表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第2話「図面とか見なくても分かるのか」

普段から、無意識のうちに頭の中で点と点が結びつく。

人の動き、建物の形、天気によって変わる街の顔。

人のつながりもそう。この人が全体の中心だ、というのが分かる。

蜘蛛(くも)の巣も、全部が崩れ落ちる他とは違う一本、が分かる。

知らずに眺めていた風景が、ふとした時に頭の中で結びつく。


まるで点と点に糸を通すように。


自分のいる図書館の天井のひび割れが、どの本棚のところまで伸びると危ないか。

リンゴの山でどの一つを動かすと、全体が崩れるか。そういうことが、なんとなく分かる。

伝えるのが下手なせいか、図書館のひび割れは館長に伝えたが取り合ってはもらえなかった。


崩れたリンゴを三人で積み直す。店主は怒るかと思ったが、異国人(いこくじん)が何度も頭を下げるので(あき)れた顔で許してくれた。


買ったばかりのリンゴをかじりながら異国人が聞いた。

「さっきの、なんで分かった?」


「昔から、そういうのがなんとなく分かるんだ。大体当たるよ」


「俺はフラムっていうんだ。蒸気機関(じょうききかん)の保守であちこち回ってる。あんたは?」


蓮要(れんよう)。この先の図書館で仕事してる」


蓮要は、ふと立ち止まって雲一つない空を見上げた。


「明日、午後にはリンゴは今日の半分以下の値段になるよ」

「で、明後日(あさって)から先は今日の三倍ぐらいの値段になるから、明日のうちに買いだめするのがおすすめだよ」


フラムは不思議そうに蓮要を見ていた。


星が出るぐらいの時間から、昼間からは想像もできなかった暴風雨が朝まで続いた。


蓮要が言った通り、木から落ちたリンゴが午後には店先で捨て値で売られていた。

宿の前でばったり会った蓮要は、傷の少ないものを選んで(かご)いっぱい買い込み、上機嫌だった。


「これ、大丈夫なところは砂糖で煮て、傷のないのは干しリンゴにするんだ。できあがったら、フラムにもあげるね!」


「お、本当に? 楽しみにしてる」


蓮要はうれしそうに笑って、籠を抱えて帰っていった。


図書館と宿、そして商店街は同じ道沿いにある。

夕方、仕事帰りにまた蓮要に会った。

向こうから声をかけてくる。


「よく会うね! 今日はどこの保守に行ってたの?」


「今日は修理で、貝柳(かいりゅう)さんのところの蒸気機関」


「貝柳さんのところか...。それ、またすぐ呼ばれるかも」


「なんで?」


蓮要は少し考えてから、

「…ただの、感、なんだけど」

と、前置きをして話し始めた。


蓮要は、考え考え、ゆっくり説明する。

色々と分かりはするが、それを説明するのがいつも苦手だ。


「貝柳さんのうちは…川の(そば)で」

「あ、口に入る方は、上水(じょうすい)だと思うんだけど」

「川は、今年、()(こけ)がすごくて...」


「なるほど。生活に使う水は川から取ってるってことか」

「で、藻とか苔が蒸気機関のどっかに詰まってるかもってこと?で、合ってる?」


「う、うん。そう」


蓮要の説明をフラムは瞬時に理解した。

こんなにすぐに分かってくれる人は、今までいなかった。


フラムは腕を組んだ。


『そういえば、昼間行った時、川が近かったな。

生活用に川から水を引いている。

蒸気機関は半年前に買ったものだって言ってた。

貝柳さんの店は酒の卸業(おろしぎょう)を営んでいて、夜には酒場になると言ってたな。

蓮要の言う通り、口に入るものは上水を使うだろうけど、それ以外には、川の水を使っている。ということか。

で、今年はいつもの年より川の藻や苔が多い。

蒸気機関は水を使う。かけらが水に混じって、どこかに詰まってる可能性がある。

と言うことか』


「ちょっと待って。あんた、蒸気機関の中身を見たことは?」


「ないよ。今日、初めて近くで見た」


「...」


フラムは蓮要の顔をしばらく見ていた。何か言いかけてやめた。代わりに笑った。


「面白いな、あんた」


蓮要は首をかしげた。


その夜。

蓮要はフラムの宿を訪ねた。干しリンゴはまだ完成してないが、砂糖で煮た方は今日のうちに渡したかった。


「フラムできたよ。煮た方だけ先に」


「おお、ありがとう」


フラムが紙包みを開けると、半分に割った竹筒(たけづつ)琥珀色(こはくいろ)のリンゴの甘煮(あまに)が並んでいた。


「きれいだな」


「母さんに教わった。砂糖と一緒に煮ると、日持ちするから」


二人で宿の縁側(えんがわ)に並んで座り、竹楊枝(たけようじ)でリンゴの甘煮を食べていた。


そこへ、貝柳が息を切らせてやってきた。


「フラムさん、すまんがまた…」


「蒸気機関?」


「昼間直してもらったけど、また同じ感じになってな…」


「悪いけど、準備できたら店に来てくれ」

そう言うと貝柳さんは店に戻って行った。


フラムは蓮要を見た。蓮要は小さく(うなず)いた。

「ほらね」という顔はしなかった。ただ少し申し訳なさそうだった。


フラムの準備を宿の外で待っていると、通りすがりの人に話しかけられた。


「いい匂いだね。リンゴの甘煮」


どこかで会ったことがあるような気がした。

変わった髪色の人だった。


「あの、良かったら」「残り物ですが」


蓮要は竹の入れ物を差し出した。


「アタシがもらっても良いの?」「ありがとう」


そう言ってその人は、入れ物ごと受け取り、蓮要が「あ」と、言う間もなく去っていった。


宿から出てきたフラムと夜の通りを歩く。


提灯(ちょうちん)の明かりが等間隔に(とも)っている。


角を曲がったところで、蓮要がフラムの(そで)を引いた。


「ちょっと待って」


通りの先で、帝都治安部隊(ていとちあんぶたい)の制服を着た若い男が三人、屋台の主人と言い合っていた。声が大きい。屋台の主人は手を上げて何か弁明している。


「巡回の人だ。...少し待とう」


フラムは足を止めた。

しばらくして、三人が去っていった。屋台の主人が、ため息をついて布で(ひたい)()いている。

二人は歩き出した。


「最近、ああいうの増えた気がする」

蓮要がぽつりと言った。


「治安部隊の人たち?」


「うん。前はもう少し...穏やかだった。この間も、低層街(ていそうがい)市場(いちば)()め事があったんだけど、仲裁っていうより、最初から苛立(いらだ)ってた。揉め事の相手に、じゃなくてなんていうか...全部に」


フラムは黙って聞いていた。


「怖いってほどじゃないんだけど。ただ、前はこうじゃなかった」


蓮要はそれ以上言わなかった。言葉にならないことを無理に言おうとしない人だ、とフラムは思った。


(れん)、一緒に来てくれるか」


蓮要は少し驚いた顔をした。


(れん)」と、(した)()に呼ばれるのも初めてだった。


蒸気機関は店の裏手に()えてあった。蓮要にとって、機械の内部を間近で見るのは初めてだった。

フラムが工具を広げ、外板を外していく。手つきに迷いがない。部品の配置を確認しながら指先で管の表面をなぞる。汚れ具合、(さび)の進み方、締結部(ていけつぶ)(ゆが)み。目と指が同時に動いている。


『すごい』


蓮要は、フラムの手元をろうそく立ての明かりで照らしながら、その動きに見入っていた。

自分には「壊れそうな場所」が分かる。でもそれを直す手段を知らない。

フラムの手は違った。壊れた場所を見つけた瞬間に、直し方が指先に流れるように出てくる。


冷却管の継ぎ目を外し、中を(のぞ)いたフラムが声を上げた。


「あった。こりゃすごい」


管の内側に、緑色のドロドロとしたものが詰まっていた。

新しい管に交換する。元のものは工具入れの中の瓶へ入れる。


「蓮。ちょっとこっち見てみて」


蓮要が覗き込む。


「他にも気になるところある?」


蓮要は機械の全体を見渡した。蒸気の出方。(かす)かな金属音。管と管の間の何か引っかかっているような気配。


「…蒸気の力を逃すところ、が何か苦しそう」


「苦しそう、か」


フラムは笑わなかった。

工具を持ち替え、蓮要が指した箇所を確認した。

管と管を(つな)ぐ内側の接続部分が、正常な位置から歪んで固定されている。


「これか」


フラムは管を外し、問題の部品を取り替え、正しい位置に()え直した。

蒸気の音が変わった。苦しそうだった(うな)りが消え、均一な音になった。


「図面とか見なくても分かるのか」


フラムの声にからかいの色はなかった。

蓮要は一瞬きょとんとした。

何と答えていいか分からないような顔をして、それから少しだけ笑った。小さな笑みだった。

()められたのだと気がつくまで、少しかかった。


「俺の姉さんみたいだな」


「姉さん?」


「明日、合流するんだ。蓮にも会わせたい」


フラムがそう言いながら、工具を片付けている。ふと蓮要の方を見た。

一瞬だけ笑顔が消えた。蓮要の顔を何かを確かめるように見ていた。

すぐにいつもの表情に戻った。


店を出る時に、おかみさんが客と話しているのが聞こえた。


随分(ずいぶん)良い酒だね。どうすんのこれ」


「あぁ、週末の雪凪(せつな)坊っちゃんの婚約会のさ。めでたい席には、このぐらいの酒じゃないとね!」


「婚約会かぁ。早いね。春に士官学校出たばっかだろ」


「そりゃ、親が急いだんだろうよ。悪い虫が付く前にってさ」


「で、祝言(しゅうげん)自体はいつなんだい?」


「秋の収穫祭の前だってさ」


「それにしても、俺なんていつも安酒ばっかなのに、金はあるところにはあるんだな。あやかりたいよ」


二人が大声で笑うのが、背中越しに聞こえてくる。

蓮要が、かすかに反応したように見えた。


店の外は夜風が冷たくなっていた。

フラムが、工具袋を肩にかけ直しながら言った。


「さっきの治安部隊の話だけどさ。この国って上は誰が仕切ってんの?」


鷺宮(さぎみや)っていう、多分、帝都治安部隊の一番上の人。街のことは大体その人の名前で決まる。会ったことないから、顔は知らないけど」


(みかど)とか国王とかは?」


蓮要は少し歩いてから答えた。


「いるよ。...いるはずなんだけど」


「はず?」


「前に館長に聞いたことがあるんだ。『帝様(みかどさま)って最近どうしてるんですか』って。そしたら『帝? ああいるんじゃないかね。さあ』って」


蓮要は首を(かし)げた。


「変だなって思って他の人にも聞いてみた。貝柳さんにも、商店街の人にも。みんな同じ。『いるんじゃない?』で終わり。誰も気にしてない」


「...」


「帝様が何をしてるのか、どこにいるのか誰も知らない。でも、誰もそれをおかしいと思ってない。鷺宮さんの名前は毎日のように聞くのに、帝様のことは...最後にいつ聞いたか覚えてない」


蓮要は足を止めて少し考えた。


「…なんていうのかな。建物の真ん中に柱がないのに…、みんな気づいてない、みたいな。天井は今のところ持ってるから、誰も上を見ない。でも...」


蓮要はそこで言葉を切った。自分が何を言おうとしているのか、うまくまとまらなかったのだと思う。


フラムはしばらく黙って歩いていた。


「...面白いな、あんた」


フラムがこのセリフを言うのは、二度目だ。だが一度目とは声の色が違っていた。蓮要は気づかなかった。


フラムは宿の角で立ち止まった。


「蓮。明日さ、姉さんが着くんだ。仕事終わったら宿に来てくれないか」


「うん。」


「帰り道、気をつけてな」


フラムの目が、一瞬だけ蓮要の顔に留まった。何かを確かめるように。

すぐにいつもの表情に戻った。

蓮要は手を振って暗い通りへ歩き出した。


暗い通りを一人で歩く。

提灯(ちょうちん)の明かりが遠く足元は自分の影しか見えない。

店はもう閉まっていて、通りに人の気配はなかった。

フラムは、少し離れた道の角から、巡回中の数人のうちの一人が、こちらを見ている事に気がついていた。


蓮要は家に着いた。

戸を開けると暗い。

(かまど)に火を入れた。湯を沸かす。(ひも)を通して()るした干しリンゴの様子を確認した。まだ少し柔らかい。もう少し干そう。

台所に立ち、傷のあるリンゴの処理を始めた。皮を()く。変色した部分を切り落とす。傷のない果肉は薄く切って塩水に入れる。

包丁がまな板に当たる音だけが響いていた。


リンゴを切る手は止まらなかった。一つ切って次。また次。手を動かしている間は何も考えなくて済んだ。


通りの向こうで、灯りがひとつ消えた。


翌朝出勤の途中で声をかけられた。フラムだ。


「昨日はありがとう。貝柳さん、今朝も調子いいって言ってた」


「よかった」


「じゃ、また夕方」


蓮要は、少し迷って(うなず)いた。


その日の図書館の仕事はいつもより早く片付いた。

リンゴ屋の前を通ると、値札が書き換えてあるのが見えた。最初の日の三倍の値段になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ