悪女
リアの視点から見える景色は、世間の噂とはあまりにもかけ離れていた。
弟が生まれたあの日から、リアは「良き妻、良き母」として他家に嫁ぐため、懸命に花嫁修業や学問に励んできた。
そうして南の伯爵家へと嫁いだが、そこで彼女を待っていたのは、息の詰まるような、ただただ深い孤独の日々であった。
夫は、リアにも、そして産まれた我が子にも、徹底して興味を示さなかった。
屋敷の従僕やメイドたちも同様だった。生きるために最低限必要な食事や世話は用意するものの、リアの話し相手になる者は一人もいない。
共に笑い合い、ほんのわずかな心の温もりを分け合うような人間は、その広大な屋敷のどこにも存在しなかった。
それでも、リアは息子を、我が命に代えても大事に、大事に育てたつもりだった。
だが、その息子――レイフは、大変に手のかかる子供だった。
母の姿がほんの一分でも見えなくなれば、激しく泣き喚き、周囲の物を手当たり次第に投げ散らかして暴れる。リアは片時も彼の側を離れることが許されなかった。
レイフが物を投げ、高価な調度品を壊すたび、使用人たちはあからさまに嫌悪の表情を浮かべた。にこりともしない冷淡な顔のまま、
「……結構ですよ、奥様。お気になさらず。大切なおばちゃまのしたことです」
と、告げる。
それがリアには、鋭い刃のように突き刺さり、たまらなく寂しかった。
義父母の態度も陰湿を極めた。
物が壊された時、彼らは「まだ幼い子供のすることだから」と口では言いながら、これ見よがしにリアの前で深い溜息をつくのだ。
そして、わざと彼女に聞こえるような声で囁き合う。
「これは何代も前から我が家に伝わる、大切にしていた花瓶だったのに。なんてことだ」
「これが本当に我が家の孫なのか。なんと情けない……」
リアはただ一人、唇を噛み締め、押し寄せる辛さと悔しさに耐え続けるしかなかった。
夜、夫が帰宅しても、リアに視線を向けることはない。もちろん、息子にも目をくれない。ただ、そこに置かれた物としてしか扱われない日々。リア自身もまた、その家で必死に心を殺して「物」として耐え忍ぶことで、かろうじて理性を保っていた。
そんな地獄のような日々が、二年ほど続いたある日のこと。
ようやく歩くようになった幼い息子を追いかけている時、リアは不意に足をもつれさせ、激しく挫いてしまった。
激痛に顔を歪めるリア。しかし、息子はそんな母親のことなど一切お構いなしに、振り返りもせず一人でスタスタと先へ進んでいってしまう。
「待って、レイフ……っ!」
足の痛みのせいで、一歩も動けない。
リアは必死に大声で助けを求めた。だが、不運なことに、使用人たちはリアの声が届かない遠くの場所にいた。彼女の切迫した、引き裂かれそうな悲鳴を聞きつける者は誰もいなかった。
屋敷の人間が、ようやくその「異変」に気づいた時。
息子は、リアの手の届かないはるか遠くの場所で、母親と同じように転び、血を流して大泣きしていた。




