鉱脈
顔の欠けた神様がいる。神様は古い、崩れかけた神社の中に住んでいた。どうやらこれは僕にしか見えないようで、幼い頃に親に話しても信じてくれなかった。それ以来、この事は誰にも話してない。
けれど、話さない事と関わらない事は別。僕は暇を見つけてこの神社に行って神様と話をした。神様曰く、元々ただの蟲だったらしい。永く山に住んで、大きくなって、人が来るようになって、崇められて神様になったと。だから最初は山の神様だったんだと。今は違うのかと訊いたら、今は枯れた鉱脈と山を司っていると答えてくれた。
たしかに神社のある山はかつて銅が採れたと聞いたことがある。しかしもうすっかり採り尽くしてしまい、閉山していると。そのことを神様に伝えたらよく勉強していると頭を撫でてくれた。皺だらけの温かい手。神様は僕を撫でながら、閉山した頃から顔が欠けてしまったと教えてくれた。
人がいないと神様は神様でいられないらしい。そうして顔から徐々に欠けていって、最後は元の姿に戻ってしまうと。僕は神様に撫でてもらえなくなるのが嫌で、もう少し人間の形をしていて欲しいと駄々をこねる。
「なら、坊が来るまでは手だけでも残しておくとするか」
と神様はカラカラと笑って僕を撫でた。
神様は他にも色んな事を教えてくれた。地下に暮らす生き物、この町の歴史、他の神様のこと。そのすべてが面白かった。僕と神様の時間は重なって、優しい重みを増していった。
そんな日々がどれだけ続いたか、ある時神社の取壊しが決まった。維持が難しく、倒壊の恐れもある。これ以上残しておく理由がないのだろうと容易に想像できた。そして、僕には反対の意見を述べる権利すらなかった。それでも、できることはある。僕は急いで神社に向かい、この事を神様に話した。そしてできればここじゃない、遠い所で生きて欲しいと。
でも神様はゆっくりと首をふった。
「人の世というのはそういうものだ。そして、一度神として祀られた以上、この場所から離れられん」
そう言って神様は足元の裾を少し持ち上げる。神様の足は地面と同化して動けなくなっていた。これじゃあどうしようもないと、地面が揺らぐ。でも神様は、気にせずいつもと同じように僕の頭を撫でる。
「いいんだ、いつかこうなることは分かっていた。それに、坊との約束もあるからな。神でなくなっても手だけは残しておいてやろう」
まるで僕よりずっと幼い子供をなだめるように話す神様が、この時どうしようもなく許せなかった。僕が一生懸命、神様の身を案じているのにと。むしゃくしゃした気持ちになって、僕を撫でる手を払ってしまった。神様は怒った風でも、悲しい風でもなく、僕を見ていた。何か言いたくても、言葉が出てこない。でもなにかしたくてたまらない。結局なにもできなくて、その日は家に帰った。
しばらくして神社は取り壊され、僕は山に行かなくなった。僕も成長し、撫でられるような年齢ではなくなった。しかしある時、帰省も兼ねて大学のフィールドワークであの山に行った。鉱山に関わる民俗事例を調べてレポートにまとめる必要があったのだ。調査の休憩ついでに神社があった場所に行った。神様はもういないのに。
ぽっかりと空いた空き地の適当な場所に座り込む。もう景色もだいぶ変わってしまい、あの頃の面影はない。しかし山肌で冷やされた風が心地よく、思わず目を細めてしまう。ふわりと強く風が吹いた。その一瞬、ほんの一瞬だけ。あの頃と同じように優しく頭を撫でられたような気がした。




