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悪女な母と英雄と  作者: 午前1時
母親と悪女

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1/7

英雄

リア・グリストフは、北の地を治める伯爵家の一人娘であった。

本来であれば彼女が家督を継ぐために婿養子を迎えるはずだったが、十歳になった年に待望の弟が誕生する。その結果、リアの運命は一転し、南の伯爵家へと嫁ぐことになった。

嫁ぎ先で、リアは一人の可愛らしい男児を産み落とした。

彼女はつきっきりで息子を育てたが、その子がわずか五歳になった時、彼女は忽然と姿を消してしまう。

それ以来、リアの名は「我が子を捨てた稀代の悪女」として、国中に悪名を轟かせることとなった。

そう、彼女が置いていった六歳の息子は、後に成長してこの国の危機を救う英雄となったのだ。あんなにも素晴らしく、気高い英雄を一人残して消え去ったリア。なんと冷酷で、身勝手な悪女であろうか。

「母上はある日突然、僕たちを捨てていなくなってしまったのです。本当に……本当に気まぐれで、冷たい人だった。あの日から、残された父や祖父母と共に力を合わせ、必死に支え合って今日まで生きてきました」

英雄――レイフは、かつての家庭を振り返っては、いつも寂しそうに微笑む。

その隣では、年老いた祖父母が痛ましげに目を伏せ、父親が悲痛な面持ちで息子の肩をそっと抱きしめるのだ。


そんなレイフのもとへ、やがて一人の美しい少女が訪れる。

「レイフ様、ずっとお慕いしておりました」

レイフもまた、彼女の清らかな想いを真っ直ぐに受け止めた。


二人がまだ恋人同士であった頃、レイフは少女に、自身の幼少期の悲しい出来事をぽつりぽつりと語って聞かせたことがある。


「母はよく、僕に向かって『私はあなたの使いよ』と言わせていました」


それは一体、どういうことであろうか。困惑する少女に、レイフは苦しげに言葉を続けた。

「あの人は、僕のことを自分の子供だとは認めていなかったんです。だから……現実の何かから逃げるように、自分を僕の『使い』と呼ばせることで、母親の責任から逃げていたんでしょうね。」


「使いって、召し使いということですか」


「ええ、そうです。本当におかしいでしょう?」


レイフは、たまらなく寂しそうで悲しげで、今にもいなくなってしまいそうだった。

その痛々しい姿に、少女の胸は締め付けられる。一歩進み出ると、彼女は愛おしいレイフを優しく抱きしめた。


(辛かったですね……)


そう言葉をかけられたら、どんなによかっただろうか。けれど、幼い彼が味わったであろう孤独を想像すると、少女はあまりにも心が張り裂けそうになり、声が出なかった。だから何も言えず、ただ祈るようにレイフを優しく包み込んだ。

レイフもまた、そんな少女の背中に腕を回し、優しく包み返した。


「だから、僕は憧れているんです。温かい家族というものに。妻と、そしていつか生まれる子供と一緒に、みんなで笑い合える家庭を作りたい」


「……私も、そのような家庭が理想です」


少女ははにかみながら、にっこりと笑った。

国中から神格化されているこの英雄も、自分の前では、温もりを求める一人のただの人間なのだと愛おしく思った。二人はやがて、国中から祝福される華やかな結婚式を迎えることになる。誰もが、二人は間違いなく幸せになるだろうと信じて疑わなかった。


だが、世間は消えたリアに関する真しやかな噂を広げ続けた。

ある者は、彼女が成金のような男と夜の街へ消えたと言い、またある者は、宝石店で贅沢に買い漁っている姿を見たと言った。さらに恐ろしいことに、「リアが、血塗られた手で幼いレイフ様を激しく叩こうとしているのを見た。もしあの悪女が家にいたらレイフ様は、この世にいなかっただろう」と証言する者まで現れた。

リアはなんと冷酷で、身の毛もよだつ悪女であろうか。

そして、そんな悪女に裏切られながらも、彼女を悪く言うこともなく、ただ寂しいと語る家族たちはなんと立派で、慈悲深い人々であろうか。


ある時、一人の人間が感動に声を震わせ、レイフに向かって言った。


「リアという心ない悪女が母親であったというのに、それに比べて、あなたはなんと立派に育たれたことか!」


それを聞いたレイフは、ふっと痛ましげに、悲しみの表情を浮かべた。


「いいえ……。母も何か、きっと深いわけがあったに違いないのです。あまりに幼すぎたので、当時のことはよく覚えてはいないのですが……母の優しい笑顔だけは、どうしても忘れることができないのです」


どこまでも自分を捨てた母親を庇おうとするレイフの言葉に、周囲の者は胸を打たれ、涙を浮かべた。これほど凄絶な過去を持ちながら、なおも美徳を失わない彼こそ、真の英雄であった。

人々は口々に言った。「不幸に負けてはいけない」と。

どんなに理不尽な逆境にあっても、レイフのように正しく、健気に生きていれば、いつか必ず本当の幸せが訪れるのだ――。

世間はそんな教訓めいた美談を作り上げ、今日も語り継いでいる。

あの屋敷の奥で、一人の女性の心がどのようにして殺されていったのか、その真実を誰一人として知らぬまま。

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