漂着
なんだアンタ、政府のお役人さんかの。あの日の話が聞きたい?なんべんも話したじゃろ。嘘だと笑ったのはそっちじゃろうに。はぁ……まぁいい、また話せばいいんじゃろ。
……えべっさんがウチの村に来た。それもいつもと違ってエライ綺麗で喋りよる。なんとも不思議なえべっさんで、きっとどこぞの神様か仏様の御使いだろうと村の全員で歓迎した。えべっさんはなにを考えてるか分からない顔で、ニコニコ笑っておった。
えべっさんは働き者でもあった。村の仕事の手伝いはなんでもやってくれたし、子らの面倒も見てくれた。村のモンは全員えべっさんが好きになっていった。ワシを除いて。
ワシはえべっさんが不気味で嫌だった。男なのか女なのか分からんのも、何を言われてもニコニコしとるのも。それにえべっさんの前にいると変に気分が良くなる。ドキドキするような、指先がピリピリするような、そんな心地が。普段なら良いことのように思えるが、えべっさんの前でだけ特にそれが強くて嫌だった。
ワシはなんとなくえべっさんを避けるようになった。えべっさんが来る前に仕事を終わらせ、他のヤツを手伝う。えべっさんが近くに来るようなら適当な理由をつけて別の場所に行った。幸いえべっさんは自分から個人に近づくようじゃなかったし、村のモンもワシの事は特に気にしていなかった。
えべっさんはとうとう、長老から向かいの幼子まで、ワシ以外の全員から好かれ、信頼された。いくらえべっさんが働きモンでも、よそ者に対してする態度じゃあない。なんか変な力でも働いてるんじゃねぇか、そう思えてワシはより一層えべっさんを嫌った。
ワシの考えが正しいと分かったのはそれからひと月、今から七日前の事。その日は月が赤くての。真ん丸で、真っ赤な月が妙に映える日じゃった。赤い満月の日は良くないもんが出るいうて、どの家も固く扉を閉めて籠るんじゃ。
ただし、その日だけは違った。その日はえべっさんが来てから一年経ったちゅうて村長の家で宴をやっていたのよ。戸さえ閉めときゃええじゃろ言うて。お父もお母もその宴会に行って、村の中でワシ一人だけがその宴会に行っとらんかった。遠くに宴会の楽しげな声を聞きながら、窓も戸も固く閉じた。なにがあっても開けるものかと。
そうして宴会の声も落ち着いた子の刻の頃だったか。村長の家の方から、嫌な音がして、次いで悲鳴が聞こえた。ゾッとするような、とてもこの世のものとは思えん声じゃった。ワシはあまりの恐ろしさに布団に包まってブルブル震えるしかなかった。どれぐらい時間が経ったのかは分からん。長かったようにも、短かったようにも感じる。フッと周りが静かになったんじゃ。誰かの足音が聞こえる程に。
誰の、なんて確かめるまでもないのに、その時のワシはバカじゃった。もしかしたら村のみんながワシを騙してイタズラしとるんじゃないかと、そう思いたかった。だからコッソリと隙間から外を覗いたんじゃ。
なにがいたと思う?なんて、言っても分からんか。えべっさんじゃ。血塗れのえべっさんが、お父の首を齧ってた。そのままえべっさんは、お父の頭持って海に入って行ったよ。
なぁ、アンタ。あれは一体なんなんだ?あのえべっさんは本当にえべっさんなのか?長老がえべっさんと言ったから、えべっさんだと思っていたが、違うんだろう?だって、いつものえべっさんは、海で死んだ仏さんじゃねぇか!




