13.お兄ちゃんは辛い物がお好みです
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「…………!」
一口サイズに切ったソーセージが、小さな口の中に消える。もぐもぐと唇を動かしていたアリステルが、暗い海底の目を僅かに輝かせた。
『ん? もしかして気に入ったのか?』
「はい。美味しい、です」
アリステルがいそいそと手を動かし始めた。今しがたの手順を再現し、慣れない手付きで懸命にナイフを動かしながら、二口目を食べようとしている。その頰はほんのり赤く染まっていた。
『良かった。人間の料理には疎いから、レシピを視てその通りに作ったんだ』
初日の豆のスープは適当に塩をぶっ込んだが、本腰を入れて教えるならきちんと作らねばと思い、色々と調べたのだ。
『だが、大人用の料理だったからマスタードをかけていてな。一応忠実に再現したが、子どもには少し辛いかもしれんと思っていた』
「パンケーキも美味しかったけど、こっちの方が好きです」
『そうなのか? 人間の子どもは甘いものが好きだと聞くが……まあ辛党の子もいるだろうし、何よりお前はお兄ちゃんだもんな、アリステル』
「はい、甘くなくても良いです」
『ふうん、分かった』
シロップとバター、生地には砂糖たっぷりのパンケーキの方を好むだろうと思っていたが、意外な結果だ。これからは甘さ控えめな物を中心に出してやろうと決める。飲み物はジュースより、ストレートの紅茶やコーヒーの方が良いだろうか。
むろんこの子の生育環境を考えれば、甘かろうが酸っぱかろうが食べられる物であれば文句など言わずに食べるだろう。だがそれでも、可能な限り好みに合った物を出してやりたい。
アリステルが覚束ない動作でソーセージを食べている間に、人間の料理を調べ、チリソースというピリ辛な調味料を使ったサンドウィッチをちゃちゃっと用意してやる。
『俺は用事があるから、ちょっと抜ける。これをやろう。作法は気にしなくて良いから、食べたいように自由に食べてごらん。ピリッと辛めらしいソースをかけたぞ』
ベーコンとレタス、チーズを挟み、零れないように紙で包んだチリソースサンドを渡してやると、アリステルの顔が輝いた。
ずっと手掴みか欠けたスプーン一本で食事をして来たというこの子にとって、カトラリーを使う食べ方は肩肘が張って疲れるものだ。練習を始めたばかりの今は特に。本当はきっと、美味しい料理に遠慮なく大口を開けてかぶり付きたいはずなのだ。だからお勉強の後は、気軽に手で持てる物を伸び伸び食べさせてやろうと思った。
新鮮な具材が詰め込まれたパンを両手で抱え、小さな口を精一杯開いて頬張る子どもを見て相好を崩した後、邪神は鬼神に声をかけた。
『悪いが出て来る。すぐ戻るから、この子に俺たち基準の物を食べさせようとするなよ』
『分かっていますわ。悔しいですがあなたのやり方がこの子には合うようですものね』
拗ねたように唇を尖らせる古き同胞に苦笑いし、席を立つ。
『ではな』
『行ってらっしゃいませ』
ヒラリと手を一振りすれば、流れる黒髪を揺らして鬼神が応じる。アリステルの反応はないだろうと思っていた。精々、頷くか会釈するくらいだろうと。
だが邪神の予想に反して、ピリ辛のサンドウィッチに夢中だった子どもはピタリと手を止めてこちらを見た。そして、持っていた包みから左手を離しておずおずと振る。
「行って、らっしゃい」
その口角がぴょこんと上がった。はにかむような、照れたような笑み。意図せず零れてしまったような、自然な微笑だ。
端的に言えば、ものすごく可愛かった。
『……あぁ……』
吸い込まれるように見ていた邪神だが、ハッと我に返って頷いた。この子の泣き顔は、喜び顔は、笑顔は、目は、今まで神々に向けられて来たものとは違う。何が違うかは分かっていた。この子は――
『行って来るよ』
続きを胸の中にしまい、邪神は踵を返した。
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