけでなく前菜からデザートまでの全てがそろって一つの料理ですからね」
ありがとうございました。




