鐘楼
昼を告げる鐘が鳴る。しかし町には厚い雲がかかり薄暗く、活気がない。煤けた壁の一部がガラリと音を立てて崩れた。見渡しても人一人いない。所々に燃やされた家の一部が残っている。
戦争か、火事か、はたまた別のなにかか。私には分からない。しかし良くないことが確実に起きた事だけは確かで、積み重なった経験から最悪の結果も想像できた。
この惨状は町に着いた時にはこうだった。遠い昔に訪れた時は小さいながらも活気のある町だったが、今は見る影もない。
カチ、と金属質な音が足元でした。見てみれば町の駐屯兵が使っている剣が砕け落ちている。町が荒んだ原因は穏やかなものじゃなさそうだ。死体が無いところを見るに、既に埋めたかあるいは燃やされたと信じたい。嫌な想像は沢山できる。しかしそれに耽るのはまだ早い。
元々大通りだった道を歩く。整然としていた道は今は物が転がって歩きにくい。慎重に、しかし歩みを緩めることなく進む。町の中心には教会があった。町の人々の祈りの場であり憩いの場。そして有事には砦となる場所。
僅かな希望を持って進む。永く旅をしている身で凄惨な場は飽きるほど見てきた。しかしそれと同じくらい奇跡も見てきたのだ。だから私はこの町にも奇跡が起こっていると信じている。
ここに来る時、正午の鐘がなっていた。ならば鐘楼に人がいるかもしれない。今は殆ど歯車で自動的に鳴る物が大半だ。だがここは違うかもしれない。そう自分に言い聞かせて歩む。
教会が見えてきた。しかし近づけば近づく程、町の様子は悲惨になっていく。焼け焦げた臭いが鼻につき、じっとりとした重さが胸に溜まる。黒くなった木片が砕けるのを足裏で感じながら教会に近づく。
扉の前に立つ。固く閉ざされた扉は見上げるほどに大きい。ゆっくりと手を伸ばす。が、ごうと強い風が吹き慌てて帽子を押さえた。フッと陽の光が差す。空を見れば雲が流され、太陽が顔を出している。光が教会を、扉を照らし、それに誘われるように扉を開いた。
人がいた。沢山の人が。身を寄せ合い、耐えていた。私を見た人々は一瞬怯えたようだが、私が旅の者であると気付くとすぐに警戒を解く。聞けば町が襲われ、家の殆どは焼け落ちたものの教会だけが無事に残ったと言う。そのため生き残った全ての住人が教会に避難しているのだと。
そしてもうすぐ国から支援が届くとも言っていた。その言葉を聞いた途端、かくんと膝の力が抜け、しゃがみ込んでしまう。あぁ良かった。最悪の結末は回避され、明るい未来がやってくる。被害はあるが、それでも町の人々は前を向いている。喜びで身が震える。
私の様子を見た住人は心配そうに寄り添い、声をかける。中には温かいスープを持ってきてくれる人もいた。そうだった、この町の人々はこのように心優しい人達だった。自分たちが苦しい状況にあれど、旅人である私を気にかけてくれるほど。
であれば、私は旅人の身なれどできる限りの事をしよう。私はコートを脱ぎ、近くの男に手渡した。鞄は子供に、手袋は老人に。荷物を次々に手渡す私に人々は怪訝そうな顔をした。私は少しイタズラをしたくなり、くるりと回って帽子を投げ捨てる。あっとどよめきが走った。
帽子は近くの女が拾ったようだ。フワリと身体が舞い上がり、それと同時に渡した荷物から食物や服が溢れてきた。そのまま風に乗り町を出ていく。
さようなら、優しい町の人。どんな苦難があろうとも、その優しさを忘れないでおくれ。




