4.主神との邂逅
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必死に駆けたと思っていた道のりは、実際にはほんの僅かな距離でしかなかった。頭から血を流し、怒りで顔を真っ赤にした父親が、母親と共に追って来た。あっさり捕まった自分たちは連れ戻され、語ることも憚られるような激しい暴力を受けた。
歯向かわれたことが衝撃だったのか、憤怒のあまり霊具を創ることすら頭から吹っ飛んだらしい両親は、竃の火で真っ赤に熱した鉄棒を持ち出してひたすら自分たちを殴り続けた。自分も弟も回復霊具と治癒霊具を付けられているため、どれだけ致命傷を負わされても死ぬことができない。
スプラッター作品も顔負けの損傷を受ける中、弟の泣き声が響く。助けて、助けて兄さん、と。何より大事な弟がこれほど傷付けられているのに、自分は何もできない。果てのない無力さと絶望に溺れながら、誓う。
この両親を許さない。人の皮を被った外道共。いつか絶対に、絶対に復讐してやる。
キラキラとした光が降り注いだのはその時だった。右目の眼球は潰れて流れ落ちており、まだ回復途上だ。辛うじて残っていた左目で見上げれば、あちこちに穴が空いたボロ屋根の隙間から、天を割って差し込む光が見えた。
突然のことに、さすがの両親も手を止めた。呆然とする自分たちの前で光が収束し、異形の影が現れる。人間の語彙では表現しようがないほどの恐ろしい姿に、父母が絶叫した。何を叫んでいるのだろう。自分たちだって人の形をした魔物の癖に。弟は叫ぶこともできず気絶してしまった。
影が自分の前にスゥと近付き、腕と思わしき物を差し伸べる。自分の傷が一瞬で完治した。治癒霊具の比ではない威力だ。
『迎えに来たわ、私の愛し子。やっと見付けた。生まれてくれていたのね』
身の毛もよだつようなしゃがれ声が響き、全身を総毛立たせた両親が震え上がる。だが、影はそんなことはお構いなしに続けた。
『ああ、心もこんなに傷付いて……早く癒してあげなくては。私は天の神よ。さあ、私と一緒に天界へ行きましょう。あなたには私の愛し子になって欲しいのよ』
醜悪な存在が発した言葉は、しかし、自分にとって何よりの福音だった。
こんな形をしているのだから、神ではなく正真正銘の魔物か悪鬼邪霊ではないのか。連れて行かれるのは天界ではなく魔族や悪霊が住む地下世界ではないか。そんな疑念は、生まれた端から消えていく。胸に湧き上がるのは、純然たる喜びと希望だけだった。
ここから出られるのか。自分たちをこの状況から連れ出してくるのか。ならばそれだけで十分だ。
自分は迷わず異形の手を取り、こう言った。分かった。あなたの言う通りにする。だから弟も治して一緒に連れて行って、と。
応じてくれた女神が片腕で弟を抱え、もう片方の手で自分の手を引いて空へ翔ける。だが、いざ天界へ行く段になり、少々騒動が起こった。
『天界に行けばずっと私と一緒よ。もうあなたが地上に来ることはないわ。あなたを傷付けていた輩は、後で私がきちんと処罰しておくから、安心して心を癒して頂戴』
常人であれば卒倒しそうな恐ろしい笑みで告げた女神に、自分は慌てて言い募った。アイツらには自分で復讐したい。この手で報復してやりたい。もう地上に来られなくなるのは困る、と。
それを聞いた女神は困った顔で翻意を促したが、これだけはどうかと、自分も必死で頼み込んだ。
『けれども、あなたの魂はボロボロなのよ。まずはきちんと癒さなくては。しかも自身で復讐するとなると今しばらくは地上に留まるわけだから、聖威師になるのね。ならば修練が必要だわ。魂の治癒と回復をきちんと行いつつ、復讐に必要な知識や力を付ける修練も行い、聖威師に付いて行けるようにするとなると……』
真剣な面差しで悩み、一つ頷く。
『お召しで一時的に天界に上げ、治癒と修練を行うしかないわ。誰かお召しに協力してくれそうな神はいないかしら。……あら、一の邪神様』
ここではないどこかを視るように虚空をさ迷っていた異形の双眸が、一点に据えられる。
『ちょうど良いわ、お願い、あなたの御力を貸して欲しいのよ。後できちんと説明するから、私の愛し子――アリステル・ヴェーゼ・レシスと、その弟を召し出して下さらないかしら。……いいえ、違うわ。生き餌ではなく奇跡の方よ。――そんなに驚かないで。ねぇ、お願い』
後で思えば、自分はこの時に奇跡の聖威師となったのだ。当時は目の前のことに対応するのに必死で、そんなことは全く分かっていなかったが。
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