表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/34

発酵

 むわっと湯気が立つ。早朝の爽やかな空気の中に堆肥特有の臭いが混ざる。特に気にせず土をかき混ぜる。こうして時々空気に触れさせてやることでいい土になる。いい土はいい畑になり、食料や家畜の餌へと変わる。そして野菜くずや家畜の糞尿がまたいい土を作る材料になる。


 自身に農業を教えてくれた人はこの作業を土の発酵を助けると言っていた。発酵食品という言葉は知っていたし、よく食べていた。だが土を発酵させるという言葉は知らなかった。そも、土に発酵という言葉を使うのが正しいのかと疑問にすら思った。今でもそれはよく分からない。


 よく分からない、が、それでもいいかと思っている。単純に、今の生活をしていくうちにそれが一番合う言葉のような気がするからだ。農業従事者としては落第だろう。現代において科学知識も無しに農業を行うのは非効率的である。しかし、直接関係ない部分についてはちょっと曖昧なくらいにしておく事が好きなのだ。


 曖昧な部分が、生活に組み込まれていく内に自分なりの意味を持っていく過程が好きだ。それは農業の師が言っていた事でもある。気づけばすっかり師のようになってしまった。腕はまだまだだが、いつか追いつきたいものだ。それに発酵という言葉は師が私にくれた言葉でもある。糞尿のように腐って、人生を投げ捨てようとしていた私を拾い、なんだかんだと食い扶持をくれたのだ。


 師に初めて会った時、私は暴言を吐き、自身の至らなさにあぐらをかいていた。自分自身を糞だと罵る私に、師は優しく糞でも使い道はあると言った。その後に見せてくれたのが土をかき混ぜる作業だった。この土も最初は牛の寝床だったのだと言う。それが糞尿や野菜くず、その他色々なものと混ざり合い、発酵し、いい土ができるのだと。お前はまだ、糞尿まみれの牛の寝床だと師は笑っていた。


「でも、これから腐って邪魔になるか、いいものと混ざって発酵して、いい土になるかはお前次第だよ」

 できればいい土になってもらいたいなぁと言いながら作業をしている師をその日はただ後ろから眺めていた。師は飽きずに私を農園に連れていき、仕事を見せた。最初は不貞腐れ、なにもしていない私も徐々に手伝うようになり、仕事を任されるようになった。力仕事に慣れたら、次は事務作業も教えてくれた。パソコンに向かうのも、数字を見るのも苦手だった。だが師は仕事で行うのであれば、必ず必要だと言った。学のない私は挫けそうになりながらも必死に学んだ。ここまできて諦めてやるものかという意地もあった。


 季節がたくさん廻った。私は晴れて一人前となり、師に刻まれた皺はより深くなった。とうとう農園全体を任される事になった。血のつながりもない、こんな私を信じて任せてくれたという信頼に恥じない働きをしなければと、密かに拳を握った。


 師は引退こそしたものの、今でも元気に動き回っている。時折作業場に来ては、あれやこれやと口を出し、新入りに手本を見せる。ついでに若い時の私のような連中を拾って来ては世話もしている。過去にいった言葉と一言一句違えずに彼らを励ましている。


 それでも不貞腐れているような奴がいれば私を連れてきてこう言うのだ。

「ほれ、これが糞尿まみれの寝床がいい土になった実例だ。お前もこうなれる、なんならもっといい物になれるかもしれないぞ!なんてったってコイツはお前よりもどうしようもなくてなぁ」


 若者の前で過去の恥を晒すのは止めてもらいたい。が、いい土になれたと太鼓判を押されたようで止められないでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ