風穴
じっとりとした闇ばかりが広がっている。唯一の灯りは拙い蠟燭の火のみ。どれくらいこの場にいるのか分からない。少なくとも自我を認識した時にはここにいた。太い木でできた格子の内側に自分はいる。時折格子の向こうから飯が運ばれて来ることから、外があるのは認識できていた。
なぜ閉じ込められているのかも分からない。飯を運んでくる女達は皆、小さな虫のように震えている。極々稀にこちらを見たかと思えば、ひっ、と小さな声を上げて慌てて出て行ってしまう。なんとも気分が悪い。
ある時、小さな女が飯を持ってきた。他の女とは違い、震えていなかった。小さな火に照らされた目でこちらを真っ直ぐに見ていた。女は自分が飯を食い終わるまでそこにいた。食器を格子の外へと押し出す。女は何も言わずに器の載った盆を持って出ていった。好みの飯が出てきた時の気分だった。次の飯もあの女が持ってきてはくれまいかとも思った。
次も、その次も同じ女が飯を持ってきた。相変わらずなにも言わないが、いつもこちらを真っ直ぐに見ていた。この女に見られていると、眠る直前のような心地よさがあった。
「さえ」
ある時女が口を開いた。さえ、さえ。はて、なんのことだろうと首を傾げていると、女は自分自身のを指差し。
「さえ」
と言った。なるほど、この女はさえというのか。試しに女を指さした。
「さえ」
そう言うと女は頷き、今度は自分を指差した。
「太郎丸」
女は先ほど女自身を指差して「さえ」と言った。それならばと今度は指先を自身に向けた。
「太郎丸」
やはり女は頷いた。太郎丸とは自分の名前らしい。
それからさえと少しずつ話すようになった。飯、という言葉しか知らなかった世界が、言葉を知ることによって広がって行くのを感じた。
「さえ」
「なに」
「外、火、ない?外、暗い?」
「お外は明るい時と暗い時があるよ、お天道様が上がってると明るくて、沈むと暗いんだ」
お天道様とは何であろうか。明るいのであれば、大きな火なのだろうか。見てみたい。さえと同じ世界を見てみたい。
「外、出る。おてんとうさま、見る」
真剣に伝えたつもりだった。しかしさえは俯いて黙ってしまった。なにか悪い事を言ったのだろうか。そう言えば、自分はずっとここに閉じ込められているのだった。迂闊だった。であれば、外など見れるはずもないだろう。
「待ってて」
機嫌を悪くさせてしまったかと思っていた矢先、さえはそう呟いて立ち去ってしまった。しかし、待てとも言っていた。であれば待つしかあるまい。それ故に待った。さえが早く来ないかと何度も格子の外を見やった。しばらくしてさえは帰ってきた。手に細長いなにかを持って。
カチャカチャと音を立てて、さえは格子に付いている塊に細長いなにかを差し込んでいる。少ししてから、ゴトンという音と共に塊のようなものが落ち、それと同時に格子の一部が開いた。もしやそれで格子を閉じていたのだろうか。
さえが格子の外で手招きしている。恐る恐る、さえの元に向かった。初めて格子の外に出た。出て初めて気づいたが、格子から少し離れたところに小さな段差が上に伸びている場所がある。さえは自分の手を引いてそこを登っていった。
ゆらりと、髪が独りでに揺れた。頬になにか柔らかいものが当たる。しかしなにもない。さえは風だと言った。風、風。この、小さな段差の外から入ってきているのだと。
外。あの外か。一体どんなところなのだろうか。視界が明るくなっていく、嗚呼、外はもうすぐそこなのだろう。




