3.ある日全てが急変する
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アリステルには夢がある。弟に人間らしい生活をさせてやりたいという夢が。自分は死ぬまで親に虐げられ、一生搾取され続けて、ボロボロになって果てるだろう。根拠はなくとも、そうなる予感がある。この地獄の檻からは逃げられないのだと、魂が知って絶望している。
だが、弟は。生まれつき片目が不自由だったという、本人には何の落ち度もない理由で売り飛ばされ、こんな地獄へ墜ちて来てしまったあの子は。どうにかして逃してやりたい。
普通の人と同じ物を食べさせてやりたい。普通の人が着るような衣を買ってやりたい。外気に晒されない場所に住まわせてやりたい。そして、願わくばどうかきちんとした教育を受けさせてやりたい。学があれば良い仕事に就くことができるから。
ふと振り返ると、距離が開いて小さくなった報道霊具の中で、父親に抱っこされた王子が嬉しそうな笑みを浮かべていた。上等な衣に分厚いコート。豪奢な宝飾品。広大な城に、宝玉でできた家具。
あの父子の後ろに控える家来たちの中で、末端であろう最後尾の者が無造作に胸に入れている絹のハンカチーフすら、自分には生涯縁のない値段の代物だろう。
(あの子は僕とは違う世界に生きてるんだ)
自分と年の変わらぬ少年を虚ろな目で眺めたアリステルは、頰を伝う涙に気付きもせずに今度こそ歩き出した。
◆◆◆
『さぁお食べ、私の愛し子。遠慮しないで、たくさんお食べ』
目の前で微笑むのは、世にも美しい絶世の女神。正確には、アリステルにとっては美しい、だ。一般的な人間の基準では、気絶して記憶を失うか、心臓が弱い者ならばぽっくり逝ってしまうほど醜悪な容姿をしている。だが、絶体絶命の自分と弟を救ってくれたこの神は、アリステルの目には誰より輝かしく神聖に映っていた。
◆◆◆
買いに行かされた重い酒樽を背負って戻ると、大切な弟が父親にタコ殴りにされていた。母親が笑いながらそれを見ている。父親の手に忌まわしい霊具があるのを認めた瞬間、背筋が凍った。
自分たちの両親は、何の因果か『霊具を創る霊具』という物を持っている。酔った父が自慢げに話していたところによると、若い頃に山道で拾い、適当に弄っている内に使い方をマスターしたそうだ。
そんな馬鹿げた話があるかと思うが、真偽がどうであれ、霊具を自在に創生できる道具が悪魔たちの手にあり、それによって自分たちが様々に苦しめられて来たことは事実だ。
死なないよう常にフルパワーで稼働する回復霊具と治癒霊具を取り付けられ、雷撃系の霊具で高電圧を全身に流されることなど日常茶飯事。全身を串刺しにされる、硫酸を満たした桶に全身を突っ込まれる、飢えた猛獣に襲わされる、身体中の皮を剥がされて猛毒の霧を神経に直接噴射される、等々はまだまだ可愛い方だ。
だが、自分が本当に恐れていたのは、今は自分を対象に行われているそれらの拷問が、弟にも及ぶことだった。現時点の弟への仕打ちは、罵倒や殴打、家畜扱いなど通常の奴隷レベルに留まっている。それでも酷すぎるが、自分に施される拷問と比較すれば相対的にマシだ。
弟だけはそんな憂き目に遭わせたくなかった。だが帰ってみれば、父親がご自慢の『霊具生成霊具』を持ち出し、世にも恐ろしい拷問具を創生して痛め付けようとしていた。それを見た瞬間、目の前が真っ赤になった。
人の姿をした巨大な悪魔を、自分は迷わず後ろから殴り付けた。酒樽を放り出し、近くに転がっていた薪で後頭部を殴打したのだ。霊具を作れる霊具も奪ってやりたかったが、父親がその霊具を万力で握りしめたまま倒れたため、手をこじ開けられないと瞬時に悟った。
背後で母親の金切り声が響く中、顔面をボコボコに腫らした弟を背負い、雪深い山をひた走る。集落の者は助けてくれない。自分たちの境遇に気付かないはずはないのに、誰もかれも見て見ぬふりをしている。まるで、救いの手の一切が自分たちの周囲から遮断されているかのように。
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