出奔
満月が足元を照らす。狭い道をただひたすらに歩く。室内用の履物は地面を歩くには向いてない。つま先はドロドロで、可愛かったピンク色は黒ずんでいる。でもそれでも歩く。木に引っかかって可愛かった寝間着の裾はボロボロ、髪もぼさぼさ。それでも行かなければならないから歩く。
もうあそこには帰らない。大きなお屋敷、綺麗なお部屋、美味しいお菓子。そんなものはもういらない。私は私のために生きるのです。お人形のように美しい女性ではなく、意思のある人間になるのです。そのために今はただただ歩く。
この森を抜けた先、お屋敷から少し離れた別れ道。そこで人が待っている。私を新しい場所に連れていくために。別れ道から先は道がたくさんあって簡単には追って来ることはできないだろうから。森を抜けたのは少しでも足跡を辿られたくはなかったから。
お父様とお母様は悲しむでしょうか。可愛がっていた娘がある日突然消えたなら。でも私は自由になりたいの。自分で商売をやりたいの。お父様のお手伝いだけじゃ物足りない。家業を継いで、家を大きくしたかった。けれど、お父様は嫌がった。私が女でなかったら、私が男であったなら。
だから私は出ていくの。自分の力で生きていきたいの。やりたいことも、元手も、なにもかも持っている。後は行動を起こすだけ。そのために今はひたすら歩く。どれだけ汚れようとも、どれだけ道が荒くても、私は止まらない。少しずつ、けれど、確かに進んでいる。目の前が少しずつ明るくなり、森の出口が見える。
パッと視界が開け、広い草原に出る。月明かりに照らされた先には行き先を示している看板があった。来た道は間違っていなかったのね。ホッと胸をなでおろす。看板の近くには馬に乗った二人組がいた。私と年の近い友人で、召使いだった者達、そしてこれから私の大切な仕事仲間になる者達。
二人は私を見つけるとふわりと笑う。馬から降りて私を抱きしめ、引き連れていた一頭の馬に私を乗せた。馬はお屋敷とは逆の方向に歩き出す。荷物も最低限、これからのことはなにも決まっていない。けれど、野心だけはある。私も、友人達も、不安がないと言えば嘘になる。でもそれ以上に胸が高鳴ってるの。これから自由に生きられるのだと。
私は私のために生きていけるのだと。馬に揺られ、森が遠くなる。まだ行った事のない場所に行く。最初の街ではなにをしようかしら。どんな商売を始めようかしら。二人ともキラキラした目でこちらを見てくる。大きな明るい月の下、私達は進んでいるの。




