2.真冬の記憶 後編
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「王子は拐われた先で酷い目に遭ってたらしいぜ。すぐ怒鳴られる、重いモン持たされる、メシが古いパンと冷めたスープだけ、物置部屋に住まわされる、着古したカビ臭い衣を着せられる……。酷い時は仕置き用の細杖で手や足を打たれてたとか」
「可哀想な話だねぇ。だけどこうして元の身分に戻れたんだから、良かったじゃないか」
映像が切り替わった。ふかふかの毛皮のコートを着込んだ王子が、先ほどよりずっとリラックスした顔を浮かべ、広々とした庭を小走りで駆けている。
『パパ!』
幼い声が喜色を帯びて放たれた。小さな体が一直線に向かう先にいるのは、満面の笑みを浮かべた壮年の男性。少年よりもさらに豪華な外套を纏い、なお透明度の高い長剣を腰に下げている。その頭頂に輝くのは、恐ろしいまでに透き通った巨大な王冠。
「ほれ、あれがザッカース王国の国王陛下だってよ。剣と王冠は最高級の結晶花だけで作られた国宝らしいぜ」
「あら〜、イケオジじゃないの!」
年甲斐もなく黄色い声を上げる村の女性。映像の中の国王が腰を屈めて両腕を広げ、飛び込んで来た我が子を抱きしめる。
『パパ、今日は良い天気です!』
『王子殿下、父上かお父様とお呼び下さい』
背後の侍従が小さく囁く声を、霊具はしっかり記録していた。
『あっ、ごめんなさい』
『よいよい、王族の作法はこれから学び直していけば良いのだ』
しょんぼりと項垂れる王子の頭を、父である国王が優しく撫でる。そして、ようやく取り戻した愛息を抱き上げ、庭を歩き始めた。
『さあディオン、一緒に散策をしよう』
『うん!』
仲睦まじく寄り添う親子の後ろ姿が、霊威の光の中に大映しされる。
「5年間虐待されてたにしちゃ、随分と元気だし人懐っこいね。もっと人間不信になるもんじゃないのかい?」
「かなりぼんやりとだが、生き別れた家族の顔を覚えてて、思い出も少しだけど記憶してたみたいなんだ。だから早く打ち解けたらしい」
「素性が分かってからは治癒霊具で手厚い精神ケアを受けたって言うのもあるんだろ。王家が飼育してる霊鳥キリスの羽根で作った最高級寝具に、王城の霊木から採れた果実を使った特製ジュースやスイーツなんかも用意されてるとか。霊草とか霊花を使った料理も出るみたいだから、体のフォローもバッチリだ」
「はぁ〜、さすが王子様だねぇ」
そんなやり取りを聞きながら、アリステルは踵を返してその場を後にした。話を聞くに、あの王子様は10歳。自分と同じ歳だ。だが――完全に住む場所が違う、別世界の人間だった。
こんな所で油を売っている暇はない。早く用事を済ませて帰らなければ、筆舌に尽くしがたいほどの目に遭わされる。どのみち凄惨な扱いをされるが、奴らの気に触ることをすればもっと酷くなる。家に残されている弟にまで火の粉を飛ばしてはならない。
雪の下で凍った地面を踏みしめていた素足には、もう感覚がない。だが、時折足元でバキバキと響く音を、寒さで千切れそうな耳が拾っている。体重がかかって氷が割れているらしい。歩いて来た雪の上には赤いものが滲んでいる。どうやら割れた氷で足の裏や指を切ったようだ。どうせあかぎれだらけの足だったので、何の感慨もない。
問題は、この状態で家に帰れば床を汚してしまうことだ。そうしたらここぞとばかりに激怒される。奴らは自分たちが失敗するように仕向け、あらゆる方面からいたぶって来るから。
(帰りにゴミ捨て場に寄って、布がないか探そう)
運が良ければ、使い古したボロ雑巾や布の切れ端が捨ててある。それを足に巻けば、何もしないよりは良いはずだ。
(少し大きめの布があれば……シスにミトンを作ってやれる)
何年も前に道端で奇跡的に拾った手袋は、迷わず弟にやった。片方だけしかなく、指先などあちこちに穴が開いていた物だが、自分たちにとっては最上級の贅沢品だった。だが、数年が立った今はすっかり擦り切れて残骸と化してしまい、もう使い物にならなくなってしまっている。
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