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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編―葬邪神とアリステル編―
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15.これからは本当の親子になる 後編

お読みいただきありがとうございます。

 漆黒の目が真っ直ぐにアリステルを見ている。賛成も肯定も、反対も否定もしない。ただこちらの声を、悲鳴を聞いて受け止めている。


「何であの王子様は全部を手に入れたのに、王子様よりもっと辛かった僕は欲しい物をもらえないの? 何で、何で、何で……何であの子にはパパがいるのに僕にはいないの?」

『パパ?』


 邪神が転瞬した。今の台詞で推測を打ち立てたのだろう。


『じゃあお前の望みは――』

「本物のパパが欲しい。代わりとか後見じゃなくて、本物のお父さんが欲しい」


 ぽろぽろとしゃくり上げ、喉を詰まらせながら、アリステルは腕を掲げた。生まれて初めて自分を褒めてくれ、認めてくれ、力強い腕で抱き上げてくれた者に向かって。

 常にアリステルの心と気持ちに寄り添い、外見や神域を惜しげもなく変えてくれた、優しい神。賞賛、承認、抱擁、衣食住、指導、そして愛情。自分がとうに諦めながらも心の底では渇望していたものを、彼は造作もなく与えてくれた。ならば後一つだけ、我儘で過分な切願を聞いてはもらえないだろうか。


「邪神様、どうか僕にパパを下さい。僕の本当のお父さんになって下さい」


 小さな指が伸ばされる先で、精悍な美貌がこちらを瞠視していた。


 ◆◆◆


 この子は邪神に対する垣根がない。それが他の神々との決定的な差異だった。


 神々は一の邪神を慕い、愛し、頼りながらも、常にどこかで距離を取っている。

 何故ならば、葬邪神は最高神たる親神に成り代わった経験がある神であり、名実ともに最高神に準ずる存在として扱われているからだ。加えて、天界最強の暴れ神と称される神を真っ向から抑えることができる、数少ない存在だ。

 ゆえに神々は、大らかで寛容な葬邪神を心から敬愛しつつ、心の奥で線を引いている。高貴で尊く、圧倒的にして絶対的な最強神は、自分たちとは違う次元の御方なのだと。それはそのまま遠慮や距離感という名の垣根として、両者の間に深い亀裂のように横たわっていた。


 だが、この子は。アリステルは、心に垣根を作らない。神々のように本能的に一歩退くことがない。亀裂のない地続きの大地を踏みしめ、ゼロ距離まで近付いて来る。葬邪神のことをただただ無心に慕い、一切の遠慮なく懐に飛び込むのだ。

 それは、葬邪神の弟たちと同じだった。アリステルが葬邪神に対して向ける心の有り様は、魂の態度は、葬邪神の家族神が取るものと同じ。葬邪神に垣根を作ることなく、純粋な愛をそのまま注いでくれるのは、生来の家族神たる親兄弟だけだから。彼らは、家族枠という特別な立ち位置も相まって、葬邪神との間に線を引かない。


 つまり――葬邪神の中で、アリステルは家族と同じ位置に置くことができる存在になっていた。そのアリステルが今、小さな手を必死で伸ばして自分に懇願している。父親になって欲しいと、泣きながら。


 ならば、答えはもう出ていた。


 ◆◆◆


『分かった』


 返された肯定の言葉を脳が理解するより早く、目線を合わせてしゃがんでいた邪神の手がアリステルの肩に置かれた。


『なってやろう。俺がお前の父親になってやるとも、アリステル』

『まぁ、どうなさったの邪神様。この子の父親代わりには、もうなられておいででしょう』


 応えを放ったのはアリステルではなく、ちょうどやって来た鬼神だった。


『いつもより遅いからどうしたのかと思い、様子を見に来ましたのよ』

『そうか。アイ、俺はこの子の父親になる。この子の主神はお前だから、事前に伝えておこう』

『あらあら、唐突ですこと。それは構いませんけれども、先ほど申した通り父親代わりにはもうなっていらっしゃるでしょう。後見より父親代理の方を強く押し出すのですか?』

『いや、代理じゃなく本物の父親だ』

『では、父親役として専属の形代か何かをお創りになられるのですわね。邪神様が直々に創生されるならばさぞかし精巧で素晴らしい物がおできに――』

『形代なんぞに任せられるか。俺自身が本物の父親になるんだ。神同士の誓約を以って、この子と親子の契りを結ぶ。そうすれば実の家族と同等な関係になるだろ』

「ほ、本当?」


 アリステルはパッと顔を上げる。今までどうにか取って付けていた丁寧な言葉遣いは、いつの間にかどこかへ行ってしまっている。


『ああ。兄弟の契りというのもあるから、サーシャが起きたら結べば良い。そしたら本当の兄弟になれるんだな』

『……はい……?』


 一方の鬼神は動きを止めていた。灰色の眼が凍り付いている。


『親子の契り?』

『ああ。もう確定事項だ。構わないと、今しがたお前も承諾しただろう』

『……本当の意味で父親になられますの? あなたが? 今まで一度たりとも後天的な〝特別〟を持ったことのないあなたが? 先天的な〝特別〟である親兄弟神以外は、全ての神々を平等に博愛して来たあなたが?』

『そうすると決めた。アリステルは我が御子としてこの懐に迎え入れる』


 妖艶な女神が黙り込む。目の前で起きていることが信じられないと、麗しい顔が如実に告げていた。


『アリステル』


 逞しい腕がアリステルの体をすっぽり包む。この大きな神に抱かれて心を癒せば、いつかモーリス王子を含む他者を自身と比べて相対評価せず、彼らは彼らの世界と基準での辛苦と戦っていたのだと割り切ることができるようになる気がした。


『お前の涙が告げた本願、叶えてやろう。俺がお前のパパになってやるからな』


 ◆◆◆


 ふわりとそよ風が吹いた。神と神の誓約が結ばれるに従って吹き荒れた、鮮烈な神威の残り香だ。アリステルを包み込んでいた腕がそっと解かれる。うねる髪を大気に舞わせ、邪神はたった今契りを結んだばかりの我が子の前に屈み込んだ。


『父子の契りを結んだから、これで俺とお前は正式に親子だ。……今日から父上とお呼び、ヴェーゼ』


 これにより、天界には二重の驚愕が走る。不動を貫いて来た狼神が愛し子を見初め、先天的な家族神以外は〝特別〟を持たなかった葬邪神が御子神を授かったのだから。

 ただし、アリステルの方は慎重を期した鬼神がしっかりと抱え込んでおり、葬邪神もそれを尊重して親子になったことを必要以上に喧伝しなかったため、神々も一部の例外を除けばすぐにはアリステルの情報を得ることは叶わなかった。


 不動の巌と称される狼神の心を射止めた少年と、公平博愛を旨とする葬邪神の特別に滑り込んだ少年。彼らが生き別れた兄弟であることが知られるまで、後数年ほど。

ありがとうございました。

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