12.一つずつ覚えれば良い
お読みいただきありがとうございます。
《んー、まぁそれもそうだな》
薄情な言葉に、邪神もあっさり同調した。鬼神と邪神にとって大切なのはアリステルだ。途中で切り離された部分には情を感じない。現状を追跡しようとも思わない。
……実を言えば、弾き飛ばされ置いて行かれた残り2割の魂が、本体との再合流を諦めて別個の存在となることを決め、その性質と輝きを根本から変容させて1年後に生まれたのがフルードである。
遡れば一つだったとはいえ、分離や融合、片割れの一部のみの再分離と大幅変容などを重ねたことでアリステルの魂とは別物レベルに乖離したことから、性格や気質、神威の色も異なるようになった。
フルードもまた神の寵を得たため、結果的にはアリステルとは別の神かつ別の存在として邪神と鬼神の大事な身内になるのだが、それはまだ先の話だ。現時点では、あの不動の狼神が愛し子を持ったことが話題にはなっているが、それがエスティーラの残り2割の魂だということは、邪神も鬼神も認知していない。
『おっ、パンケーキは食べ終わったか。どうだ、美味かったか?』
どこかに置き去りにされたエスティーラの一部のことはさっくり頭の隅に追いやり、邪神は今注意を向けて慈しむべき子どもに視線を戻した。鬼神は一貫して己の愛し子に甘やかな眼差しを注いでいる。
「はい」
濃厚なシロップをたっぷりかけたパンケーキに、甘いホイップバターを付けて食べていたアリステルが頷いた。
『お前の弟分が……サーシャが起きたら、ちゃんと同じ物を食わせてやるからな。ただ、少し説明した通り、ずっと虐待されて来て魂がボロボロだから、眠りが相当長くなる。通常は数日なんだが、サーシャは数か月か、もしかしたら一年ほどかかるかもしれん』
神ではない者が神性を授かった場合、それを自身に馴染ませるための眠りに入る。愛し子の場合は主神による万全のサポート付きで神になるため、即座に神格を馴染ませることができるのだが、サーシャは従神として取り立てられたのであって寵を受けたわけではない。必然、神格を得ると同時に深い眠りに入っていた。
『目が覚めたら美味しい物いっぱい出してやろうな』
「はい」
アリステルがコクンと頷いた。感情の起伏が少ない面持ち。初日には泣いたり食堂の改造に喜んだりしてくれたりしたが、基本的にはずっと硬い表情を崩さない。
『本当にこんなゲテモノ料理が良いのね。信じられないわ……』
『だから人間の感性に合わせてやれと言っただろうが。次は肉にしよう。ほれ、ソーセージだぞ』
邪神が別の皿をアリステルの方に押しやる。細長い肉の棒が二本乗っていた。上には粒マスタードがかかっている。
『皮は付けてないから切りやすいはずだ。最初は俺が見本を見せてやろう。真似してごらん』
「ありがとうございます」
邪神がアリステルの対面ではなく横に座っているのは、隣で見た方が左右そのままで動作を模倣しやすいからだ。自分の前にも全く同じ盛り付けの皿を置き、初めての子どもにも分かりやすいよう、ゆっくりとした動作でフォークを刺してナイフを滑らせ、肉を端から切り分ける。
生まれてからほとんど持ったことがなかったであろうカトラリーを握り締めたアリステルが、邪神の動きを凝視し、ぎこちなくトレースしていく。
それを受け、邪神も一つ一つの動作ごとに手を止め、アリステルが追随するのを待った。カトラリーを持つ、フォークを差す、ナイフを当てて切る、それらの所作をゆっくりゆっくり、一つずつ真似させてやる。決して焦らせないよう、急がせないよう、穏やかで柔らかな雰囲気で。
神格を抑えて地上に在るならば聖威師にならねばならず、聖威師は礼儀作法や所作もできなければならないので、そういうものも含め幅広く教えると伝えた時、この子は目を見開いていた。何故そんなことをしなければならないのかという落胆ではなく、嬉しさで。自分がテーブルマナーを学ぶことができる日が来るなど考えてもいなかったらしい。
ありがとうございました。




