冬眠
カーテンの隙間から日差しが入る。日が顔に当たり、眩しさを嫌った子が寝返りを打ち、私の身体とベッドの隙間に入り込んだ。その様が擽ったくて、温かくて、愛おしい。優しく子を撫でてやれば満足そうな寝息が聞こえてくる。まだ朝晩は冷える啓蟄の頃。妻の意識はまだ戻らない。
秋の終わりのある日、妻は自らを終わらせようとした。前兆も素振りもない、あまりにも突然の事だった。幸いにも一命は取り留めたものの、意識が戻らない。検査では身体的な異常は認められず、心理的な面も関係しているのではと医師は言っていた。
確かに妻には精神的に少し不安定な面があった。私と会うまでは過酷な人生を送っていたことも原因だろう。それでも、結婚してからは穏やかであったはずだ。夫婦としての生活は穏やかなものであったし、現に可愛い子供にも恵まれている。私もできる限りの事をしてきたつもりだった。
なのに、どうして妻は未来を終わらせるような選択をしたのだろうか。
辛い過去がフラッシュバックした?不満があった?それとも別の何か?妻が目覚めない以上、答えは分からない。
唯一分かることと言えば、私は失敗したということ。
あれほど幸せにすると決めた人を不幸にさせてしまった。それも自分自身を手に掛けてしまうような、心優しい人を。今の生活に不満があれば私を非難すればいい、過去が苦しいのであれば相談してくれればいい。それなのに、何も言わず独りで逝こうとした。
あの日、家に帰り倒れ伏す妻を見て全身が凍るような心地がした。柔く、温かい日々が音を立てて崩れ落ちる。息を吸ってるはずなのに、心臓が苦しかった。きっと子供がいなければ半狂乱になっていただろう。なんとか救急車を呼び、病院で妻が生きていると言われてようやく自分に体温が戻っていった。
もう二度とあんな気分を味わいたくない。妻が自身を手に掛ける程追い詰められてしまうことも、あってはならない。妻には、ただ穏やかに、幸せに笑っていてほしい。その為なら私はなんだってしよう。家族以外の全てを差し出したっていい。私に非があればすぐに直そう、貴女の心を病ませるものがあれば取り除こう。
だから早く目覚めてくれ。貴女がいないと私はどうしようもなく駄目らしい。優しい色彩に溢れていた日々は、今や灰色になってしまった。今や貴女の笑顔が酷く懐かしく感じてしまう。今度こそ、失敗しないから。もう一度、私に笑いかけてはくれないだろうか。
貴女のいない我が家は、なぜだか酷く寒い気がするんだ。




