↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/48

境界

 目の前の鳥居の一歩先。そこに立つ彼女は黒紋付を身に着けうっすらと笑っている。薄気味悪いその表情は生前の彼女なら絶対にしない。向かい合った夕暮れ時、ゆっくりと私の影が伸びるのに対し、彼女の影は足元にとどまったままだ。


 一ヶ月前、友人である彼女は死んだ。死因は伏されていた。理由はよく分からないが伏されている以上、耳障りのいいものではないと学生の私でも察した。さらに通夜でも葬式でも棺が開けられることは無かった。

 友人と最後に話したのは金曜の学校帰り。いつもの分かれ道で挨拶をした。そして翌日の夜に訃報に届いた。あまりにも急な事でその日は何も考えられなかった。


「またね」

 彼女と交わした最後の挨拶が脳内で再生され続け、今も消えない。そう、彼女は死んだ。間違いなく死んだはず。通夜も葬式も行った。友人家族のご厚意で納骨も立ち会った。彼女の身体を見ることは無かったけれど、確かに私は彼女の骨を箸でつまんだ。


 それなのに、彼女は目の前に立っている。姿形はそのままに、表情と服装を異にして。鳥居の一歩向こう側で。

 奇妙なのは彼女だけじゃない。鳥居の向こう側が全ていつもと違う。普通なら鳥居のすぐ奥に小さな社と雑木林があるはずなのだ。それなのに、彼女の後ろには長く続く石畳。さらに雑木林は無く、綺麗に整備され、開けた境内が広がっている。

 何もかもがいつもと違う。異常事態だと脳が警鐘を鳴らす。それなのに彼女の顔だけは生前のままで。それだけで、それだけが理由で、私は逃げることができなかった。


 しばらく私を見つめた彼女はゆっくりと手を差し出した。まるで私を誘うかのように。けれど、あちらから歩み寄る事はない。絶対に鳥居から出てこようとしない。たった一歩進めば私の手を取れるのに、彼女はそれをしようとしない。

「来ないの?」

 不意に彼女が口を開く。あまりにも平坦で、感情のない声。コロコロと表情が変わり、いつも楽しそうに弾んでいた生前のトーンとはあまりにも違う。けれど、間違いなく友人の声。表情も、声のトーンも、何もかも違う。なのに身体も声も友人のままで。

 友人なのか、友人を真似たナニカなのか、分からない。けれど色んな感情が綯い交ぜになり泣きそうな私を見て、彼女は笑みを深める。そしてさあ、という声とともに鳥居のギリギリまで手を伸ばして来た。


 本当は彼女の姿を見たその瞬間に駆け寄りたかった。なんで死んだのかとか、辛くなかったかとか聞きたい事がいっぱいあった。けど、見た目以外の何もかもが違う様を見て、必死に足を押し留めた。

 でも、鳥居の向こうにいる彼女は。表情は違うけど、顔は同じで。トーンは違うけど声も同じで。だから、そう。もしかしたら、もしかして、と考えてしまうのだ。ありえもしないことを。


 それを知りたければ、彼女の手を取ればいい。あと数センチで、私は彼女の手を取ることができる。私が動けばいいのだ。指先だけ、ほんの少し動かせばいい。けれど、目の前の彼女が友人に化けたナニカだったら?こんなにも異質な事が起こっているのに、彼女だけ正常なんて事はあり得ない。

 夕陽に照らされ、周囲が赤く染まる。じわじわと視界が狭まってくるように感じる。今すぐにでも彼女の手を取りたい。その衝動をなけなしの理性が抑える。けれど、でも。彼女の手を。私は。

 私は——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。