8.その意を尊重する
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邪神の眼が驚いたようにアリステルを一瞥する。
『……事情は分かった。だがそれなら、神格を解放してしまい、神として天界から罰を下した方が良いんじゃないか。わざわざ召し出して鍛えるという無理な形を取らんでも』
『私もそう思うけれども、この子は地上にいて復讐したいと強く望んでいますのよ。一度神性を出してしまえば、再度抑えることは禁止でしょう。だから失敗はできないと思い、神格を解放させることには慎重になっております』
『うーん……なぁアリステル、地上には戻らずこのまま天に――』
「嫌です!」
二神の話を流し聞いていたアリステルは、急いでボウルを置いた。
『お前はもう神になったんだ。だから、天から神罰を降ろすこともできるんだぞ? そっちの方がずっと楽だし簡単だ』
「神様は地上にはあんまり関わらないって聞きました。それじゃ困ります、僕はアイツらに復讐したいんです」
『天恵や神罰なら与えても良いんだ。理由がある場合は尚更な。だからお前もそうすれば良いんだよ』
なおも説得しようとする邪神に、唇を噛んだアリステルは言葉を絞り出した。
「僕は……分かるんです。もし完全に神様になったら、きっとこの天界がとても楽しくて居心地良くなって、ものすごく嬉しくなって、復讐したい心も忘れてしまうって。それは嫌なんです」
『んー、その可能性も否定できんな。神格を解放すれば、擬人時より同胞愛をダイレクトに感じる。悪神は報復心を失いにくいが、お前は精神に負った傷がとても深いから、癒される方に傾くかもしれん。だが、嫌な記憶や感情は手放して同胞と楽しく過ごした方が良いじゃないか。そうだ、俺やアイがお前の分までやり返して……』
「忘れるのは嫌です。僕の手でやりたいんです、自分で!」
『うぅーん……ならアレだ、復讐心だけ隔離しといて失わないようにさせるか? いや、それでも同胞愛は強いからな。魂そのものが癒されまくって丸く柔らかくなれば、報復の心が上手くはまらなくなるかもしれんか』
「よく分からないけど、アイツらへの恨みが消えてしまうなら神様になるのは後にします。地上にいさせて下さい」
『しかし、魂全体と復讐心の乖離が大きくなりすぎないよう上手く調整する方法もある……』
「僕は地上にいて自分でアイツらに復讐したいんです!」
何やら言っている邪神の言葉が難しすぎて理解できないアリステルは、焦燥にかられたまま叫んだ。地上に行けなくなり、切願が果たせなくなるかもしれないという恐怖から放たれた悲鳴に、邪神が口を噤んだ。数瞬アリステルを眺めた後、再度唇を開く。
『……どうしてもそうしたいんだな? 俺の方で思い付く他の方法もあるんだが、お前自身はそうしたいんだな?』
「はい」
『アイも――それで良いのか? この子が地上に戻り、天地に分かたれる時に辛くなるぞ』
『覚悟していますわ。愛し子の願いならば叶えてやりたいですもの』
『そうか』
静かに目を伏せてから、最古の邪神が面を上げた。その瞳の奥に、今までとは異なる光が宿っている。
『ならば俺は、お前たちの意思と想いを尊重する。アリステル、お前は俺が癒し、鍛えてやろう』
『まあ、あなた様がお手ずからなど。お召しに協力して下さるだけでよろしいのですよ、この子の治癒と修練は私が行いますわ』
軽く瞠目した鬼神が言いかけるが、邪神は笑って片手を振った。
『そういうわけにはいかんだろ。召し出した者としての責任もある。この子は俺が面倒を見る』
『では葬邪神様の神域に留め置かれるのですか? せっかく私の鉄板ベッドを堪能させてあげる予定でしたのに……』
「てっぱんベッド?」
聞き慣れない言葉にパチクリするアリステルに、美しい主神は艶麗な顔で恐ろしい台詞を投げかけた。
『ええ、真っ赤に輝くほど高温にした鉄板に、猛毒の原液を混ぜた硫酸を熱して、その上で寝るの。頭だけ出るようにして、体の周囲にも鉄の箱を被せるから、じっくり炙られて気持ち良いのよ。人間の世でもあるのでしょう、砂風呂とかサウナとかいう物が。あんな感じよ』
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